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視察業務

業務も色々あるようです。

 社長という名ばかりの中間管理職の位をいただいている俺は、そのほとんどを書類確認作業に追われているが、協会のせいでそればかりに集中できない。


 なぜなら、俺より偉い奴がやればいいというのに中間管理職に押し付けた義務がいくつかあるからである。


 今回はその一つ、視察について説明しようと考える。





「社長。時間ですよ」

「いつもいつも面倒でサボりたいんだが」

「仕方ないですよ社長。月一の地域内視察なんですから。義務ですし」

「書類溜まるからやりたくない」

「移動中に適宜やってるじゃないですかいつも」

「疲れるから嫌なんだよ」

「でも行きますよ」

「……はぁ」


 俺はため息をついてやりかけの書類をさっさと確認してダメ出しの付箋を張り付けて残りを手に持ち、「しゃぁねぇ行くか」と観念して席を立った。


「あと何部あるんですか?」

「四件……いや、三件だな」

「相変わらずとんでもないですね」


 会話の途中でも時間が惜しいので書類を確認していく。たとえ立ちながらでもそれは行う。

 貴臣さんが動く間に果たしてどのくらい終るかなと思いながら三件目を確認していると、「では行きましょうか」と言ってドアを開けたので、歩きながら確認していた書類を終わらせて貴臣さんに渡し、最後の一件を確認した。





 視察。それは、偉い人が現地に赴いて現状を知るという行為のはずなのだが、なぜだか地域支部の偉い奴(俺みたいな奴)がその地域内の特に被害が多い場所を見て回るという行為にすり替わっていた。

 毎度書類で被害状況を確認し、なおかつテレビでやっているというのに俺達が行く必要性なんて皆無なはず。

 だというのに協会の偉い奴らは行けという。正直頭がバカなんじゃないだろうかと思っている。


「本当、自分達で見に来ればいいんだよ爺ども」

「いや社長。言葉に出てますからね?」

「別にいいだろ。これぐらい言わないとストレスで会社に行きたくなくなる」

「来ないとこっちは困るんですけど」


 結局、有給の消化はたったの一日だけとなった。残りの九十九日に関しては消化する予定が皆無である。


 はぁかったるい。そう思いながら「俺は最初どこに行くんだったか」と質問すると、貴臣さんが「最初は……住宅街の方ですね」と教えてくれた。



 うちの会社は株式会社でも有限会社でもない。法人団体が会社を名乗っているという認識がぴったり合っている。だから会社自体の収益というのは存在しない。

 では給料やボーナスはどうしているのか。それは、協会が分配する資金を各自で分けろという簡単なもの。

 うちは社員が五十人ほどで首都近郊の地域一帯を管轄しているからか一千万ぐらい貰っており、それを分けるとなると一人頭二十万ぐらいしかもらえない。


 まぁ残業代込々でそれなんだがな。


 こっちに転勤になった奴に訊くと成果主義で酷い時は四万しかもらえなかったと答えたので、結構ましな方なのだろう。何せ全員二十万なのだから。

 ボーナス云々の説明に関しては次の機会にするか。



 視察で行くのは主に三つ。件数が多い住宅街と駅前、そして工場である。

 我が地域損害のトップ3のところへ行って毎月毎月ヒーローのために頭を下げなければいけないというふざけた業務。これ考えた奴をいっぺん絞めたい。マジで。


 大体なんでヒーローの尻拭いをやらなければならないのだろうか。自分で壊すのだから自分で直させたり謝りに行かせればいいというのに。

 まったくおかしい世界だが、そうでもしなきゃ現在の自分の立場がないので何とも歯がゆい。


 後部座席に座ってそんなことを考えている俺を乗せた軽自動車は、俺の暗い考えなどお構いなしに目的地に向かっていく。




「はぁ疲れる……」

「僕もですね。まぁ、住宅街の皆さんも苦笑しながら愚痴を言い合っていたんですから、別にいいんじゃありませんか?」

「まぁそうだな。みんなでヒーローの愚痴言い合ってすっきりしたところはあるよな」


 工場地帯の方へ向かう車内。俺はげんなりしながら、貴臣さんは苦笑しながら先程のことを言い合った。


 壊されるのが元に戻ると分かっていても嫌なものは嫌だという意見が強いのは当たり前だろうなと心の中で賛同しながら目を瞑っていると、「そう言えば社長」と不意に思い出したように運転中の貴臣さんが話しかけてきた。


「あ?」

「今頃思い出したんですけど……いつごろかひったくりブッ倒したって言ってましたよね」

「捕まえたな、捕まえた」

「その時はうわー災難だったなーって思ったんですけど、聞いた話被害にあった人が社長に礼を言いたいらしいですよ。しかもその人の正体が社長令嬢らしいんですよ」

「ああそう。もう二度と会うことないからどうでもいい」

「社長って本当に女っ気ないですねー。ラッキーだとか思わないんですか?」

「思う訳あるか。厄介ごとに発展する可能性満々じゃないか。厄介事が何より嫌いだって分かっているだろ」

「…………あー」


 何かを察したのか声を上げる。そして俺もそれ以上答える気はない。


 人は、思ったより人の事を嫌いになるのが早い。何かの拍子ですぐさま移り変わる。興味の移り変わりのように、ふとした瞬間に。

 俺はそれをこじらせ過ぎたせいで、人を好きになるかと聞かれると即答で『いいえ』と答える自信がある。なぜなら、なにも信用することができないから。


 俺は自分ですら多少疑って生きている。だからではないが、人を信用する事はないだろうと考えている。絶対に。

 頼ってはいるが信用していない。一緒に居るがそれ以上踏み込む気はない。


 誰も俺の本音は知らない。俺自身でも知らない本音があるだろうし、すでに出している本音もあるかもしれない。


 そんな人間に成長してしまった俺はもはやどうしようもないのだろうと嘲笑。


「……ま、そんなこと言っても社会という理不尽には敵わないけどな」

「普通その年はまだ夢見がちな青年だと思うんですけどねー」

「社会の闇は払えんよ」

「でしょうね」


 そんなこんなで車は工場地帯へ向かっていく。




 工場地帯に着いた。

 ここら一帯は同じ工場……ではない。二か所ほど同じ会社の工場はあるが、他はそれぞれ別な会社である。

 最初それを知った時なんで二つもあるんだろうかと思ったものだが、やってることが全然違うということを知った。


 時刻は午後一時。俺達は昼食を食べていない。


「先にお昼食べましょ」

「そうだな……ここら辺で食べれる場所あったか?」

「えぇっとですね……って、ここに来るたびに行く食堂あったじゃないですか」

「ならそこでいいか。今更探すの面倒だし」

「そうですね」


 そう言って最初に挨拶しようとした工場の目の前から移動することにした。


 別に言っても良かったのだが、空腹のまま行って腹が鳴ってしまった場合、とてつもなく気まずくなるのが容易に想像できる。

 疲れたわけではないが、みっともないのは確かなので食堂へ向かうことにした。


「いらっしゃい……て、ありゃ、たまに来る常連さんじゃないですか。いつもの席空いてますよ。二人ですよね?」

「ああ」

「二名様入りまーす!」


 そのまま案内されることなく自分で席に移動する。いつもの席、と店の人が言った入口から一番遠いカウンターへ。

 別にどこの席でもいいのだが、あんまり目立ちたくないために好んで使った結果定着したらしい。

 遅れてきた貴臣さんは特に言われることなく俺を見つけ、その隣に座って「注文まだですよね?」と訊いてきたので「ああ」と頷く。


 二人揃ったのが分かったのか店員さんが「何にします?」と訊いてきたのでメニューを広げずに「親子丼」と俺は答えた。


「じゃぁ僕は焼肉定食でお願いします」

「はーい。少々お待ちをー」


 そう言って以降返事がなかったので、俺は貴臣さんに「社員からメールは?」と訊ねると、急いでスマートフォンを取り出してメールを確認し、「着てませんねー」とのんびり返ってきた。

 だったら俺の方かと思い同じくスマフォを取り出してメールを確認すると、社員ではなく彩夏からのメールだった。


「どうしたんですか?」

「いや……麗夏さんの妹から来てた。こりゃ帰ったら書類が山積みになってるパターンだな」

「あー確かに」



 互いに想像できたので苦笑する。帰ったら大変なことになっているのが分かったために。

 どっちにしても大変な一日になってるよな…と思いながら、彩夏のメールを確認がてら見て「ああそう」と呟いて鞄にしまった。


「どうしたんですか?」

「いや、競技会の司会として頑張っているというメールだった。ご丁寧に写真付きで」

「健気じゃないですか社長。そうやって褒めてほしいんですよ」

「別に麗夏さんに褒めてもらえばいいだろうに」

「社長はもう少し乙女心を察した方が良いですよー本当に」

「業務に関係ないだろうが」

「これだから社長は……」

「?」

「なんでもありません」


 一体何を指しているんだろうと考えながら、俺は飯が来るのを待った。




 なお、社長令嬢と会うことはなく、視察は滞りなく終了し、俺は今日家に帰らずに仕事をすることになった。

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