復帰業務
そこから何事もなく旅行が終わり。
超長期有給を終え、逆にストレスが溜まった俺は鬼気迫る勢いで、あるいは勘を取り戻すような繊細さで書類のチェックをしていく。
そのあまりの光景に貴臣さんは引いてるみたいだが、俺としては自己の在り方を肯定されているようで逆にありがたい。
「っと、全部やり直し」
「え、あ、はい」
出された書類すべてに付箋をつけ終えてそう言った俺が腕を伸ばすと、貴臣さんが「社長、復帰初日でこの速度って……すごくないですか?」と漏らしたので「まぁ最後の方で必死に勉強したからな」と答える。
「休み明けで仕事の効率落ちたらしょうがないだろ」
「もうその思考が社畜なんですけど……社長にとって休みは不要ですか?」
「長いのはいらない、かな。一日二日ならあってもいいと思う」
「はぁ……でも、積極的に消化する気はないんですよね?」
「そうだな」
正直、カンヅメになって引きこもっていたほうが、外部の情報がだいぶ制限されたこの状況の方が、俺の精神状態にとって都合がいい。誰にも邪魔されない、余計なものがない、ただ仕事と向き合うだけの作業をしている方が。
彩夏達には悪いが、俺が俺であるにはどうも他者が必要ないらしい。
「はぁ」
いつの間にやらいなくなっていた貴臣さんのことを気にせず溜息をもらす。こんな悩みが人間らしいのだろうが、その人間らしさを保つのに人を拒絶しなければならない俺自身に失望して。
ひどい話だ。人間らしくあろうともがかけばもがくほど、他者との距離が遠くなるのだから。
こりゃもう直らんか……? なんて自嘲気味に思いながら首を回していると、スマホが鳴った。相手は麗夏さん。
プライベート用に電話をかけてくるなんてどうしたんだろうかと思いながら、俺は出た。
「はいもしもし」
『もしもし勤君? お仕事頑張ってる?』
「そりゃまぁ。仕事しないと世界は回りませんし、正直今回長期休暇を取って思い知りましたよ」
『え?』
「俺には平和を甘受する、なんて一般人みたいな過ごし方は無理なんだって」
『……勤君』
悲しそうな声が、した。当たり前のように、一般人と同じ扱いをする彼女から。
暗い声の彼女とは対照的に、俺は明るく答えた。
「大丈夫ですよそんな声出さないでください。こうやって仕事に忙殺されて世間にかかわる時間が少ない方が俺にとっては平穏なんですから」
『それじゃぁダメなのよ!』
「!?」
突然、麗夏さんが悲しそうに、悲鳴のように叫んだので俺は驚いてスマホから耳を離す。
『それじゃダメなのよ……』と今度は蚊の鳴くような声で聞こえたので、戻してから「麗夏さん?」と呼びかけた。
「どうしたんですか? まだ仕事中なんですけど」
『勤君。私が拾った時のことを憶えてる?』
「そりゃ、まぁ」
むしろ忘れるはずがないのだ。現在の俺の原点で、そここそが俺自身の人生の分岐点だったのだから。
なんでそんなことを問われたのだろうかと思いながら言葉を待っていると、ノックの音が聞こえた。
修正随分早いななんて「すいません。仕事が来ましたんでひとまずはこの辺で」と麗夏さんに言って了承もなしに電話を切り、「どうぞ」とドア越しの人物に声をかけた。
「失礼しますよ社長……もう昼ですよ」
「書類とかじゃねぇのか。なんだ」
「なんだって……露骨にがっかりする理由が私にはわからないんですけど……どうします?」
「あー」
食べなくても正直問題ないのだが、こうして来られるといささか断るというのも社会人としてどうかと思ったので少し腕を組んでうなってから「貴臣さんはどうするんだ?」と聞き返す。
「私はそうですね……どこかへ食べに行こうかなって思ってるところです……最近まで昼食べようとしたら書類の山持ち込まれて大変でしたから」
乾いた笑いを浮かべながらすすけた雰囲気を醸し出してそうつぶやく彼に心の中で合掌してから「なら一緒に食べるか。いい店案内してくれ」と答える。
「……え?」
「……い「えぇぇぇえええええ!!?」
俺の言葉に驚きの声を上げる貴臣さん。あまりのうるささに反射的に聴覚遮断をしてしまったので、しまったと思いつつ解放してる間に耳をふさぐ。その間一秒ぐらいだろうか。
感覚遮断とか久し振りにやったなと思いながら「うるさい」と自分の声が聞こえてるのを確かめていると、「だ、だって引きこもりの社長が自分から部下と同行するなんて発言するんですよ!? 長期休暇の間にグレイに乗っ取られたんですか!?」なんて早口で言われた。
言ってることがもっともだが、少しはオブラートに包んでくれないかと言わないで「そんな言い争う時間あるならさっさと行こうぜ昼食えなくなるぞ?」と催促させる。
それが功を奏したようで、「あ、それもそうですね」と彼も賛同してから部屋を出たので俺も財布とカードを持って部屋を出た。
「そういえば社長。いつぞや海岸について電話してきたことありましたよね?」
「ああ」
野郎二人で近くに古くからある(何回も倒壊の被害に遭っている)定食屋に行き、俺はロースカツ定食を、貴臣さんは麻婆春雨定食を頼んで待っている間。
あの時のことを思い出したらしい貴臣さんが確認してきたので肯定すると、「ちなみに、なんであんなこと訊いたのか聞いてもいいですか?」と質問されたので、あの時の状況を説明した場合の俺の名誉的な問題にかかわってくるのでどうしようかと思案していると、「ああ、無理にとは言いませんよ。社長の機密性は理解していますので」と言ってくれた。
どっちかというとモラル的な問題が強いかな……そんなことを思った俺は「彩夏に頼まれて保護者役として同行したんだよ」と説明することにした。
「そうだったんですか。それで……大変でしたね」
「全くだ。反射的に対象物沈めちまった」
「えぇー……まずくないですか?」
「目撃者がいないから大丈夫だったな。協会からも連絡ないし」
「なるほど……社長ってよくよく非常事態に巻き込まれますね」
「ここ最近だろ、それは。昔は会社から出なかったからそうそうなかったし」
「僕が来てから年二回ぐらい非常事態出してる気がするんですけど」
「あれ? 貴臣さんってどこで社長やってたんだっけ?」
「東北青森ですねー。田舎でそんなに大きい被害ないんですが、二ヵ所しかないから大量の書類に埋もれてたりしましたね」
「マジか」
注文した料理が出されたので割り箸を割って食べ始めたところでそんな話が出てきたので俺は驚く。
そもそも貴臣さんがこっちに来たのは単純に俺の補佐役のためという説明しか聞いてなかったので、少し興味が沸いた。
「そういえば、どういう経緯でこんな形に収まったんだ?」
「あれ、そういえば社長知らないんでしたっけ。実は……」
上司との関係性がちょっと危ういかもしれないが、部下との仲は良くなった。そんな一日。




