第103話 黒幕
「マルコ! 知り合いか?」
ティノは心当たりが無かったので、マルコが関わった人間だと思い尋ねてみた。
「いえ、覚えがないです!」
マルコも男の顔を見て考えたが、記憶にないようだ。
「…………」
男は忘れられている事に、衝撃を受けた顔で絶句していた。
「……で? 誰!?」
ティノはマルコも知らないようなので、もう一度男に確認した。
「…………、忘れられてましたか……、無理もないですね」
まるで知り合いのような口調で話しかけてきた男は、忘れられている怒りからなのか、それとも知り合いぶって話しかけた恥ずかしさからか、プルプルと震えた声で話し出した。
「あの時は名乗ってはいませんでしたね……、6年前に1度お会いしました、私チリアーコと申します。あの当時は奴隷商を商っておりました」
話しているうちに冷静を取り戻した男は、簡単に自己紹介をした。
「…………6年前?」
「……あっ!?」
男からヒントらしき言葉を与えられても、ティノには「何かあったっけ?」といった具合に首を傾げるしかなかった。
しかし、マルコの方は何かを思い出したようで、小さな声を上げた。
「ティノ様! エヴァンドロさんです! エヴァンドロさんを奴隷にしてた人です!」
マルコは自分が捕まった相手と言うよりも、エヴァンドロを奴隷にしていた男という印象が残っていたらしく、その事をティノに説明した。
「エヴァンドロさんを……? へ~、そうなんだ?」
確かに、エヴァンドロを奴隷から開放した事は覚えている。
しかしその時、何人かをあしらった記憶はあるが、顔と名前を覚えて置かなければならないような出来事は無かった。
なので、ティノはあの時あしらった中にいたんだろう位の返事をした。
「元奴隷商か……、だから闇魔法を徹底して強化したのか?」
「!!? ……何の事ですか?」
ティノの問いに僅かに動揺した後、チリアーコはティノに問い返した。
「いや、惚けても無駄だって……、その化け物造ったり、操ったりすんのには闇魔法の扱いがよっぽど高くないと出来ないだろ?」
惚けるチリアーコに対して、ティノは呆れたような態度で話しかけた。
「……凄いですね。そんな簡単に見抜くなんて……」
ティノの説明に、チリアーコは敵ながら感嘆の声を上げた。
「大体、リューキの国で資料や研究者達の命を奪って、翌日にはここにいる時点で分かるって……」
「!!? リューキの国に行ったのですか? なるほど……、あなたも影転移出来るのですね……」
ティノから自分がリューキで起こした騒ぎの事を言われ、驚くと共に、ティノが同種の魔法を使った事に気が付いた。
「どうやら予想より更に上の化け物ですね……、あなた……」
チリアーコは、小さい頃から自分が闇魔法の才に恵まれている事を知っていた。
その力を利用して、金を得る為に闇奴隷商になった。
しかしようやく、ある貴族の顧客を手に入れたと思った仕事をティノに潰された事で、地獄を見る事になった。
自分を地獄に落としたティノと息子のマルコを、自分と同じく地獄に落としてやるという一心でここまで生きてきた。
闇魔法を徹底的に鍛え、その特性を利用しての策を練って来た。
影転移を使えるまでの訓練を思い返すと、今でも嫌な汗が流れる。
その魔法を、自分より見た目が若いティノが使えることに、改めてティノの実力に恐れを抱いた。
「まぁ、今日は挨拶だけにしておきますね……」
そう言って、チリアーコは闇魔法を発動し始めた。
「逃がすか!」
影転移されたら、どこに行ったか分からなくなる。
チリアーコを仕留めようと、ティノは地を蹴り向かって行った。
「ガアァーー!!」
「おっと!」
それまでチリアーコの後ろに立っていた化け物が、チリアーコに襲いかかろうとするティノに拳を振るって来た。
その拳を、ティノは軽くバックステップして躱した。
「そのうち、またお会いしましょう……」
それだけ言い残して、チリアーコは影の中に消えていったのだった。