異世界で裁判官!? 呪文詠唱は二郎派vsスタバ派!!
異世界ファンタジーもので呪文詠唱の文句に悩んでいる、すべての人々に捧げる。
突然目の前に現れた絶世の美女は、微笑みながら俺に話しかけてきた。
「山田一郎様、わたくしどもの世界で裁判官をやってはいただけないでしょうか?」
~異世界で裁判官!? 呪文詠唱は二郎派vsスタバ派!!~
なんの変哲もない休日の朝。
どこにでもいる平凡な一般市民、山田一郎こと俺の部屋に異変が起きたのはベッドでゴロゴロしながら昼食を何にしようか考えているときだった。
突然、壁に魔法陣のようなものが現れたと思ったらそれが発光し始めたのである。
「うわっ! なんだよこれ!?」
その眩さに右手で目を覆ってから数秒、そっと手を外すと、そこには美女が立っていた。
繊細な絹のような金色の髪に、ルビーのような潤んだ瞳、肌は白磁のように透き通っており、まさに深窓の令嬢と言える儚げな顔だち。それでいて体つきは世の男どもの視線を集めそうな巨大な二つの双丘を抱えており、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込む、まさに理想のような体つきなのであった。
そのあまりにも現実離れした美しい女性の登場に、俺は口を開けたまま動くことが出来なかった。
すると、その女性はクスリとこれまた妖艶な笑みを浮かべて俺に話しかけてきたのである。
「はじめまして、山田一郎様。わたくし、別の世界のとある国の第二十四皇女のマリアンナと申します」
「は、はぁ」
別の世界? 皇女? 意味不明な単語が次々と出てくる。
混乱して適当な相槌を交わすと、マリアンナさんは矢継ぎ早に口を開いた。
「山田一郎様、わたくしどもの世界で裁判官をやってはいただけないでしょうか?」
「は? 裁判官?」
カナリアが歌を歌っているかのように美しい声。
そんな美しい声は、俺が理解できる限界を超えた、とても意味不明な発言をしたのである。
「ええ、裁判官でございます。時間はあまり取らせません。何も問題がなければ、本日の昼前にはこちらに戻ってこられるかと思います。もちろんそれなりの報酬も用意してございますが……ご無理でしょうか……?」
儚げな表情に潤んだ瞳で上目遣いを見せるマリアンナさんの世俗離れした場景に、思わず唾を飲み込む。
「いや、良いも悪いも、何がなんだか分からないんだけど」
「まぁ、これは失礼いたしました。わたくしとしたことが、説明も無しに異世界で裁判官をやれだなんて。はしたない姿をお見せしてしまいましたわ」
恥ずかしさからか、マリアンナさんはホホホと笑いながらも、その頬はほんのりと赤くなる。
「実は、わたくしどもの国では魔法技術が大変発達しております。そして、魔術師ギルド内部において、二つの呪文詠唱の派閥が存在しているのです。今回問題となったのは、その二つの派閥、どちらが優れているかで対立が発生しており、今のままでは国が二分してしまう状態にまでなってしまっています」
「はぁ」
魔法かぁ、さすが異世界なことはある。しかし、それでも組織内で派閥が出来たり、派閥争いが起きるところはどの世界も変わらないのだなぁ。
そんな風に考えていると、マリアンナさんが話を続ける。
「現状を重く見たお父様、いえ、皇帝ジギスヴァルドは、公平に裁判をおこなうことを提唱しました。しかし、現状ではわたくしどもの国の国民は必ず魔術師ギルドのどちらかの派閥に属しているのです。そこで、公平な裁判をおこなうために裁判官は魔法について一切に知識を持たない別の世界の者を呼ぶことが決まり、こうしてわたくしが山田一郎様の元に伺わせていただいた次第でございます」
「いや、ちょっと待ってよ。話は分かったけど、なんで俺なんだ? 異世界なら誰だって良いんじゃないか?」
「そのことでしたら、山田一郎様が勇者の血を継ぐ者だからでございます」
「え? 勇者?」
「山田一郎様のご祖父に当たられる山田源蔵様こそが、わたくしどもの世界を魔王軍から救ってくださった勇者に在らせられます。わたくしも、子どものころからその冒険譚と数々のラブストーリーに恋い焦がれたものでして……」
マリアンナさんは、恍惚とした表情を浮かべながらその冒険譚を語りだす。
しかし、源蔵爺さんが勇者だって? たしかに、戦時中に中国大陸にいたはずの爺さんが行方不明になり、戦後ひょっこり嫁を連れて帰ってきたなんて話は聞いたことがある。
最後までどうやって帰ってきたか言わなかったらしいけど、まさか異世界で勇者をやってたなんてな。
武勇伝を喜々として語る姫様を前に、俺はそんなことを考えていた。
「はっ! すみません、わたくしとしたことが話が逸れてしまいました、申し訳ございません」
「いや、別にいいよ。俺も爺さんの冒険談が聞けて嬉しいし、マリアンナさんが楽しそうに話してるのを見てると、俺までニコニコしちゃうから」
「まぁ、山田一郎様……」
マリアンナさんはビックリしたように一瞬目を見開くと、見る見る顔が赤くなっていく。
「マリアンナさん、顔が赤いけど大丈夫?」
「ひゃい!? いえ、いえ、問題ございませんわ! あ、あの、わたくし、少々源蔵様のお孫様ということで興奮してしまっただけでございますので」
アワアワと喋るマリアンナさんの姿は、最初の妖艶な雰囲気は無く、無垢な少女のようでありなんとも可愛らしい。こんな子の頼みごと、男として断れるわけがない。
「分かったよ、裁判官でもなんでもやってやろうじゃないか」
「まぁ、ありがとうございます!」
俺が同意すると、マリアンナさんは花が咲くように表情を輝かせた。
「では、早速で申し訳ございませんが、わたくしの世界に来ていただきたいと思います。ゲートを開きますので、わたくしに触れていてくださいませ」
「おう、わかった」
言われるまま、俺はマリアンナさんの手を握る。
「ひゃん!」と可愛らしい声が聞こえ、マリアンナさんがしばし固まってしまったものの、その後は何の問題も無くゲートを潜り異世界へと降り立った。
俺の降り立った場所は、何も家具の無い小さな部屋であった。あるのは、明かりを入れるための小さな窓と、木で出来た扉くらいのものである。
「何もない、ですね」
「お恥ずかしながら、急ピッチで召喚用の空間を作り上げたものですので……」
申し訳なさげな声で、少し俯き気味でマリアンナさんが答える。
と、そこで俺はずっと手を繋ぎっぱなしであることに気付いて手を放した。
「あっ……」と小さな囁きが聞こえたのでマリアンナさんを見ると、申し訳なさげだった表情が寂しそうな表情になっていた。
「あの、もう少し手を繋いでいたほうが良かったですか?」
「い、いえいえいえ、そのようなご褒美もったいなく……げふんげふん」
「だ、大丈夫ですか?」
お姫様らしからぬ音を立てて咳き込むマリアンナさん。
その慌てように、若干ひいてしまう。
「い、いえ、問題ございませんことよ。さ、さぁ、山田一郎様。そちらの扉の先が裁判所になっております。議事進行役もございますので、山田一郎様は話を聞いてどっちの言い分が良かったか、それを判決として答えていただければ結構でございます」
「そんな適当でいいのか?」
「ええ、そのために異世界からお呼びしたのですから。特に判決理由も求められませんから、直感で決めていただければ大丈夫ですわ」
随分適当だな、と思っていると、マリアンナさんは扉を開けながら頭を下げてきた。
「では、お手間をおかけしてしまいますが、なにとぞよろしくお願いいたします」
「頭を上げてください。どれだけ出来るか分かりませんが、やれることはやりますよ」
安心させるために笑いかけると、再びマリアンナさんの顔が赤くなり、小声でつぶやきだした。
「……いや、これは卑怯ですわ……」
「え? なんか言いました?」
「なんでもございません! では、いってらっしゃいませ!」
さあさあ! と背中を押されて扉を抜けると、現代日本の裁判所とよく似た場所に出た。
後ろに傍聴席があり、手前には左右に分かれてそれぞれの主張を持つ者が複数いることが分かる。
俺が出てきたのは裁判官用の出入り口らしく、傍聴席からもよく見えるよう、一段高い位置に裁判官の座席が見えた。
その本格的な裁判所の様子と、俺が出てきたことで注目してざわめく人々の姿に緊張しながらも、しっかりと足を踏み出し裁判官用の椅子に座る。
あ、マリアンナさんも傍聴席で心配そうにこっちを見ている。瞳をウルウルさせちゃって可愛いなぁ。
そんなことを思っていると、議事進行役と思われる男性が木槌をカンカンと叩いた。
「静粛に! 静粛に! これより、魔術裁判を開始する! 今まで公開討論含め議論すること四十六回、いつまで経っても埒が明かぬゆえ、本日は異世界より公平なる裁判官である山田一郎氏に来ていただいておる。皆の者、失礼のないように注意せよ!」
シン、とした議場に進行役の声と木槌の音が響き渡った。
「では、今回の裁判の概要について、魔術師ギルドより説明せよ!」
「は! 私、副ギルド長のガルムめが説明差し上げます。事の発端は2か月前、魔術師ギルド本部前の居酒屋『鳥の尻尾亭』でのことでした。皆さまご存じのとおり、魔術師ギルドでは現在大きく二つの派閥がございます。それぞれの派閥の忘年会が同じ居酒屋で行われたことが問題でした。最初はお互いを無視して飲んでいたものの、酒が入ると人間気が大きくなってしまうものです。どちらとともなく相手の悪口を言い始め、それがきっかけで口論となり、口論が小競り合いに、小競り合いが殴り合いに、しまいには魔法合戦となってしまい、『鳥の尻尾亭』が消滅する騒ぎとなったのです」
おいおいおい、酔った勢いの喧嘩で居酒屋消滅かよ……。魔法怖すぎだろ。
ドン引きする俺を無視し、ガルムの説明は続く。
「『鳥の尻尾亭』消滅については双方に問題があったとして両成敗としたのですが、それ以来どちらの派閥が上であるかの論争が激化しており、魔術師ギルド内部の環境が非常に悪いものになってしまっております。このままでは魔術師ギルドが分裂する恐れがあると思い、本日はどちらが上かはっきりさせていただきたいと、そのようなところが概要でございます」
なるほど、派閥争いに決着をつけることが目的である、と。
しかし、そうなると責任重大じゃあないか? 派閥争いで負けたほうはどうなってしまうのだろうか……。
俺が心の中で悩んでいると、進行役が声を出した。
「概要は分かった。山田一郎殿、何か質問などはございますか?」
「ああ、えっと、すみません。この世界の知識が無いものですから分からないのですが、二つの派閥とはどういったものなのでしょうか?」
会場がざわつく。「ええ、異世界人は知らないのか?」「あちらの技術だと聞いていたのだが」などと囁く声が聞こえてくる。
「静粛に! 静粛に! では、ガルムよ。二つの派閥について説明せよ」
「ははぁ! 現在、我が魔術師ギルドには大きく二つの派閥があります。それぞれ、『ジロウ』派、『スタバ』派と呼ばれております」
ん? ジロウ? スタバ?
何やら気になる単語が出てきたが、話はそのまま進んでいく。
「それぞれの違いは、呪文詠唱の仕方でございます。『ジロウ』派の開祖は『タイイクカイ』系と呼ばれる系統の使い手と言われており、非常に攻撃力のある魔法を使っていたと言われております」
ジロウで体育会系?
「一方の、『スタバ』派の開祖は『イシキタカイ』系の担い手であったと言われており、ろくろを回すように滑らかな手の動きと繊細な呪文詠唱により、優れた魔法操作能力を持っていたと言われております」
スタバで意識高い系?
「具体的な呪文詠唱方法や長所、短所はそれぞれの主張が行われますので、そちらで詳細は聞いていただければと思います」
「うむ、相分かった。山田一郎殿、このような回答でよろしかったか?」
「ええっと、もしかしてそれぞれの派閥の開祖って、俺みたいな人だった?」
「ええ、ええ! 仰るとおり、異世界から来た方々でございます! お二方とも、元々体系化されていなかった呪文詠唱を統一し、我が国を魔法の国として一躍有名にしてくださった偉人なのです」
「はぁ、そうですか……わかりました、ありがとうございます」
わかりました、とは言ったものの、全く分かっていないのが実情である。魔法詠唱で二郎? スタバ? どういうことだってばよ!?
まぁ、とりあえず詳細はそれぞれの派閥に聞かなければ分からないとのことなので、しばらくは話を聞くだけである。
「では、これより各々方の意見を聞くこととする。それぞれの魔法詠唱の特徴を説明し、どちらの魔法がより優れているか山田一郎殿に判断していただくことになる」
うっす! と声を張り上げて立ち上がったのは、ものすごくでかくて筋骨隆々なガテン系っぽいあんちゃんであった。
「俺は『ジロウ』派トップのゴンゾっす! よろしく頼んます!」
うはぁ、これは確かに体育会系なノリである。きっと、召喚された人は野球部か何かだったんだろう。そのときの指導方法が今に続いている、とかかもしれない。
「我々『ジロウ』派は! その熱き魂を込めて精霊に呼びかけ! 魔法を具現化しているであります! 具体的には! 『ニンニクチョモランマヤサイマシマシアブラカラメオオメ』 などの魔法詠唱であります!」
うん、確定だわ。これ確実にラーメンのジロウさんだわ。
ていうかごめん、これでどうやって魔法出てくるの? 異世界怖い。
「それぞれ説明します! 『ニンニクチョモランマ』とは、精霊の種としての属性力をどれ高めるか、を指しています! チョモランマは、その中でも最も属性力を高めた状態を指しているであります! 次に『ヤサイマシマシ』は属性力の影響範囲です! マシマシとは、威力を比較的高めに設定した状態であります! そして『アブラカラメオオメ』は魔術自体の威力の制御に掛かる部分です! 『アブラ』すなわち火力について、『カラメ』は密度を高めること、『オオメ』は付与する魔力を高めることであります!」
ゴンゾは長文を一息に喋り、いったん深呼吸をすると再び話を続ける。
「先ほどの詠唱を炎の魔法で説明すると、『火属性力を最大の状態で広範囲に影響する炎魔法を、範囲内の全域に対して高めの威力で発動する』ということを精霊に依頼するものであります! 今回の場合では、広範囲への爆発力の高い炎魔法が発動するであります!」
ゴンゾは魔法詠唱の説明を終えると、再び息を整える。
「しかるに、我ら『ジロウ』派の魔法は『チョモランマ』『マシマシ』など、際限なく威力を高めることが出来る最強の魔法詠唱方法であることは確定であります! 力こそ正義! 力こそパワー! 我らが最強の証なのであります!」
うん、わかった。体育会系っていうか脳筋系なのね、『ジロウ』派の人々は。
「力こそパワー」って意味一緒だよね、つっこんだら負けなのかしらん。
「相分かった。そのあたりにしておけ」
ムフームフーと鼻息を荒げるゴンゾを進行役が止めてくれる。ナイスだ!
「続いて、『スタバ』派。自身の主張をせよ」
そう呼ばれ、立ち上がったのは細身でロン毛な若い男性である。
「はい。私、スタバ派のエグゼクティブリーダーを務めております、マーセルと申します。以降、お見知りおきを」
優雅にそう言うと、マーセルは席に座ってタブレットのようなものを取り出す。
「では、魔道具の『あいぱっど』を用いて説明をさせていただきます」
これあれだ、完全にリンゴさんとこの商品のパクリだ。
いや、異世界だから大丈夫なのかな?
異世界でも意識高い人はスタバでリンゴなのか……おそるべし。
「私共『スタバ』派では、魔法をロジカルな視点でクリエイティブにサゼスチョンすることに特化しております。イグザンプルを出しますと、『ベンティ・アドショット・ヘーゼルナッツ・バニラ・アーモンド・キャラメル・エキストラホイップ・キャラメルソース・ランバチップ・チョコレートクリームフラペチーノ』です」
うは、頭痛い。
なんなの、どこの呪文なのこれ。
あ、よく考えたら呪文なのか。上手いこと言った、俺。
「解説いたしますと、『ベンティ』が魔法のサイズ、威力でございます。『アドショット』が属性の追加、『ヘーゼルナッツ』以降はいわゆる付与属性なり特殊効果の追加ですね。そして、最後の『チョコレートクリームフラペチーノ』が根源たる魔法を表す言葉でして、今回のものは土属性の魔法です」
マーセルは、よくIT社長がやるような、ろくろを回すような手の動きをより速めながら説明を続ける。
「先ほどの魔法を意訳するならば、『土属性の速度低下魔法・威力最高・速度低下効果追加・相手体力減・相手攻撃力減・相手守備力減・相手魔法耐性減・相手武具耐久性減』といったところです」
まさか、さっきの呪文にそんな効果があったとは……スタバ怖い。
「以上のことから、我ら『スタバ』派のコミットメントに則れば人々はより細かな魔法詠唱が可能となり、日々の暮らしはより高められることでしょう。どこぞの力がパワーとか言ってるお間抜けさん達ではお話しになりませんからね」
あ、言っちゃったよ。
「なんだとぉ! おい『スタバ』派よぉ! もういっぺん言ってみろ! 頭かちわんぞ!?」
「ああ、嫌だ嫌だ。これだから『ジロウ』派は女性に人気が無いんですよ」
「上等だオラぁ! 表ぇ出ろ!」
「静粛に! 静粛に!」
うはぁ、これはダメだ。傍聴席も含め、それぞれの派閥が一斉に罵声を飛ばし合う。
もはやどちらにも理性など感じられず、このままでは居酒屋の二の舞で裁判所さえも消滅しかねない。
どうしたもんか、適当に回答するか、と頭を掻いていると、泣きそうな顔をしたマリアンナさんを発見した。
いや、このままではダメだ。ここはマリアンナさんの国なんだ。俺が解決しないで何とする。
「あー、あー……皆さん! お静かに!! 俺の話を聞いてください!!!!」
心の奥底から叫ぶ。すると、議場は先ほどまでの騒動が嘘のように静まり返った。
叩きすぎて折れてしまった木槌をもった進行役がこちらに顔を向ける。
「ええっと……山田一郎殿、いかがいたしました?」
「ああ、大きい声を出してすみません。えっとですね、これから、判決を出します」
おおっ、と議場が再び騒めき出す。
それぞれが「俺のほうが勝ちだ」などと言い出す前に、俺は言葉を続ける。
「今回、『ジロウ』派と『スタバ』派、どちらがより優れているか、ということで呼ばれましたが、まずは結論から言いましょう。どちらが優れているかは決めません!」
そんな、と会場が騒然となる。
顔色を青くした『スタバ』派のマーセルが声を上げる。
「お待ちください! それは、面倒だから責任を放棄するということですか!?」
「なんたる無礼な口ぶり! つまみ出せ!」
ようやく我に返った進行役が、俺への侮辱と判断してマーセルを議場から出そうとする。
「お待ちください。話を最後まで聞いてくれませんか? 俺は今回、どちらが優れているか判断するために呼ばれて、二つの派閥の主張を聞きました。その上でこの結論を出したのです」
「それは、どちらも優劣をつけられないほど劣っているということでありますか?」
ゴンゾが悲しそうな顔で聞いてくる。
「いいえ、その逆です。どちらも、それぞれに良いところをたくさん持っているのです。だからこそ、比較することが出来なかったのです」
「それじゃあこれまでの派閥争いが続いてしまうではありませんか!?」
傍聴席から誰かが声を張り上げるのが聞こえた。
「いいえ、そんなことはしてはいけません。ですから、俺は裁判官として皆さまに提案があります」
「提案?」と議場がざわつく。
俺は裁判官席から立ちあがる。すると、議場に再び沈黙が訪れた。
「それぞれの魔法詠唱には長所と短所があります。『ジロウ』派の魔法は精霊の力を借りることで威力を増大させることに特化しており、その威力は並び立つ者がいないでしょう」
そういうと、ゴンゾは満面の笑みで頷く。
「威力がある一方で、『ジロウ』派の魔法では細かな調整は利かないかと思います。基準よりも弱めの魔法を使ったりは苦手ではないですか?」
「ま、まぁ……たしかにそういうところはあるにはありますが……」
ゴンゾがもぞもぞし始め、マーセルがどこぞの埼玉の市っぽい名前のシェフ顔負けのどや顔をする。
「ふふん、脳筋だから細かいことは出来ないんですね。やはり『スタバ』派のほうが優れていると……」
「仰るとおり、『スタバ』派のほうが自身で魔法をくみ上げていく分、細かい魔法や効果付与が可能である、そういった点では優れていると言えるでしょう」
マーセルのどや顔が臨界点を突破しそうである。そろそろ折らないと、俺のメンタルやばい。
「ただ、『スタバ』派の魔法詠唱では威力を最大限まで高めることが出来るでしょうか。また、詠唱が長く、覚えるのも大変です。戦場の最前線で、先ほどの魔法詠唱を出来るほどの余裕はあるのでしょうか?」
「そ、それは……できませんが……」
某シェフ顔負けのどや顔が途端に萎み、悔しそうに顔をゆがませる。
「そこで、提案があります。魔術師ギルドを二つに分けてしまうのです」
「んな!?」「それでは問題が拡大するではないか!!」
議場中が大騒ぎになる。しかし、俺は冷静である。
「単純に二つに分けるわけではありません。『精霊魔術師ギルド』と『プログラミング魔術師ギルド』に分けるのです。前者は前面で攻撃の主体となる方々、後者は後方支援型の方々、という住み分けをするのです」
議場はシンと静かに、それでもそれぞれが思案するのが分かる空気となる。
「そして、対立するのではなく、それぞれが足りない部分をフォローし合える、そんな関係を作っていくのです。対立ではなく協力し、それぞれの長所を生かして技術をより一層高めていく。そうすることで、きっとこの国はより一層繁栄するのではないでしょうか?」
「な、なるほどであります! たしかに我ら『ジロウ』系は攻撃特化であり、付与などは考えたこともありませんでした! もしもそれをフォローしてもらえれば、百戦錬磨は間違いありません!」
ゴンゾが目をきらめかせながら声を張り上げて同意してくれる。
「ふむ……たしかにそうだな。それぞれのスキームに則って能力をアウトプットしていけば、ウィンウィンの関係が築けることはプロミスされているな……」
マーセルが得意のルーン語ならぬルー語を最大限に駆使し、たぶん俺の意見に同意してくれる。
「俺の世界の有名な言葉に、こういう言葉があります。『みんなちがって、みんないい』相手と自分の違いを認め、高め合っていただければと思います。そうですよね、皆さん」
議場を見渡し、俺は微笑みを浮かべる。
視線の隅で、マリアンナさんがクネクネと変な動きをしているのが見えるが、気にしない。
「では、この度の判決に異議のある者はおるか?」
進行役が声を上げるが、誰もが納得した表情をしている。
「意義なしと見る。以上でこのたびの裁判は終了である! では、裁判官退席。今回の裁判をまとめていただいた山田一郎殿を拍手でお送りしよう」
『ジロウ』派も『スタバ』派も、傍聴席も全員が立ち上がり、拍手をし始める。
照れくさいけれども、一つの問題を解決した達成感を持って俺は立ち上がり、議場に一礼して立ち去る。
そして、最初の小部屋に戻ってしばらくすると、マリアンナさんが入ってくる。
「山田一郎様……本当に、本当に素晴らしい判決でございました」
「いえいえ、皆さんが真剣だったからこそ、俺もこういう提案が出来たんだと思います」
「そのようなフォローまで……なんという慈悲深きお方なのでしょう……ハァハァ」
「あ、あの、マリアンナさん?」
マリアンナさんの様子がおかしい。顔が上気し、鼻息がすごい荒い。
が、さすがは皇女様。声を掛けた途端、我に返って恥ずかしそうに顔を下に向ける。
「ああ、失礼いたしましたわ。では、お礼の件でございますが」
「そのことだけど、別にいいよ。俺も十分楽しませてもらったからさ」
「いいえ、そうはいきません! どうしても受け取っていただきたいのです!」
「お、おう……。そこまで言うなら、せっかくなのでいただこうかな?」
すごい勢いで食いついてきたマリアンナさんにビビり、受けとることにした。
「それで、何が貰えるんだろう?」
「はい! お礼の品はわたくしでございます!」
……はい? 何を言ってるのかな、この子は。
「ええっと、たわし、かな?」
「違います! わたくしが山田一郎様のモノになるのです! 存分に使ってくださいませ!」
「ええええええええ!?」
どういうことなの!? 皇女様が俺のもので、使っていいの!? ていうか使うって何を!? どうやって!?
「いやいやいやいや、マリアンナさん、あんた皇女でしょ! 俺のとこに来ちゃダメでしょ!」
「いえ! どうせ二十四番目の皇女なんて居ても居なくても同じようなもの、使い道なんて政略結婚でポイでございます! その点、山田一郎様は勇者の孫にして国の分裂から救った救世主、お父様だろうが神様だろうが文句をつける人がおられるでしょうか? いえ、居ません! 居たとしてももみ消します!」
おおおおう、なんか怖いこと口走ってるよこの子。
「いや、でもな……」
「山田一郎様は、わたくしが嫌いでございますか?」
潤んだ瞳でこちらを見てくるマリアンナさん。
「い、いや、そもそもまだ君のことあまり知らないし……」
「でしたら、一緒に生活して分かっていただければ良いのでございますね! 一緒に暮らしましょう!」
「う、でも……ううん……」
結局、マリアンナさんの勢いに押し切られてとりあえず同居をすることとなった俺。
マリアンナさんもそそくさと俺の家で生活する準備を整えると、最初に出した魔法陣を出す。
「さぁ、ではわたくしたちの愛の巣へと旅立ちますわよ!」
「愛の巣ではないけど、とりあえず帰ろうか」
俺の腕に手を絡め、マリアンナさんがゲートをくぐる。
いつもの俺の部屋に戻ってきて、魔法陣はどこにも無くなっていた。
なにやら今までのことが全部夢だったんじゃないか、とも思えてしまう。
多分、右腕に絡みつくマリアンナさんが居なければ夢だったんだな、で終わってたかもしれないな。
時計を見ると、当初の約束どおりお昼前になっていた。
「さぁ、山田一郎様。わたくしどもの愛の生活の第一歩、いかがなさいましょう」
「そうだなぁ、冷蔵庫に何も入ってないし、とりあえず昼食にでも行こうか」
マリアンナさんにドレスから目立たない服に着替えてもらい(とは言っても見た目だけで十分目立つが……)俺たちは近所のチェーンの中華料理屋に入る。
珍しさからキョロキョロするマリアンナさんを微笑ましく見る。
しばらく、真剣にメニューを見ていたマリアンナさんに話しかける。
「もう注文は決まったかい?」
「はい、わたくしは天津飯というものを食べようと思います。山田一郎様は何にいたしますか?」
俺はニッコリとマリアンナさんに微笑みかけると、スッと手を上げて店員に呼びかけた。
『コーテルリャンガー!』(餃子二人前!)
こうして、新たな魔法詠唱が生まれた。
やっぱり最強は餃子の○将でした。
感動的なラストに、全米が泣いた。
たぶん他にも、味集中カウンター方式の「ラーメン○蘭」派や「サブ○ェイ」派も居るはずですが、きっと少数派なのでしょう。
ちなみに、私はラーメン屋さんでは「全部普通で」カフェでは「ホットのレギュラーサイズ」以外怖くて頼めません。
スタバで「レギュラーサイズで」って言ったら「トールとグランデ、どちらにしますか?」と言われて混乱したのは消し去りたい過去です。
さて、小説家になろう的○○シリーズ、
前回のお題は『内政チート』
今回のお題は『詠唱破棄』でした。
詠唱破棄とはちょっと違いましたが、まぁ許されるでしょう。
次回のお題は未定です。誰かアイデアください。