入部試験直前
入部試験の受付を済ませるために、剛羽たち三人が教室を出てからしばらく歩くと、一行は渋滞に捕まった。
どうやら校舎から砕球部寮に続く渡り廊下のところで、列ができているようだ。
「すごい渋滞ですね」
「達花、これ全部、入部試験受けるやつか?」
驚愕する編入生二人に、誠人は黒縁眼鏡をくいっと上げて答える。
よくぞ聞いてくれました、そんな感じだ。
「昨年春の入部試験は過去最高の120人が受験したんだ。その内の一、二割は卒業したが、最近ここの砕球部は人気があるからな。中一と編入組が加われば、受験者の数は昨年を上回るだろうさ」
「その説明だと、ここの試験って新入生以外も受験資格あるんだよな?」
「そうだ、この学校に在籍する限りは何度でも挑戦できるぞ」
「達花、詳しいな」
「当然だ。僕はここの中等部から上がってきたんだからな」
「それにしても、卒業するまでは何回でも受験できるなんて、いいシステムね」
「それはどうだろうな。毎年受験者の数は増えてきているんだ。一度落ちたら合格する可能性はどんどん低くなるさ」
誠人は厳しい口調でそう言った。
「で、達花は今年で何回目の受験なんだ?」「うぐっ……」
眼鏡な学級委員長は、剛羽たちと違って中等部から上がってきた生徒。
まさか、今年が初受験ではあるまい。
「僕は……」
剛羽の質問に誠人は一瞬口籠った。
しかし意を決して「僕は今年で」とまで言い掛けたところで。
「――おら、どけよ!」
剛羽たち受験生で埋め尽くされた廊下に、怒声が響き渡った。
見れば、十人以上もの野郎の集団が、廊下の幅一杯に広がってこちらに向かってくる。
「どけどけどけぇーい! 砕球部様のお通りだぁ!」
そう声を張り上げているのは、先頭を歩いているリーゼントヘアーの少年だ。
歳は剛羽たちと同じくらい。上背はそれほどでもないが、骨が太くて身体全体が大きく見える。
捲くったYシャツから覗く女性の脚を一回り大きくしたような腕からは、普段の修錬の様子が見て取れた。
剛羽からすれば何かうるさいやつが来た程度の感覚だが、一般生徒はもちろん、砕球部入部希望者にとっては砕球部の生徒=《心力》に優れた生徒は十分に脅威である。
廊下で談笑していた生徒たちが一斉に道を開けた。これで事なきを得る。誰もがそう思ったそのとき、状況はまたも変転を迎える。
「あうち……です」
行進してくる砕球部員たちを見て脇へ避けようとした女子生徒が、同じく避難しようとしていた男子生徒に押されて転倒してしまったのだ。
(まったく、ドジなやつだ)
おさげにされた剛羽と同じ紺色の髪。
少し垂れ気味で剛羽と同じ黄色の瞳。
華奢な体付きで、争い事とは無縁そうな雰囲気を携えている。
「って……風歌!?」
剛羽は驚愕に目を開く。
今し方倒された少女は、彼の実の妹だったのだから。
蓮風歌。今年から中学デビューの愛妹だ。
帰省したときに本人の口から教えてもらったので、九十九学園の中等部に通っていることは知っていた。が、何故、中学一年生の彼女が高等部の校舎にいるのだろうか。
ともかく、このままでは轢かれてしまうと、誰もが思った瞬間、倒れて動けなくなった少女の前に飛び出したのは――誠人だった。
駆け出そうとした剛羽の横をすり抜け、倒れて動けなくなった少女の前に立ち、ばっと両手を横に広げる。
ここから先は通さない。そんな堅固な意志を感じさせる勇ましい姿だ。
「ああん? どけって言ったろ……って、お前、弱虫泣き虫へっぴり腰の達花じゃねえか。チビ過ぎて分かんなかったわ、ごめんよぉ」
「いよいよ目まで悪くなったか、猪勢雄大。それと僕はこの一年で十センチ伸びたぞ、馬鹿め」
誠人と猪勢が言い合っている一方で、剛羽は倒れたまま固まっている風歌をお姫様抱っこし、喧騒から避難する。
「あ~ん、誰が馬鹿だって? つーか、どけよ。砕球部の俺たちに迷惑だろ」
「そっちこそ迷惑なんだよ、そんな大人数で。ここはキミたち専用の廊下じゃない」
額と額――片方はリーゼント――をぶつけ合って火花を散らす両者。
周囲にいた一般生徒はその様子に震え上がり、これから入部試験を受ける者たちは「やれやれ~!」と野次を飛ばしたり口笛を吹いたりする。
「達花、お前今年も入部試験受けるのかよ、懲りねえ野郎だぜ。前の試験じゃ義経さんにボコされて二週間入院したんだろ? 止めとけ、止めとけ」
「ふ、九月の試験からどれだけの月日が経っているか、お前に計算できるか?」
「そ、そりゃあ……いち、にい、さん……何が言いてえんだよ?」
「人は進化するってことさ」
「はっ、進化っつうなら、俺もしたぜ。俺ってば今年から風紀委員になったんだよ。義経さんに推薦されてな」
「左遷の間違いじゃないか?」
「さ、さす……さっせーん?」
「まったくキミのようなゴリラが風紀委員とは世も末だな。そもそもなんだ、その髪型は? 時代錯誤にもほどがある。馬の肛門にでも頭を突っ込んできたのか?」
「誰が馬糞みたいな髪型だって!? このチビ眼鏡!」
「チビだと!? ぼ、僕は小型な上に高性能なんだ! ふ、場所ばかり取る筋肉ゴリラとは物的価値に大きな差がある。少しは社会に貢献したらどうだ?」
「だとコラァ!」
誠人の辛辣な批評に我慢ならなくなった猪勢は、ばっと右手を伸ばす。すると、その手に緑色の光が集まり、形を変えて全長二メートルの大槌を生み出す。
緑型。通称、ビルダー。
武器などの物質練成に向いている、《心力》の基本四型の一つだ。
しかし、校内での《心力》の使用はこの学校でも禁じられているはずだが……。
「おっと、鎚は眼鏡相手には勿体ねえな」
そう言って、身の丈を超える長さの鎚を霧散させた猪勢は、誠人に向かって正拳を放った。女子生徒たちの悲鳴が上がる。しかし。
「ほんとに殴るわけねえだろ。寸止めで十分だっての」
猪勢は得意げな顔で、腰を抜かして尻餅を突いた誠人を見下ろす。
「達花、お前さあ、惰性で続けてるならいい加減足洗えよ。この試験だってもう七回も落ちてんだろ? 早くやめねえと新記録つくっちまうんじゃねえのかおい、ははは! 才能ねえんだから、続けるだけ時間の無駄だぜ」
「――ちょっと、あなた、黙って聞いてれば言いたい放題言ってくれますね」
とそこで、猪勢と誠人の間に割って入ってきたのは耀だ。
髪先を手でなびかせた後、胸の前で腕を組んだいつもの偉そうなポーズで正面を切る。姫モードにお入りになった。
「やべえ、超美人さんじゃん」「こんなべっぴんさん、うちにいたっけ?」「雄大さん、この娘、俺に相手させてくださいよ」
「誰だよお前、見ねえ顔だな。編入組か?」
「あたしは神動耀。砕球界のエースになる戦士よ」
「顔がいいだけじゃダメなんだぜ、お嬢様――寝言は寝て言えや」
そう言って、猪勢は先に進もうとする。
逆らう者は誰もいない。ただ一人を除いて。
「ちょっと、あなた、列の並び方も知らないの? それとも目が機能していないのかしら?」
耀は猪勢の進路を阻み、きっと睨め付ける。
一歩も譲らない。そんな堂々とした雰囲気だ。
対して、リーゼントの少年は鼻で笑って続ける。
「はあ、これだから編入生は。やれやれだ。手前こそ、ここのルール知らないんじゃねえのか? 砕球部が来たら道を譲る。自然の摂理だっての」
「そんな横暴が通ると思って――」
「悔しかったら試験に受かって砕球部に入るんだな。そしたら、話聞いてやるよ。ほら、どけよ」
「きゃっ……こら、このあたしを誰だと思ってるの!?」
「はぁ? なんか言ったかよ?」
ぶつかられて尻餅を付いた耀が抗議するが、猪勢はどこ吹く風といった感じだ。
早く誰かどうにかしてくれないかな。
妹の風歌を安全なところまで連れて行った剛羽がそんなことを思っていると。
「そこまでだ!」
耀と猪勢のストリートバトルは、廊下に響き渡った凛とした声によって、勃発前に鎮火された。
その場にいた者等は全員、人山の向こう側――砕球部寮とは反対方向に視線を集中させる。そこには、きりっとした真面目そうな少女が仁王立ちしていた。
セミロングにされた黒髪、規定通りに着こなされた制服、加えてロングタイツ。
凄まじいほどに防御力が高く肌の露出はまったくない。が、だからと言って、少女に女性らしさがないわけではない。
スカートからはすらりと伸びる流線形の美脚は、タイツによって色香を損なうどころか寧ろ破壊力を上げている。
「……勇美?」
そして突然現れた黒髪の少女の名前を、剛羽はぽつりと呟いた。
蓮風歌
性別:女
誕生日:3月22日
年齢:12歳(中学1年生)
身長:145cm
ポジション:?
好きなもの:兄、甘いもの全般、砕球観戦
作者コメント:最初は剛羽の妹じゃなかった妹キャラです。今後、とあるキャラをお姉ちゃんと言っているシーンがあったら――修正できてなかったら――そういうことです、許してください!
猪勢雄大
性別:男
誕生日:7月7日
年齢:15歳(高校1年生)
身長:177cm
ポジション:球砕手
好きなもの:圧倒すること。才能。古きよき髪型
作者コメント:誠人とは幼稚園からの腐れ縁というリーゼントキャラ。実はこの後出てくる女子キャラにメインポジションを奪われた不遇男子です。これからどんどん登場頻度が上がる……予定はない!