取材拒否業務
「取材?」
「はい」
貴臣さんに言われた言葉を復唱したところ頷かれたので「なんでまた? そんな予定なんて聞いてないぞ?」と質問する。
「受けてほしいと懇願されてるんですが、いかがいたしますか?」
「却下。この手の取材はロクな事書かないから。一遍会社潰れればいいと思う。人の悪意で」
「どんだけ嫌いなんですか……まぁ僕も嫌な感じなので二つ返事で断りましたけどね」
「そもそもうちに取材なんて、そいつ頭のねじおかしいだろ?」
「その通りですけどね。そういうのは堂々と言わないでくださいよ」
そう言われても。実際こんな辺鄙な仕事場まで(仕事内容という意味)取材の手が伸びるなんておかしいにもほどがある。
取材。というのは、この世界スポーツ選手やヒーロー、または学者や専門機関の代表者が受けるものが普通である。
派手で晴れやかな世界の実情を主観込みでおおっぴらに公開するそれは、基本的にスポットを当てる部分が限定されているため、そこの商戦が厳しいらしい。別に俺の知ったことではない。
基本的に奥の奥の取材をする奴なんて、それこそ興味本位か探求心が有り余る奴位しかいない。会社単位でやるというと、余程の零細企業じゃないだろうか。そもそも需要ないしな。
言ってて悲しくなるが、求人なんて一切しないこの会社を取材する意味は全くといってない。
いつも通り書類のダメ出しをし終えた俺は、机に肩肘をついて顎を乗せ、欠伸をしながらそんなことを考える。
「だいたい他の地域でそんな取材受けたって話今までなかったしな……」
誰もいない部屋でつぶやく。基本的に余程の用事がない限りこの部屋から出ないので暇を持て余す。
取材なんてそこら辺で活動しているヒーローをしていればいいというのになぁと考えながら机に顎を乗せてのんびりしていると、電話がかかってきた。
ポケットを見ないで探ってスマフォを取り出し、誰かを確認せずに電話に出る。
「はいもしもし」
『こんにちは勤君。今大丈夫?』
「珍しいですね麗夏さん。そっちから電話してくるのと、こんな時間に電話してくるのは」
『まぁ用があるから電話したのよ』
そりゃそうだよなと思った俺は、「何の御用で?」と質問した。
『取材の話よ』
「なんで知ってるんですか?」
てっきり直接かと思ったが、どうやら麗夏さんも承知の話らしい。
一体どういう事だ? と首を内心で傾げながら話を聞く準備をしていると、『うちの広報部が裏方の活躍をやりたいと言って修復関係の記事を書くために取材をしたいと言って私に頼んできたから勤君の会社を紹介したわけ。まさか断れるとは思わなかったけど』と説明してくれた。
「へぇ」
『思いっきり他人事ね』
「まぁ麗夏さんに悪いとは思いますけど、俺達取材を受けてもどうすることも出来ませんよ?」
『そうよね。今にして思えば勤君のところを取材しても厳し過ぎる意味が分からない奴らだから意味ないわよね』
「同じ支部にいるのにそれはどうなんですかね…?」
『いいわよ別に。どうせ別なところに取材するでしょうし』
「そうすか。もういいでしょうか?」
『そうね。仕事がんばって』
「ういっす」
なんでそんなもの受けたんだろうと思いながら電話を切った俺は、その間にも書類が来てないんだなと確認して天井を見てから目を瞑った。
ドダダダダという音が響き渡ったので目を覚ます。どうやら少し眠っていたらしい。
首が痛いと思い左右に曲げたり回したりしていると、勢いよく扉を開けて貴臣さんが入ってきた。
書類でも出来たのかと思いながら観察し、書類を持っていないのが明らかだったので、首を傾げて訊いた。
「一体どうした?」
「しゃ、社長! ちょっと来てください!」
「?」
余程急なのか事情を説明しない貴臣さん。
一体何があったんだと思いながら席を立つと、「大変なことが起こったんですよ!」と言ってきたので問題でも起きたのかと内心首を傾げて案内されるように部屋を出た。
移動中。
「で? 一体何が起こった?」
「えっとですね……武装した集団が社長に面会を求めてまして」
「は? なんで?」
「分かりません。ただ『社長に会わせろ』という一点張りで……」
「何名ぐらい?」
「五、六名ぐらいでしょうか……」
「どこに?」
「一階の受付にいます」
「はぁ」
なんかしらんが大事になった。というか、なんで武装集団がここに来るのだろうか。いまいち理解ができない。
「警察には?」
「連絡してませんよ」
「やりゃいいのに」
「え、えっと、その……」
急に態度が変わったので、足を止めて俺は聞いた。
「何を隠してるんだ?」
「あーえっとですね、その……」
「さっさと仕事しろ。俺は戻るぞ」
なんとなくこの態度からしてウソのようなので俺が引き返そうとすると、「ああすいません! ちゃんと説明します!!」と懇願してきたのでため息をついて説明を促した。
「本当は誰が来ているんだ?」
「あの……いつぞやに話した社長令嬢です」
「…………ん? また意味が分からなくなった。誰が来てるんだ?」
「ですから、社長が助けたひったくりの被害者である社長令嬢がアポなしでいらしたんです。人目会いたいと言って頑として聞かないので、業務が滞るのを避けるためにさっさと来てもらおうと思いました」
「なら素直にそう言え」
「そしたら自分で行かずに追い返せとか言うじゃないですか。ああいう人は自分が言ったことを成し遂げるまで梃子でも動きませんよ」
なんでばれたんだ? 視察の時だと思いますけどね。そんなやりとりをしてからため息をつき、俺は面倒なので一人で行くことにした。
まったく。礼儀知らずの奴らは嫌いだ。
仕方がないので一階まで降りてきた俺は、受付前で佇んでいる髪の長い見覚えのある女性を発見した。
ずっとそのままでいるようなので、俺は階段を降りた先で声をかけた。
「時間が惜しい。用件を言ってくれ」
そう言ったら彼女は振り返った。
顔立ちはやはりあの時助けた女性。小さなカバンを両手でもって、笑顔だった。
とても細身で、何かの拍子で壊れそうな儚い印象を与える。そんな感想を抱いて言葉を待っていると、彼女が近づいてきてからあいさつしてきた。
「こんにちは。お忙しいところお時間をとらせて申し訳ございません」
だったら来るなと言いたいが、それを我慢して「ちゃんとアポをとってくれ」と苦言を呈す。
次なんてないだろうが。
「すいません。ついいてもたってもいられず……」
「それで? 一体どんなご用件で?」
「あ、はい。ひったくりに遭った時のお礼をしたくて来てしまいました」
「……なんだそんなことか」
心底どうでもいいことだったので俺はため息をつく。
その態度がどう映ったのか知らないが(あるいはその態度を無視したのか知らないが)彼女は頭を下げて「この度は本当にありがとうございました」と礼を言った。
「だから別にいいって」
「そして」
ん? なんか続いてるぞ?
そう思って首を傾げていると、顔を上げた彼女が笑顔のままサラリと、爆弾を落とした。
「一目惚れしました。付き合っていただけませんでしょうか?」
……うん。こいつ一旦病院に連れて行った方がよさそうだな。
それが、このセリフを聞いた俺の感想だった。
次回ラブが……