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七章

 西野幸太郎は、祖父の家で昼食をご馳走になった後、待ち合わせ場所の小学校へ向かった。

 懐かしさの残る通学路を通って、校門に到着すると、他の四人はすでに集まっていた。

「悪い、待たせちまったか?」

「いや、こっちも今来たところだ」

 秋中の言葉に、小走りで駆け寄った西野は安堵の息を吐いた。

「そっか。桃花は、大丈夫なのか?」

「うん! 少し寝たらすっかり良くなったから。――しっかし、古い建物だよねえ。私たち、こんなとこ通ってたんだっけ」

 自嘲的に笑う遠藤の視線を追って、西野たちは目の前の廃校舎を見上げた。

 真っ茶色にあせた木造の外壁には、苔が生え、当時、磨き上げたガラス窓も、すっかり汚れて曇っていた。

「ねえ、みんな。せっかくだからさ、中に入ってみない?」

 感慨に耽っていると、唐突に吉見がそんなことを言い出した。

「中に入るって、校舎のか? 無理だろ。流石に鍵とか掛かってるって」 西野は、ため息交じりに手を広げた。

「ほら、校舎の裏側に通用口があったでしょ? あそこ、引き戸のサッシが歪んでて、鍵が上手く掛からなくなってたのよ。廃校になった建物を直すわけないから、そこを利用すれば、入れるはずよ」

「よく覚えてるな……」 秋中が半ば感心したように鼻で笑った。

「ねえ、行ってみようよ」

「見つかったら怒られるぞ」

 そう言いながらも、こういうときの吉見の提案は、決まって五人をその方向へ動かすと、西野は分かっていた。仮に多数決をしたとしても、彼女は一人で四、五票分の押しを通すような女子であったからだ。雪村はほとんど意思を示さないから、西野、秋中、遠藤が反対しても、必ず可決されてしまうのだ。

「――でも、面白そうかも」

 遠藤が呟くと、吉見はすかさず、「でしょ?」と、嬉しそうな目を向ける。

 結局、西野と秋中も折れ、勢いで賛同させられた雪村を含めた五人は、校舎の裏に周った。


 一番力のある秋中が、錆びついた戸を少しずつ開けている間、西野はそこから少し離れたところにあった小屋に目を留めた。

 小屋は鉄格子で囲われており、近付いてみると、金属の扉が風に揺れ、微かに音を立てていた。カンヌキ錠は壊れていて、鍵は掛かっていない。

 気配のようなものは無かったが、その小屋の入り口には、なぜか色鮮やかな人参が二本、置かれていた。

 なんであんなものが、と疑問に思ったとき、秋中の呼ぶ声がした。

 振り返ると、戸はすでに開いており、四人はその敷居を跨いでいるところだった。西野も返事をしてその場を離れると、彼らの後を追いかけて廃校舎へと忍び込んだ。


 古めかしい木材建築独特のノスタルジックな匂いを感じながら、薄暗い廊下をコの字型に歩いていくと、西野たちが使っていた教室にたどり着いた。部屋には、見覚えのある五つの机が並んだままになっていて、それに気づいた吉見と遠藤が、黄色い声を上げて駆け寄った。

「うわあ~。懐かしいね、桃花っ」

「うんっ。でも、こんなに小さかったっけ?」

「それは俺たちが大きくなったってことさ……」

 自分の使っていた机を触りながら、秋中がしんみりとした口調で言った。

「そうだな……」

 西野も当時を思い出すように、自分の席である窓際の机に腰をかけた。外を眺めると、かつて遊びまわったグラウンドには、雑草が生え、数台の大きな重機が停められていた。


「――あ、ほら、見てよこれ」

 吉見の声に視線を戻すと、彼女は手招きしながら、黒板の横の柱を興味深そうに見つめていた。

 近付いてみると、そこには、いくつもの名前がカタカナで記されていた。卒業生は、ここに自分の名前を彫って残していくのが、恒例になっていたのだ。

 歴代の卒業生の名前が柱の上の方から並び、西野たちの名前は膝元辺りの高さに書かれていた。当時は、ちゃんとした卒業の際に書きたかったと思ったものだが、今となっては、良い思い出の一つだ。



「――――あれ? ちょっと待って。……これ何?」

「どうした?」

 ふいに、神妙な顔つきで柱の一点を指差した吉見に疑問を覚えつつ、西野たちも覗き込むようにして、その部分を見た。


 アイ・ダイキ・モモカ・コウタロウ・ユミ――――そこには、最後の卒業生である自分たち五人の名前がちゃんと記されていた。


 しかし。


 その下にもう一つ――――『ハナ』――――という文字が彫られているのを見て、西野は言葉を失った。

 ――なんだこれ? …………ハナ? 誰だ、それ?

 廃校時の卒業生は、在校生を含めて五人。それは間違いない。じゃあ、この六人目はいったい?

「……どういうことだ?」

「ち、ちょっと、冗談やめてよ。誰かのイタズラでしょ?」

「…………」

 秋中は眉間に皺を寄せ、遠藤は引きつった表情で全員を見渡し、雪村は唇を噛んで俯いた。

 誰もが口をつぐみ、教室の中が静まり返ると、それまで懐かしいと思っていたはずの場所が、急に不気味に思えてならなかった。

「――――ねえ、もう、出よっか」

 吉見が努めて明るく言うと、

「そ、そうね。見つかったら怒られちゃうかもしれないしねっ」

 同調するように遠藤が頷き、西野たちは足早に、来た廊下を戻っていった。


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