捕縛業務
お久し振りです。十か月ぶりですね。
――懐かしい、それでいて思い出したくない匂いを意識が戻ったときに嗅いで俺は目を開ける。
当たり前のように後ろで手を縛られている。なんとも以前と同じつかまり方だ。ただ違うのは、前回はトラックに轢かれたわけじゃないという点だけか。
自力で拘束を解いた俺は手首の調子を確かめながら周囲を見渡す。
周りにあるのは木箱ばかり。時折もぞもぞと動くものもあるが、どだい静かなところである。
自分が暴走しそうになるのがわかりながら平静を保ち出ようとしたところ、扉がスライドし通路の照明が逆光となって人を映し出す。
「元気そうで何よりだよ、希望坂勤君。いや、高橋海人君」
「てめぇに喜ばれる筋合いねぇよ『教授』」
中指を上に立ててそういうと、「ふっ。相変わらずだな。それと、今の私は『教授』ではない」と言ってから部屋の照明をつけた。
一瞬目をつむってから再び開けたところ、先程と同じ場所に佇んでいる白衣と着込み、メガネをかけた醜い男が。
身長はあの頃と同じぐらいだが、髪の毛はあの頃より伸びており色も変色しているのか黒髪から緑色になっている。
体格もあの頃よりがっしりしてる。その結果がどういうことか予想できた俺は、しかし息を吐いてから質問した。
「俺を攫ってどうする気だよ?」
「ふむ。君は自分と言う実験体の希少さを理解してないのかね。私の実験で君以外の人間がすべて異形となり、人格も何もなかったというのに」
今でも思い出すその光景に俺はこぶしを強く握り、強く噛み締めて耐えながら、「……で?」と先を促す。
「てめぇの実験は成功して自分にもやったんだろ? だったらなおさら俺が必要な理由がわからねぇんだよ」
「……なら場所を変えよう。ここですべてを語ってもいいが、この場はふさわしくない」
そういうと彼は背を向けて部屋を出ていったので、俺もおとなしくついていくことにした。
到着した場所はテラス。ただし外の景色は見えない。
こいつ以外に人影が見えなかったというのにたくさんあるテーブルと椅子を見て内心首を傾げた俺だったが気にしないことにし、『教授』が座った椅子の正面の椅子に座る。
「しかし元気でやっていけているとは驚きだ。実験が成功したのは知っていたが、そのあとの足取りには興味がなかったのでな」
「俺はあんたが死んだと思っていたんだがな。あの大惨事で逃げられもしなかった、あんたが」
「ふっ。君ができてからどれほど経過した後に突入されたと思っている。時間をかけすぎたのが彼らの敗北の原因だよ」
いつの間にかコーヒーをすすっている『教授』。
どこから出てきたんだと思っていると、俺の方にもコーヒーが置かれていた。
「まぁ今日のところは君に挨拶をするだけで何をするというわけではない。素直に飲んでくれ」
「はいそうですかと素直に頷けるかよ」
「まぁ交通事故に見せかけて攫ったのだから頷けるわけないか」
さらっと言われたあの時の事に何も言う気が起きなくなった俺は、一口飲んでから再び同じ質問をした。
「で? 俺に何の用だ」
「何、君をこうして捕まえれば私がこうして現れたという宣伝にもなる。簡単に言えば、それだけだ」
「……」
あまり信用できないその言葉に、けれど自分の立場を鑑みたところ納得もできる。
そんなことを考えながら周囲を警戒していると、「そもそも」と切り出された。
「人々はなぜヒーローにひどい憧憬を持っているのか。私が研究していたのはその一点に尽きない。ゆえに事件がない限り不要なヒーローなんて正直悲しすぎる」
「……だから攫って実験して事件を引き起こすように」
「正確に言うなら、失敗作がすべからく自意識がないおかげで無差別に破壊工作を行うのだが、ね。まぁ首都近郊では発生したとしても植物の件ぐらいだから君のお仲間だったものたちの末路を知るわけないだろうが」
「あの件か……」
まだそんなに経ってない事実に気付きながらも思い返す。さらっと突き付けられた事実すらも無視して。
「君が表に出ていたのを知ったのはその時だ。どんな紆余曲折を経たのか知らないが、街を守ろうとしていたのを見て驚いた。まさかあの実験の成功作がこうして外を出ているのだから」
「それで?」
「まぁだからこうして話をしたいと思ったわけなのだがね。……で、どうかね? 君のその力達の使い心地は」
「使い心地はあんたが一番知ってるんじゃねぇのか? 俺のデータをもとにしてるんだろうからよ」
「基にしたところで一緒ではない。だから私と君の大筋の特性は同じで、力達は違っている……で? どうかね」
興味津々といった形で聞いてくるので俺はコップを空にしてテーブルにたたきつけ、「便利だが、最悪だね」と答える。
「ふむ最悪か……死にかけたことが一度や二度でもないはずなのにまだ良心があるのか。不思議なものだ」
「あ?」
「私からすればね」
そういうと急に真顔になり、彼は述べた。
「君はあの実験を生き残った。その時点で結構な幸運であり、副作用として発生した特性もまた幸運そのもの。だというのに、君は生き残ったことを不幸だという。その特性を最悪だという。まぁ確かにやつらに研究材料とされたのは苦痛以外何物でもなかったのだろうが、それは失敗作たちに失礼なのでは?」
「!?」
思わずコップを握りつぶす。血が流れるが、痛みがないので無視。
「動揺しているのかね」
「誰が?」
「希望坂勤……いや、高橋海人。それとも桂紫園? いや、他にもいたね……まぁその誰かだ。それは自分が一番知っているのでは?」
「……」
沈黙。何も言えない。最初からすべて知られている相手に反論など無意味だった。
ぬぐえない敗北感に浸っていると、「……ふむ。そういうことか……」と『教授』は俺を見てつぶやいた。
「なるほど。どうして君が良心などをいまだに持っているのか垣間見た。君は、それが無くせない人間なのだね。親は蒸発し、在学中に被害者になり、実験道具とされたというのに。それでも『人としてやってはいけないこと』という倫理観や常識だけは無くせなかった。まぁでなければ君はここにいないだろうがね」
そう言うと『教授』は立ち上がり、「さて、そろそろ話をするのを切り上げよう。ちゃんと戻しておくから心配しなくていい」と言いながら立ち去ろうとしたので俺は思わずつぶやいた。
「待てよ」
「? 何かね?」
聞き返されたので俺は顔をあげる。
自分の中の敗北感はもう消えた。いや、消えてはいないがそれ以上に気になることができた。
「俺の親が……なんだって?」
「ああ、そのことか。そういえばあの頃の君は『両親が死んだから施設に住んでる』と言っていたはずだが、覚えているかね?」
そう言われ、思い出したくもないあの頃を必死に思い出し……頷く。
「それは誰から聞いた?」
「誰から……?」
中学にはすでに孤児院にいた記憶があるのでその記憶を思い返し、「……院長」と答える。
「そうか。だが私の調べではね、君の両親の死亡届は存在しないのだよ」
「…………は?」
「だとしたら君が孤児院にいた本当の理由が何なのか。それもまた興味深いものだと思うが?」
クックックと笑いながらいう彼に、俺は「いや、もうそんなことはどうでもいい」とバッサリ切る。
「ほう。過去は気にしない、と」
「しない、なんて言わない。ただ、そんな自分のことなんて気にする気がないだけだ」
「そうか。結構有益な情報だと思うのだがね。まぁいい。最後に一つだけ言っておく」
「あ?」
「私の今の通り名は『教授』ではなく『探究者』。覚えておいてくれ」
「そうか。ブラックリストの名称を変更しておくよ」
「それではまた」
「誰が会うかバカ」
そう言い返した時にはすでに姿はなく、一方の俺はというと椅子に固定され、ロケットのごとく発射された。
……結局、何がしたかったのだろうか、あの野郎。
「立派に成長したようで何より。だからこそ、私の実験に生き残れたという根拠になりえる……か。確認程度に攫えたのはよかったよ」
さて、私はまたしばらくアイドルッ!の方を更新します




