神動耀(しんどう ひかり)
九十九学園の校外にある西洋風の寮にて、少年と少女は対峙していた。
「試験……?」
剛羽は、少女から投げ掛けられた言葉を反芻する。
いや、そんなことよりもまず第一に。
「つーか、誰だよ、お前?」
剛羽は同い年くらいに見える偉そうな少女に問い掛けた。
「あら、お前だなんて失礼ね。あたしには神動耀って名前があるの」
耀と名乗った少女は髪を手でなびかせた後、胸に手を当てて堂々と言い放つ。
「……じゃあ、神動、試験ってどういうことだよ?」
九十九学園の砕球部は入部試験を行うと事前に連絡を受けていたが、実施日は本日から一週間後にある入学式の日のはずだ。
それに試験会場も、学園内に敷設された闘技場のはずである。
「予定が変わったんです。ほら、ぼさっとしてないでさっさと準備なさい。あたしを待たせるつもりですか?」
髪先を手でばさっと払いながら、耀はそう催促してきた。
学校内ヒエラルキーの頂点に君臨していそうなオーラ。
まあどんな地位の人間かはともかく、騙される理由も見当たらないため、剛羽は彼女の言葉を信じる。
「なるほど、抜き打ちテストってわけか」
事前連絡がないのは、受験者の対応力を見ているのかもしれない。
そう適当に納得した瞬間、剛羽の中でスイッチが切り替わった。意識してではなく、自然と戦闘モードに移行したのだ。
「でも、俺一人でってことは試験は個人戦なのか?」
「そうですけど、何か問題でも?」
砕球は一チーム五人で組まれ、試合形式は三、四チームによるバトルロワイアルだ。選手の適性を見るなら集団戦をやるべきだと思うが……。
まあ、個人の能力があまりにも低すぎると連携もできないので、個人戦形式で一人一人の実力を見極める試験というのも頷ける。
「もしかして、いきなり試験って言われて怖気付いたのかしら?」
少し黙っていると、そんな言葉を掛けられて意識を外側に引き戻される。
「あなた、闘王から来たんでしょう。その実力、あたしに見せて頂戴」
髪の毛先を手でなびかせながら耀。
出会って間もないというのに、もう見慣れてしまったその仕草が鼻に付く。偉そうな態度がムカつく。
「俺のこと、知ってるのか?」
「べ、別にあなたに興味があるわけじゃないですからね。勘違いしないでください」
「あっそ」
闘王学園。日本国内における学生砕球の権威。
小学校から大学までの一貫校で、各部の大会で毎年優勝候補の筆頭に挙げられている。ここ十年は、どの世代でも決勝進出を逃した年はない。
施設やコーチ陣を初めとする全国一の砕球環境。その中で行われる才能をもった選手たちの激しい生存競争。
三年以上生き残れば秀才、卒業できれば天才という言葉は、砕球界隈では有名だ。
剛羽はそんな学校に小学四年生から中学卒業までの六年間、席を置いていた。所謂エリート選手である。
「でも、あなたは……如何にも落ち武者って感じね」
耀は値踏みするように、全身を舐めるような視線を送りながらそう言ってきた。
「まあ、それもそうでしょうね。闘王から追い出された負け犬なわけだし」
「…………」
(うざっ。何だこの女)
冷笑してくる相手に、剛羽は内心で毒突くが、顔に出ていたのか。
「なにかしら、言いたいことがあるならはっきり言ってごらんなさい」
「別に……やるならやろうぜ」
剛羽と耀は手持ちの《IKUSA》と呼ばれる携帯端末を取り出し、壁際に据え置かれた筐体にセットする。
《IKUSA》。
日本砕球連盟が全国の砕球選手に所持を義務付けた携帯端末で、対戦成績や個人ランクなどの管理の他、大会やイベントなど砕球に関する情報が提供される。
「で、お前――」
「お前じゃないってさっきも言ったでしょ? 耀って呼びなさい、いい?」
無理。
「神動、ポジションは? 俺はガードだ」
「ガード……?」
「守手だよ守手。神動周りじゃ訳し方違うのか? まあ、いいや。で、神動のポジションは?」
「あれです、あれ……えっと、球壊す人」
虚空を何回もチョップしながら耀。
「ああ、球砕手のことか……ふっ」
剛羽は耀の動作が面白かったのか思わずにやけると。
「な、なにか問題でも?」
言外に笑うなと、耀は頬を赤らめながら言ってきた。
タイプではないが、意外と可愛いところもあるらしい。
地面を抉るほど落ちていた好感度が、少し芽を出してようやっと陽の光を浴びる。
「じゃあ、神動が攻めで俺が受けだな。ルールはどうする?」
「攻め、受け……? ええ、ルールですねルール。あなたが決めてくれて結構よ」
「おいおい、試験官が決めなくていいのかよ」
「それもそうね……じゃあ、あたしが球を三個――いいえ、五個全部割ったら勝ちにしましょう」
「いや、神動の勝ちってなんかおかしくないか」
ていうか、と剛羽はその目を少し細めて続ける。
「そのルール、俺のこと舐め過ぎじゃないのか? 神動、お前、そんなに強いのかよ?」
球砕手と守手が個人戦で戦うときは、球をどれだけ壊せるかまたは守れるかで競われる。
試合と同じで球は五個用いるが、五個全部割られなければ勝ちというのは剛羽にとって――剛羽じゃなくても――大き過ぎるアドバンテージだ。
こんな破格の条件は、闘王学園の先輩――ナンバーワン球砕手と個人戦をやらせてもらったとき以来である。
「なにか問題でも? いいハンデだと思いますけど」
「……フラッグの訓練用人形のレベルはどうする?」
フラッグというのは、球操手の略だ。球を浮かせて動かすなどして相手に壊させないようにするのが仕事で、今回の場合はメーカー会社が販売している訓練用人形などの非人間に担当してもらう。
「フラ、人形……?」
「訓練用人形のレベルは、上から順にプロ、ハード――」
「プロで――いいですよ」
「…………」
「気に病む必要はないです。それくらいのハンデを上げて当然ですから」
耀は胸の前で腕を組みながら自信満々にそう言って。
「こ、個人戦、個人戦……あ、あったわ! それでルールは……これね!」
たどたどしく《IKUSA》を操作して決闘の申請をし、筐体の置かれたこのホールに遠隔操作で戦闘用のフィールドを展開してもらった。
『フィールド展開、フィールド展開、ご注意ください』
間もなく、二人の戦士が半球状のスケルトンブルーの壁に包まれる。
『両選手、戦用複体に変身してください』
「トランス、ダブル!」「ダブル」
機械音声に促され、剛羽たちがそう叫ぶ。すると、二人の身体が光の繭に包まれた。
光が四散して中から出てきたのは、戦用複体と呼ばれるもう一つの身体を纏った砕球戦士だ。
生身の肉体にこの戦用複体を被ることで、首を斬り飛ばされようが胸部を貫かれようが身体が二つにされようが、本体である肉体が絶命することはない。
変身している限り、あらゆるダメージを戦用複体が代わりに引き受けてくれるのだ。
言わば、派手にかつ安全に戦うための、進化した人間に生来的に備わるもう一つの身体である。
同時に、互いに激しく潰し合う砕球をやる上で、この戦用複体に変身できることが競技者としての最低条件なのだ。
変身し終えたことが確認されると、剛羽と耀の立っていた西洋風のホールが、西部劇に出てきそうな乾燥地帯に変化した。
今回はガンマン同士の決闘をモチーフにしたフィールドのようだ。
この戦闘フィールドは《闘技場》と呼ばれ、古今東西の場所を《心力》で疑似的に造り上げる。
中世ヨーロッパの都市や密林などの厳しい自然を再現し、砕球選手たちはそこで戦うのだ。
また、安全対策の一つとして戦用複体に変身していないと《闘技場》には入場はできず、戦用複体が壊されると場外に転送してくれる。
剛羽は手にしたキューブをサイコロのように地面に転がした。すると、キューブが発光し、ぐにゃんぐにゃんとうねりながらその形を変えていく。
そして間もなく、キューブが変形して誕生したのは一体の訓練用人形。
変則型の青色ツインテールに、くりっとしたサファイア色の瞳。
服装は青の長袖とフリル付きのスカート、純白のエプロン。頭にはブリムがちょこんと乗っている。
「こ、これが訓練用人形……随分可愛らしいお人形さんですね」
にっこり笑いながら耀。その笑顔にはまるで温度を感じない。
「ちょっと待て、なにか勘違いしてるようだから一応断っておくけどな、これは前の学校でチームメイトだったやつから貰い受けたもんだ。俺の趣味じゃないからな」
確か、訓練用人形の大手メーカーと人気砕球漫画がコラボして造られたものだとかなんとか。この人形の素晴らしさについて嬉々としてプレゼンテーションする戦友の顔を思い出す。
「ふ~ん、そう……あなたの趣味はよく分かりました」
「おい、まだなにか勘違い――」
「お初にお目にかかります、サーヤです」
サーヤと名乗った訓練用人形はスカートの裾をちょこんと摘み上げ、恭しくお辞儀する。
「三ヶ月以上にも渡る放置プレイ」
「おい、なにを言って――」
「このまま箱詰めされて全身を舐め回すように観賞されるだけかと思いましたが、遂に出番がきたということですね。このサーヤ、ご主人様に精一杯尽くしたい所存ですので、なんなりとお申し付けください……とはいえ、マスター、サーヤは長い間焦らしに焦らされました。ですので、僭越ながらご褒美が欲しいのです。まずはこの出会いを記念して、朝まで愛し合って楽しみましょう」
「…………」「俺の趣味じゃない、だったかしら?」
ずいっと身体を寄せてきたサーヤに呆気にとられた剛羽と、少し離れたところで肩をわななかせる耀。均衡を破ったのは。
「あ、あなた、一体サーヤさんとなんの訓練するつもりですか!?」
「異議あり、俺はとんでもない勘違いをされている!!」
それから場を収めるのに数十分を要した(誤解は解けてない)。
準備ができたところで、両者の間に青色で10の文字が浮かび、9、8とカウントを減らしていく。
そして3、2、1となったところで「BREAKOUT!!」という文字が試合開始のゴングを鳴らした。
「マスター、指示を」
球操手を務めるサーヤがきりっとした眼差しでそう訊ねてくる。
本来であれば試合が始まる前に指示を出しておくものだが。
「サポートはいらない」
剛羽はサーヤに特別何かしてもらうつもりはなかった。
球を全部破壊したら勝ち。訓練用人形のレベルは最高位のプロモードでいい。
どこの誰だかは知らないが、彼女は砕球日本一のあの闘王学園から来た自分に喧嘩を売っている。
受けた屈辱は必ず返す。
「あの自惚れたお姫様は、俺がやっつける」
剛羽はそれだけ言って駆け出した。
キャラクター紹介
神動耀
性別:女
年齢:15歳(高校1年生)
誕生日:8月8日
身長:160cm
ポジション:球砕手*球壊す人
好きなもの:家族、子供、甘いもの全般
作者コメント:個人的にかなり書きやすいツンデレお姫様。イラストがあるわけではないが髪の色とか目の色はどうしようと迷いました。「神動耀」という名前は作者過去作でかなりの頻度で使われてます。男キャラネームで笑
~砕球ポジション解説~
②動手
あるときは球を壊し、あるときは守備に追われ、またあるときはターゲットを自分の方が嫌になるくらいスト―キング・妨害し、またあるときは相手チームの同業者と血で血を洗う主導権争いを繰り広げる「辛い」「鬱い」「……誰か助けて」の三拍子揃った戦場の中間管理職。
通称「モバイラー」「便利屋」「奴隷戦士」「社畜」「戦士の中の戦士」「モバさん」
仕事の多さはハードワークと気合でカバーするなどやりがいはありそうだが、オペレーターまたは試合時主将に顎で使われる宿命を背負っている。
剛羽は「モバさん」と呼んでいるが、それは不幸な星のもとに生まれてもなお任務を遂行しようとする彼らに対する尊敬の念。
そんな一部の理解者たちのために、動手たちは今日も働く! ……このポジション、解説長いな笑