新・ゼノンのパラドックス
ヤフー・ブログに再投稿予定です。
「何か面白いことはないかな? 」と、ぼくは白い砂浜と青い海を見下ろしながら言った。ぼくのプライベート・ビィーチだ。
ぼくは「二流」と言うとほめすぎの大学を卒業したけれど、就活で連戦・連敗を繰り返しで時間切れになって大学を放り出された。親父とお袋は数年前に交通事故で亡くなっていた。その時の生命保険金・賠償金で生活していたが、そんなものに限りがあることくらいぼくの頭でも理解できた。何とかしなければならないと思った。そんな時、名前だけ親父から聞いていたおじがぼくにプライベート・ビィーチ付きの屋敷と莫大な資産を残してくれた。税金を払っても“馬鹿なこと”をしない限り一生働かなくても生きていける金が手に入った。そして、ぼくには幸か不幸か“馬鹿なこと”をする度胸はなかったし、面倒なことが嫌いだった。それで、ぼくはプライベート・ビィーチ付きの屋敷に独り暮らしを始めた。週に何度か家政婦に来てもらった。ぼくは人付き合いが苦手で、プライベート・ビィーチ付きの屋敷とそれなりの資産に囲まれて独り暮らしなんて理想の生き方だ。
と、思った。でも半月をしないうちに、それがとんでもない勘違いだと分かった。
退屈!! 耐えられない!!
「ゲームに参加しませんか? 」と、見知らぬ女が、突然目の前に出現して言った。女は超美人だが何処か異質だった。人間でないことは確かだ。ロボットか異性人だった。
でも、ぼくはあっさり言った。「いいだろう」
次の瞬間、ぼくは何処か室内にいた。窓から血のように赤い月と透き通るような白い月が見えた。そこは地球でないことは明らかだった。そして、ぼくの前にはあの女と見知らぬ男がいた。
「“ゼノンのパラドックス”と言うのを知っていますか? 」と、女が言った。
「知らない」と、長髪の男が言った。
「知っている」と、ぼくが答えた。ぼくは頭は良くないが変なことは知っているのだ。「“二分法”・“アキレスと亀”・“飛んでいる矢は止まっている”とか“競技場”がある。たとえば“飛ぶ矢は、どの一瞬一瞬でも静止している。静止している矢をいくら集めても、飛ぶ矢はあらわれないはずだ。したがって、矢は飛ぶことができない”。結論は馬鹿げているが、それに導く理屈は正しいように見える」
「その通り」と、女は言った。「我が国王はあなたたちの悩みを知って居られます。これから六時間で“新・ゼノンのパラドックス”を考えてもらいます。国王がなるほどと納得された方を勝者とします。国王はあなたたちどちらか勝者の悩みを解決します」
「敗者はどうなるのだ? 」と、男が言った。
「いい質問です」と女が答えたが、次の瞬間、ぼくは別室にいた。室内にはテーブルと椅子。テーブル上には紙と鉛筆があった。そして、室内にはぼくの好きなロックが流れていた。
あっと言う間に六時間が経過した。
ぼくは言った。「“2÷0=∞” 正の数を1より小さな正の数で割ると1より大きな数になる。割る数を小さくすればするほど、求められる数はどんどん大きくなる。果てしなく大きくなる。だから、小さな数字の極限「0」で割れば解は“無限大”」
今度はあの男の番だ。「“豚もおだてれば天に昇る” 二本足で立った豚が(馬鹿馬鹿しい。豚が二本足で立つなんて聞いたことがない。人間、猿やレッサーパンダであるまいし! )右足上げ、今度は左足を上げる。右足が地面に着かないうちに左足を上げる。今度は右足……。次に左足、右足……。次々と足を上げると豚はゆっくりと天に昇っていく」
馬鹿馬鹿しい。いくら“ゼノンのパラドックス”の新バージョンにしても馬鹿馬鹿しすぎる。ぼくは自分の勝利を確信した。
でも、ぼくは負けた。国王は男の珍説が“馬鹿馬鹿しいのがいい”と言った。ぼくのは“面白くない”と言った。“「2÷0=∞」は、ひょっとしたら正しい説かも知れない”とまで言った。
ぼくは死を覚悟した。それも“死ぬほど辛い死”を……。それでも、このまま生き続けるよりはマシかも知れないと思った。
男がカメラのフラッシュを浴びていた。彼が初めて書いた小説“火※”で※川賞を受賞したのだ……。
ぼくは、結局、死ななかった。元の生活に戻った。あの退屈な生活に戻った……。
あぁ、変わったこともある。ぼくの資産は自分でも分からない程莫大なものになったのだ。ぼくはその存在も知らなかった叔母の資産を受け取ったのだ。
健康診断を受けたら<完璧>だった。医者は笑いながら「百歳まで大丈夫ですよ」と言った。
病院の帰り、車を暴走させ事故を起こしてもぼくはかすり傷ですんだ。相手もたいした怪我はしなかった。制服警官が「奇跡だ」と言った。
その上、警官は言った。「事故の相手は指名手配犯で懸賞金三百万円がついていました。懸賞金を受け取ってもらいます。なんて、あなたは幸運なんだ。私も大物を逮捕できました。感謝します」
ぼくはその夜、首を吊った。でもロープが切れ、尻を打っただけだった。
「百歳まで大丈夫ですよ」と声がした。あの何処か異星の国王の声だった。
ぼくは、ぼくの前には百歳まで死ぬほど“退屈”な日々しかないのを理解した……。