蓮剛羽(ましろ こうは)
「行くわよ……ッ!」
開始早々、耀の右手に紅色の光がぶわっと現れる。それは《心力》が発動された証。
彼女のそれは赤型と呼ばれる系統で、赤・青・紫・緑の基本四型の中で最も瞬間的な出力が高い。
(なんだ、素人か?)
一方、対面する剛羽は訝しむような表情を見せる。いくらなんでも素人過ぎると。
赤型は一瞬の爆発力に長けた系統だ。この系統の使い手は、攻撃または防御するギリギリのタイミングまで《心力》を発動させないのがセオリーである。
なぜなら、赤型は瞬間的な出力は他と比べて圧倒的に高いが、時間経過とともに出力が著しく低下していくからだ。
だというのに、相手の少女は明らかに非効率的なことをしている。
最高出力をぶつけてなんぼな赤型だというのに、あろうことか剣をつくろうとしているのだ。赤型と武器練成の相性は最悪。アクションを起こすときに瞬間的に武器をつくるのならともかく、何かする前から武器をつくるのはナンセンスだ。
そして極め付けに、剣を練成する速度も遅い。亀の如き歩みである。
試合が始まって既に十秒程度経過したが、まだ武器をつくれていない。一秒で及第点、遅くとも二秒で作り終えなければ。
正直、待っている必要はない。
「よし、もうちょっとで――きゃあっ……っう、いきなり何するのよ!」
だから、剛羽は悪役の美学を真っ向から否定した。
「ん、もう試験始まってるだろ?」
剛羽はいつの間にか錬成していた小刀で肩をぽんぽん叩きながら、斬り裂かれた肩のあたりを押さえながら喚く耀に、当然と言わんばかりの表情で答える。
「今日は個人練習する予定があるんだ――巻いてくぞ、亀女」「か、亀女!?」
剛羽はさらにもう一本小刀を錬成し、武器の練成に励む耀をなぶる。案山子同然の少女は格好の的だ。
剛羽は烈火の如き勢いで斬撃を繰り出し削る。胸を、肩を、腕を、腹を、脇腹を、太腿を切り刻む!
「っ~~~~~~、ひどいことしてくれるじゃない! もう、あったまきたんだから! 今から本気で――」
と、喚く耀の懐に潜り込み、拳で殴り抜いた。
「きゃふん」「なんか言ったか?」
戦場は平等だ。
「おいおい、試験官に恥掻かせるのも忍びないから手加減してやってるけどさ、やる気ないなら降参してくれよ。もう十分分かっただろ、俺は合格だ」
得物を霧散させた剛羽は、親指だけ立てて自分を指す。
これ以上やっても時間の無駄だ、と思ったそのとき。
「あれ、二人ともこんな朝から決闘やってるの? 熱いね、バーニングだね!」
一階の奥にある部屋から一人の女性が現れた。剛羽には今年で三十代から追放される母親がいるが、その母親より随分若く見える。というか、はっきり言って同い年くらいにしか見えない。
耀は「おはようござまいます」とその突然現れた女性に頭を下げる。それに釣られて剛羽もぺこりとお辞儀したが、首を傾げずにはいられない。
「ああ、剛羽くんは初めましてだね! わたしは洲桜初衣、ここの寮長やってるからよろしく! なにかして欲しいことあったら、なんでも頼んでね! あ、でもでも、性的なのはノンノンだよ? わたし、人妻だからね!」
剛羽は引き気味に「よろしくお願いします」と言い、向き直って決闘に集中しようとする。が。
「素直でいい子だ! それにしてもいきなり決闘なんて仲良くなるの早いね。君たち、一体どんな技使ったの?」
初衣は興味津津のご様子で話を振ってくる。
「いや、仲良くなったわけじゃなくて、今入部試験の途中なんですよ」
だから話し掛けるの止めてくださいと、剛羽は続けようとしたのだが。
「ん、入部試験は一週間後だよ? あれ、連絡してなかったかな?」
「…………え?」
聞き捨てならないことを聞いた。
「……どういうことだ?」
初衣の言葉の意味を訊ねるように、剛羽は対面する少女に視線を向ける。
「そ、それは……あれがあれなんです」
「おい」
顔を赤らめてそっぽを向いても駄目だ。
「……はあ、潮時みたいですね。あーあ、もうちょっとだったのに。人生って思い通りにいかないものね」
やれやれと、耀は露骨に肩をすくめてみせる。肩をすくめたいのはこっちのほうだ。
「簡潔に言うと、この決闘は砕球部の入部試験じゃないです。あくまで個人的な決闘よ」
「おい」
「大体、あたし、試験としか言ってないですけど? ちゃんと確かめなかったあなたにも責任があるでしょ? それにあたしが言ったこと全部がデタラメってわけじゃないです」
ふふんと、耀は得意気に胸を反らす。
「つまり、これは入部試験に関連してるってことか?」
「勝った方が負けた方に何でも命令できるというのは本当よ」
ぶち転がすぞこの尼! と思わず叫びそうになったが、剛羽は微妙な顔で言葉を吐く。
「つまり、俺たちの戦いは入部試験とはなんの関係もないってことか……」
「そうね、理解が早くて助かるわ」
「あ~、あれか~。剛羽くん、君、騙されちゃったね! でも、いいんじゃない? 負けても死ぬわけじゃあるまいし。つ・ま・り~」
「ドンマイね」「ドンマイ、マスター」
(……本気で言ってるのか、こいつら)
剛羽は信じられないと頭を左右に振った。
闘王のコーチや友人たちから、闘王を出た後がたいへんだと言われていたが、どうやらその通りのようだ。
とはいえ、この戦いを不正だと言い張って放棄するほど心は狭くない。
「さ、下僕になる準備はできたかしら、蓮くん?」
「お前こそ、約束忘れるなよ……覚悟しな」
ただし、少しお仕置きが必要なようだ。
試合開始からずっと攻撃を浴びせている。相手は風前の灯。ちょちょいと戦死させて勝ちだ。
剛羽はタンッと地面を蹴って、間合いを一気に詰める。
「下僕になるのはお前だ……悔しかったら、球一個くらい割ってみな」
「だから……あたしには耀って名前があるって言ってるでしょ!」
瞬間、そう一瞬の出来事だった。何がトリガーになったのかは分からないがともかく。
耀の手元から莫大なエネルギーが放射された。大剣だ。
彼女の身長――160cmくらいだろうか――より大きな剣が、その傷一つない可愛らしい小さな手に握られている。
剛羽は反射的に、本能的に攻撃を中断して後退した。
まずい、やばい、おい嘘だろ。
しまった瞬殺するべきだった、と一瞬でそこまで後悔した。
「やった、できた!」
耀は子供のように無邪気に笑った後、ふふんと鼻を鳴らして胸を張りながら言う。
「あたしを下僕にするですって? 誰にもの言ってるのかし――らッ!」
たった一足で彼我の距離を消し飛ばした耀は、柄のあたりに意匠のこらされた煌びやかな直剣を叩きつけるように振り下ろす。
小細工の一切ない素直な剣筋。カウンターの一つでも決めたいところだったが、剛羽は迷わず後ろに跳んだ。
そして次の瞬間、剣先が叩きつけられた地点を中心に爆風が、フィールド全体を揺るがす震動が発生した。
直撃は避けたものの、剛羽はその余波で吹っ飛ばされ、フィールドの場外防止壁に全身を強打する。
(ぐっ……あり得、ない)
目も開けていられないほど吹き荒れる嵐。ぐわんぐわんと上下左右に揺さぶられる乾燥した大地。二つの自然災害が戦場を支配する。
煙と揺れが収まると、剛羽がつい先程まで立っていた場所を中心に四方八方にひびが入り、地面が隆起していた。二人の両脇にあった酒場は、跡形もなく吹っ飛ばされている。
「まだ終わりじゃないわ!」
息つく暇もなく、耀は二撃目を振り下ろす。壁際で蹲っていた剛羽は右利き相手に右に跳んで回避。
しかし、相手の剣速が勝り、左腕を肩のあたりから切断される。そして断面から鮮血が飛び散る――ことはない。
代わりに肩から漏れ出たのは、黄色の粒子だ。その正体は戦用複体を構成する《心力》の原形――《心素》。
この《心素》が戦用複体を構成していて、一定量以上漏出すると戦用複体を維持できなくなり戦死判定が下される。
剛羽は焼けるような衝撃が走った左肩を押さえながら何とか距離を取ろうとするが、最初のダメージが抜けていないのか思ったように身体が動かない。
そして、無様に逃げようとする獲物に向かって、飾り物のような優美な大剣が剛閃される。とはいえ、ただで斬られるわけにはいかない――しかし、リーチもあり剣速も凄まじい大剣の有効距離から逃げ切れない!?
「マスター、援護します」
やられたと思ったそのとき、剛羽の目の前に、亀をデフォルメしたようなソフトボールを一回り大きくした物体が現れた。
亀球。砕球の試合で使用される全球種の中で、最も硬く割られ難い球だ。
サーヤが発射するように操作した亀球一個が大剣に突撃する。いくら亀球でもあの攻撃の前には一瞬すらも逃げる時間を稼げないだろうと、剛羽は思ったが、亀球はがっしりと大剣を受け止めた。
よく見れば、打撃面に《心力》のオーラが張られている。球操手であるサーヤが自前の《心力》で亀球の耐久力を跳ね上げたのだ。
鈍間な亀球を救援に間に合わせる読みの早さ、味方を守りながらそれを守る亀球すら割れることを防いだ強力な《心力》。流石はプロモードだけのことはある。
とはいえ、いくら球操手が優秀でも護衛する守手がヘボでは話にならない。
剛羽はふうと一つ息を吐いて気を引き締め直す。
(……こいつは強い)
「――どう……はぁ、はぁ……驚いたかしら?」
髪の毛先をばさっと払いながら、自信満々な顔を見せてくる耀。
しかし、涼しげな態度とは裏腹に、余裕がないのか剣を杖代わりにした上に肩で息をしている。
赤型であれだけの威力の大剣を維持するには莫大な《心力》が必要だ。もう一分近く大剣を出したままにしているが、彼女の総《心力》量は一体どれほどあるのだろうか。少なく見積もってもプロ選手級だ。
(使うつもりはなかったが)
勝ち方を選んでいるほどの余裕はない。
「サーヤ、アシスト任せたぞ!」
「了解です、マスター」
それだけ言うと、突如、剛羽の姿が掻き消えた。そして同時に、耀が後方に大きく吹っ飛ばされる。
人間業とは思えない一瞬をさらに短くしたような出来事。
しかし、攻撃を受けた耀は寸でのところで大剣を盾にして凌いだようだ。
なに気を落とすことはない。両手の小刀を構えた剛羽は、間髪入れずに耀に襲い掛かる。
「同じ攻撃が二度も通じると――」
「思ってねえ、よッ!」
ドスッと、大剣を振ろうとした耀の足首を亀球が強襲し、バランスを崩す。球は守るためだけのものではない。相手の体勢を崩す攻撃支援にも使えるのだ。
耀は転倒しそうになりながらも強引に振り抜いてくるが、そんな攻撃は当たらない。
薙ぐように放たれた大剣をかえ潜った剛羽は、耀の右肩に得物を突き立てる。
心臓部を狙ったが、ギリギリのタイミングで狙いをずらされてしまった。
それでも、利き腕を潰すことに成功したのだ。サーヤと協力すれば勝機はある。
耀の大剣は一撃一撃が射程五十メートルを優に超える範囲攻撃だ。
しかし、直撃を避け余波をくらうだけなら何とか耐えられる。
その前に相手がスタミナ切れを起こす可能性をあるだろう。
と、甘い考えを抱いていたが。
「はぁ、はぁ……言っておくけど、まだ全開じゃないんだから……はぁ、はぁ……もう一段階上があるんだからね」
表情にも崩れた言葉にも余裕はない。が、全身から激流のように溢れ出る《心力》の波動が、少女の言葉が嘘ではないと雄弁に語っている。
そして、剛羽は悪夢を見た。
ドン、と腹に響くような音とともに、全身を襲う脅威的な力の波。
フィールドが紅色に染まり、焼けるような熱さを放つ紅のオーラがある一点を中心にとぐろを巻いている。
その力場の中心に立つ少女に目をやると、彼女の金茶髪の髪が燃え盛る炎のような紅色に染め上がっていた。
紅く染まった世界でもなお目立つ髪。そこから迸る火の粉のような粒子。
目に映る現象全てが、彼女がこのフィールドの支配者だと暗に示している。
(髪の色が……超活性か!?)
超活性。《心力》に秀でた者が力を解放したときに、髪の変色など身体に変化が起きる現象を意味する言葉だ。あの闘王学園でも超活性に目覚めている選手は少ない。
次いで大剣に宿っていた剣気が、瞬く間に数十倍に膨れ上がった。纏わりついたオーラにより、剣が何十倍にも大きく見える。
そんな馬鹿デカイ剣を振り下ろしたらどうなってしまうのか。あれはもう剣という言葉の定義を逸脱している。
くらったら、ほぼ間違いなく戦死判定が出るだろう。
戦用複体が壊されても、生身の肉体が死滅するわけではない。
だがしかし、戦用複体で受けたダメージは、生身の肉体に精神的ダメージとして少なからず残る。
とそこで、剛羽は闘王学園の先輩から聞いた話を思い出した。
プロ選手とアマチュア選手が対戦して、アマチュアの選手が一カ月以上寝たきりになったという話だ。
余程実力差があったのだろう、自分ならそうはならないと思っていたが、目の前にあるアレをくらったら……。
一体どうなるのか試すように。
耀は大剣を振り翳し、容赦なく凄まじい速度で振り下ろした。
人一人に向けるにはあまりに残酷すぎる圧倒的な暴力が、名門帰りの少年に叩きつけられる。
亀球が射線に割り込むが、圧倒的な力を前に上からねじ伏せられてしまう。先程のようには止められない!
「マスター!?」
「いや、問題ない」
対して、膨大な《心力》の塊が迫りくる時の中、剛羽はじっと耀に鋭い視線を送る。その目には映るもの全てがゆっくりと動いていた。
そして、不思議なことに。
少年の右目の瞳孔は十字のように開いていて、全身から白色のオーラが溢れ出ている……!?
「十倍加速(クレスト=ディエス)」
刹那、剛羽が爆風を巻き起こしながら姿を消した。先程よりももっと速い。それはもう瞬間移動のような速度だ。
そして同時に、白刃が耀の胸部を貫き――
「《速度合成》、時間を操る能力だ」
試合終了のゴングが鳴り響いた。
「話には聞いていたけどすごいね~、剛羽くん」
試合終了のゴングがフィールドに響き渡ると同時にそう呟いたのは、二人の決闘を観ていた初衣だ。
それから、初衣は誰に言うわけでもなく、感心したように続ける。
「元全国一位は伊達じゃないね」
闘王学園内序列延いては日本ジュニアランキング元一位の少年と、その少年の胸の中で気絶している少女の両方に目を向ける。
「でも、知ってるかな。剛羽くんが戦った女の子は――これが初戦なんだよ?」
洲桜初衣
性別:女
誕生日:3月28日
年齢:?
身長:145cm
ポジション:動手(元プロ選手)
好きなもの:夫、我が子、仲良しそうな人たちを見ること
~砕球ポジション解説~
③守手
球操手に降り掛かる火の粉を払う執事職。
相手チームの球砕手と戦う対エースポジションだが、まず味方球操手を探さなければならない・球操手の世話をしなければならない・相手が来るのを待たなければならない等の制約があることから、球砕手よりも我慢が必要である。そのためか戦闘民族からの人気はそれほど高くない。
通称「ガード」「傍付き」「執事・メイド」「忠犬」