反撃
そして現在。
九十九学園、第三闘技場にて。
「ほらほら、もうギブアップかい!?」
九十九の手にした一メートル程度の剣に緑色の光が流れ込むや否や、剣自体がぶわっと拡張し、鞭のようにしなり、空を裂くようにうなりながら蹲っている耀たちに迫る。
剣といっても横幅一メートル以上、全長五十メートル程度に増大したものだ。
殺風景な砂漠のフィールドが、真っ黒な大質量の得物によって埋め尽くされる。
何とか立ちあがった耀と誠人はそれぞれの得物で大蛇のような剣を受け流そうとするが、ぐいぐい押し込まれてしまう。
荒波にでも吞まれたのかというくらい激しい攻撃。
入部試験で剛羽と戦った《閃刀》砂刀鋭利の剣に生き物のように動くという点では似ているが、九十九の剣はとにかく攻撃範囲が広く、攻撃有効時間が長い。
加えて、九十九の《心力》は物質錬成が得意な緑型。
緑型使いの生み出す武器は、一般的にその者のありったけの《心力》を注いでつくられたものだ。彼らはこの武器が通じなかったら負けるという覚悟で戦っている。
以上のことから、九十九の底知れない《心力》量と練度も手伝って、赤型の砂刀と同格以上のパワーを発揮していた。
波打つように襲ってくる剣――そのギザギザした刃によって、誠人たちの得物がガリガリと削られる。
さらに、受け流したと思った剣の先端部がUターンしてきて、耀たちを締め上げるようにとぐろを巻くような軌道を描く。
このままではズタズタに斬り裂かれてしまう。
誠人が本能的にそう思ったそのとき――
「は……ぁあああああ!」
耀が絶大な《心力》を剣に注ぎ込んでそれを大剣へと変化させ、迫る刃の大蛇に叩き付けた。
すぐ近くにいた誠人ははっきりと感じる。少女の《心力》量は九十九と同じ、いやそれ以上のものだと。
「ふ、頼もしい限りだな!」
これで脱出口をこじ開け、九十九本人を叩く。
これだけリーチがあれば小回りは利かないはずだ。
と、誠人は反撃するところまでイメージしたのだが、そこで異変が生じる。
「……神、動?」
突然、耀から発せられる《心力》のオーラが薄まったように感じられた。
そう思ったときには大蛇のような剣が一気に耀たちを押し潰さんと迫ってきて――
……。
…………。
……………………。
「そう簡単に終わらせるわけないだろう? これが君たちの最後の試合なんだからさ」
大蛇に絡め取られ、虚ろな瞳になる耀と誠人。
九十九の剣からは刃がなくなり巨大な鞭のようになっている。
自身の得物が捉えた二人を、九十九は嘲笑いながら見上げていた。
「……くっ、早く戦死させろ」
「ん、なんだって?」
ぐぐぐっと、耀たちを締め上げる力が一層強まる。
全身を圧迫されるような痛みに、誠人は秋の入部試験のことを思い出した。
あのときも散々なぶられた後に、こうして締め上げられたと。
あのときは残り試合時間一分を切ってから締め上げられたためタイムアップに助けられたが、今回はそういう訳にはいかない。
この決闘の決着方法はどちらかが戦死するまで。
つまり、戦用複体が壊れないギリギリのラインを攻めれば――やろうと思えば、いくらでも精神的ダメージを与えられる。
一応、選手の安全を優先して個人戦は最長十五分というルールだが、あと十分以上は時間がある。
万事休すだ。
「蓮君は随分君たちのことを買っていたけど、結局最後までその理由はボクには分からなかったな。同じ天才でも考え方は違うんだね」
九十九はとうとうと語る。
「困るんだよ。これ以上、蓮君の足を引っ張らないでくれまいか? 君たちのせいで、蓮君はもう一度夢を追い掛けようとしている」
「ふ、足を引っ張ってる、だと……?」
呟く程度にそう言った誠人は、鼻で笑ってからこう続ける。
「蓮がそう言ったんですか?」
「口に出さなくても察してあげるのが友達じゃないのかい?
君たち一般人だって気付いてるはずだ。砕球っていうのは持って生まれたもので決まるってことをね。個心技になんて運命の悪戯だろ? 僕はそういうのを闘王学園で嫌というほど学んだよ。
蓮君も同じはずだ。そんな彼を、君たちはさらに突き落とそうとしている。立ちあがってまた潰されて……このままだと、蓮君は砕球の選手として――いや、人間として壊れてしまうよ」
剛羽のことを心配するような口ぶりの九十九。
自身の考えを信じて疑わないその姿勢には狂気すら感じられる。
そんな勝ち誇ったような九十九に対して――
「……ふ、ふふふ」
突然、誠人は笑い出した。
手が自由に動かせれば、それを額に当てるくらいしそうな勢いで笑う。
それが気に食わなかった九十九は、さらに締め上げる力を増し加えた。
「っ……蓮の足を引っ張ってるのはあなたのほうですよ、九十九先輩」
「ん、なんだって?」
「っ、ぁあああああ…………蓮は言った、勝ち負けの前じゃ才能なんて無力だって」
「……なにが言いたい?」
「うっ……蓮はあきらめてない。毎日のように一緒に練習したから、決闘したから分かるんです。あいつは一度失敗したくらいで投げ出すほど柔じゃない!」
瞬間、九十九の剣を持っていた腕の肘から先が斬り飛ばされる。
「な、にぃいいいいい!?」
見れば、空中にペンギンをデフォルメしたような物体が浮かんでいた。ゴルフボール程度の小ささだ。
そして誠人たちを締め上げていた大蛇の締め付けが緩み――
「だから戦闘中にお喋りをするなと言ってるだろ、馬鹿め」
九十九の懐に飛び込んでいた誠人が手にした大鎌を振り抜き、相手をばっさりと二つに切断する。
ブシューと盛大に撒き散らされる《心素》。
上半身だけになった九十九はぼとりと砂漠に落下する。
「ま、さか……君に球操手の素質があったとは……ね。一本取られたよ」
ゴルフボール程度のペンギンは、誠人が補助武器庫で創り出した人形だ。
しかし、それだけではただの飾り物に過ぎない。砂の中を潜行して九十九の隙を突けたのは誠人が遠隔操作したからである。
「僕も驚きました。補助武器庫を使ってから力の使い方がなんとなく分かってきたんですよ」
補助武器庫を使うことで、体内で《心力》が練られている感覚を、それが体外に引き出される感覚を掴んだのだ。そして自分で練り、引き出す感覚を掴むことにも成功した。とはいえ、まだできたりできなかったりの繰り返しである。
「そしたら身体から離れてるものも動かせることに気付いて……といっても、まだ普通の球は重くて動かせませんけどね。これくらいの大きさなら数十メートルは動かせますよ」
念には念を。
そこで話を切り上げ、誠人は砂漠に無様に転がっている九十九に止めを刺そうと、大鎌から変化させてつくったナイフ数本を同時に投擲する。
その全てが、眉間などに命中。
勝った。そう思いながらも、誠人は試合終了のアナウンスを待つ――しかし。
「……は?」
生身の肉体であれば息が止まっていただろう。
心臓とそれを覆う鎧臓が口から発射されていただろう。
それくらい、誠人は目の前の光景に戦慄していた。
信じられないと言った表情の彼の視線の先にはあるのは果たして。
五体満足で涼しい顔をしている九十九義経の姿だった……!?




