分岐点
決闘を挑んできた耀を瞬殺した後、剛羽は寮の自室に戻っていた。
今日は春にしては温度が高い。
涼しくなるまで窓を開けておこうと、窓際に近付いたところで。
寮の裏手にある垂直に切り立った崖のところに、同じ寮に住んでいる誠人の姿を捉えた。制服ではなくTシャツ・短パンというラフな格好だ。
(あいつ、あんなところでなにしてんだ……?)
一歩踏み間違えば転落していきそうなポジション。
「…………」
眼鏡な少年にとって芳しくなかった試験の結果。
「…………っ」
落ち込んだ小さな背中。
「まさか、あいつッ!? 三倍加速(クレスト=トリプル)!」
自室の窓から勢いよく飛び出した剛羽は、個人技を使って加速してクラスメイトにもとに急行する。
「達花、早まるな! 四倍減速(ディスクレスト=スクウェア)!」
振り向いた誠人の動きを減速させ、身を投げることを阻止しようとしたのだが……。
「――なるほど、僕がここからダイブすると思ったのか」
「……マジですまん。悪気はなかったんだ」
「だろうな。蓮はそういうやつじゃない」
「達花、お前……」
誠人は剛羽を放っておいたまま崖のところまで行って、どかっと腰を下ろした。
剛羽もその後を追い、「綺麗だな」と視界一杯に広がる夕陽に染まった町々を見下ろしながら呟く。
「いい眺めだろ……好きなんだ、ここ」
「……ああ、いいとこだ」
そう言って、剛羽も落ち込んでいる誠人の隣に腰を下ろした。
「飲むか?」と言って、麓で買ってきた缶ジュースを渡す。
それから少しの間を置いて、誠人が口を開いた。
「僕さ、すごい小さいとき、征維義衛隊の人に憧れてたんだ。すごい《心力》を持ってて、派手で、かっこよくで……っ、あんなふうになりだいど思っでだ」
剛羽は黙ったまま聞く。誠人の顔は見ずに聞く。
「……それでその人のこと調べてみたら、その人、昔砕球やってたらしいんだ。砕球のプロにもなって、プロを引退してから征維義衛隊に入ったんだってさ。だから僕も、その人みたいになりたくて、砕球を始めたんだ」
誠人の缶ジュースを握る手に、ぽたぽたと滴が落ちる。
「頑張ってれば強くなれると思って、それで自分なりに一生懸命練習して……上手くいかなくて」
「でも、九十九先輩のチームから指名されただろ? 結果が出たってことじゃないのか? 指名されたんだからもっと喜べよ」
「喜べないさ。今回あのチームは、例年に比べてたくさんの選手を指名している。きっと慈悲のつもりだ」
「…………」
「蓮、正直に答えてくれ……僕には《心力》の、砕球の才能ないのかな?」
声が震えていた。缶ジュースを握っている手が震えていた。
きっと、誠人は闘王学園という名門から来た自分にだからこそ、そんなことを聞いてきたのだろう。
「ああ、ないだろうな」
だから、正直過ぎるくらいにそう答えた。
誠人はぎゅっと唇を噛み、声にならない音を洩らす。
それを横目に見た剛羽も、胸にじんときた。実力が及ばずに闘王学園を去って行った仲間たちのことがフラッシュバックする。頭にこべりついて離れない苦い思い出だ。
「でも、才能なんて勝ち負けの前じゃ無力だ」
しかし、剛羽は言葉を続ける。
悟られないようにはしているが、胸の中で熱い気持ちが込み上げてくる。
そのとき何故か、つい先程見た耀の姿が思い出された。
「練習に勝るものはない。少なくとも、俺はそう思ってるよ」
ああそうか、あの赤髪の少女が脳裏に浮かんだのは、入部試験の結果にへこたれずに前に進もうとしていたからなのだと、剛羽は理解する。
そして、隣にいる眼鏡な少年に言葉を掛けたのは、あきらめて欲しくないと思ったからだろう。闘王から落伍した仲間たちに対しても、そう思ったように。
「でも蓮はレアな個心技を……。僕は《最弱》って二つ名もちだ。普通、ランクの低いやつに二つ名なんてないのに、それくらい酷いってことさ」
そこまで言って誠人は口を噤んでしまう。
言いたいことは何となく察することができた。
「…………はあ」
剛羽は短く溜息を付いて立ち上がる。その手には小さな石ころが握られていた。
そして友人の突然の行動に首を傾げている誠人から距離を取り、タッタッタッと助走を取ったかと思うと、手にした石ころをぶん投げた。
狙いは誠人――ではなく、剛羽たちの近くを通り掛かった小鳥だ。
「ま、蓮、何をしているんだぁあああああ!?」
剛羽の奇行を咎めるように叫ぶ誠人。
しかし、剛羽が全力投球した小石は小鳥にぶつかる一瞬手前で急減速し、小鳥が通り過ぎた虚空へと飛んでいく。
「まし、ろ……?」
「俺、この能力が発現したときはぶっちゃけ全然上手く使えなかったんだ。《速度合成》は空間認識能力ってやつが重要だからな。こうやって動く的に石ころ投げたりして練習したんだ…………二年くらい」
「蓮が二年も?」
誠人の心底驚いた表情を見て、剛羽はそっぽを向く。
「……この話、ダサいから言いたくなかったんだよ。まあ、とにかく、あれだ。強い個心技持ってたって、使いこなせなきゃ宝の持ち腐れだ。で、使いこなすには練習しなきゃなんない。だから練習は大切なんだ」
それから剛羽は急に意地の悪そうな顔を浮かべて続ける。
「それに練習しないけど強いです、みたいなふざけたやつを完封するとか、最っ高にスカッとするだろ?」
「キミってやつは……今の発言で台無しだよ」
呆れる誠人の表情は、先程より少し明るくなっていた。
そんな眼鏡な少年に剛羽は真面目なトーンで言葉を掛ける。
「その服装、今日も練習したんだろ?」
「え、今日もって……?」
「知ってるさ。まあ、一週間くらいしか見てねえけど。あと、こっから学校まで三十キロ以上あるのに、毎日走って通ってるのも知ってる」
多分、誠人は自分がどうしたいのか知っていると、剛羽は思う。
揺らいでいるだけで、見失ってはないのだ。
「練習続けてるってことはそういうことだと思ってたけど……達花、お前はどうしたいんだ?」
才能がないと分かった上で続けるか。それとも、他の道を選ぶか。
思うところはあるが、残念ながら前者だけが正解というわけではない。
こればっかりは本人が決めなければ、納得しなければダメだ。
だから、剛羽は色んなことを分かってしまっている眼前の少年に、その覚悟を問う。
「僕、は……」
喉の奥がすごく熱くて痛い。
剛羽に聞かずとも自分に才能がないことくらい、誠人にだって分かっていた。
でも、それでも。
「僕ば砕球をやりだい!」
誠人は紅く染まった空に向けて、声を張り上げてそう宣言する。
「明日、一緒に練習しようぜ」
そう言って、剛羽はぽんと誠人の背中を叩いた。




