夏休み業務12
お久しぶりでございます
二町初夏。
彼女は魔法使いである。だが、使うのは変身系のみという変わったこだわりを持っている。
まぁだからスパイとかに重宝されているんだろう。結構飛び回っていると聞く。
何で知っているのかって? あの中にいたときあちこちと連れまわされた際に知り合った。滅茶苦茶やさぐれていた時代だからあんまり思い出はないが、俺の事を何やら興味深そうに観察していた記憶がある。
俺が名を告げたところ彼女は艶やかな笑みを浮かべ「ふふっ。憶えてくれるなんて嬉しいわ」と言ってきた。
そんな挨拶程度のためにここにいるとは思えないが、ずいぶん時間をとってしゃべっているところからすると休暇なのだろうか。
それなりに忙しそうだった記憶だけを思い返した俺は、「一体何の用だ?」と用件を尋ねる。
「用件? そうね。休みだったから羽を伸ばしに来たら貴方を見かけたものだから」
「綿貫に変身したってわけか……で、なんで俺が綿貫と知り合いだと知ってる?」
「それぐらいは協会内じゃ常識よ。貴方は色々な部門の上層部で有名なのだから」
「……」
その言葉に俺は納得した。が、肝心の事が聞き出せていないのでもう一度質問する。
「で? わざわざ綿貫にまで変身して一体何を知りたいんだ?」
「知りたいってわけじゃないわよ。ちょっと鎌をかけてみただけ……でも、最初から疑われるなんてショックだったわ」
結構自信あったのになんて思いながら自嘲気味にため息をつく彼女。
それを見て俺は「今までの態度からしてあり得ないと思っただけだ」と根拠を述べる。
「そう? 結構本人に似ていたと思うけど」
「似ていたならそうだが、本人同然じゃないのなら違うだろ」
「……」
鋭く言われるのが予想外だったのか黙る。
っていうか、俺はどうしてこうアドバイスをしているのだろうかと今更疑問に思っていると「……ふふっ。やっぱりすごいわ、貴方」と笑いながら言った。
「流石は未だに執着されている実験体ね」
その言葉を聞いた俺は表情を消し、レジ袋を地面に置いてから低い声で「……おい」と呟く。
俺の中で先程までの和気あいあいとした雰囲気は消し去り、完全に敵対したものへ向ける思考へ統一される。
おそらくは俺を動揺させるための言葉だろう。実際に俺は動揺したが、一瞬にして精神が、思考が『消す』ほうへ動いた。
どちらの意味でもこいつは殺さないといけない。自然とそんな思考になりながら構えていると、「ごめんなさいね」と二町は空気を察したのか優雅に謝ってきたが、そんな言葉俺には届くことはない。
「遺言は?」
「ちょっと試したかっただけだから、ほら落ち着いて……ね?」
「信用できると思うか?」
「……難しいのはわかるけど、私は逆にあそこの情報を集めてる方よ。それはわかるわよね?」
「二重スパイなんて普通だろ」
「「……」」
主張は平行線をたどり、空気は悪化の一途をたどる。
そのせいは俺にあるのだろうが、そもそもの話からして、変わってない俺に対する禁句を平然と言いやがったあっちにも非があるはずだ。こうなることぐらい想定内だろうに。
このまま暴発して再び収監か、それとも敵としてみなされ逃亡の旅になるか。どちらを選べば俺にとっての『幸せ』になるのだろうかと考えながら隙を窺っていると、空気に耐えられなかったのか彼女はだんだんと涙を浮かべ始めた。
どうせ演技の類だろうと決めつけ乍らどう動くか観察していると、「――そんなに」と呟きが聞こえた。
「?」
「そんなに簡単に決めつけなくてもいいじゃないのよ――!! 私本当に味方なんだからぁぁ!」
……泣き出した。
しかも、これは割と本気の泣きだ。
口調があっさりと崩れるほどメンタル弱かったのか? そう疑わざるを得ない状況に困惑した俺は、敵意を霧散させなければならず、この現状に対処しなければならないことに頭を抱えることになった。
二町初夏は幼児退行をすることがある。宥めるために声をかけたところ滅茶苦茶甘えられ、現在彼女は俺の膝を頭をのせて寝そべり、気持ちよさそうにしている。正気に戻ったら絶対恥ずかしい場面である。
どうしてなのか気になったが、触れていいことなんてないのでもう気にすることはせず、何度目かの「悪かった」と謝罪の言葉を口にする。
「……ぐずっ。ほんとうに?」
ひらがなにしか聞こえない返事に対し俺は大きくうなずくと、「ほんとう!?」と嬉しそうな顔をこちらに向けて叫んだ。
一体いつになったら戻るのだろうかと思いながらもう一度頷くと、彼女の顔が段々と赤くなり急に飛び起きた。
「うわぁぁぁぁ!!」
「……」
絶叫に驚きながらも飛びのいた彼女を座ったまま観察していると、顔を赤くしながら「な、ななな」と壊れたラジオのように口を動かすだけなのでため息をついてから教えた。
「幼児退行していたぞ。大丈夫か」
「!?」
まるで指摘されたくなかったものを言われたことに動揺する彼女。自覚あるのだろうかと思いながらこれ以上触れるのもどうかと思った俺は、立ち上がって「じゃぁな」と持ってきたレジ袋を手にとりホテルへ戻ることにした。
ぶっちゃけインパクト強すぎて猜疑心も何も吹っ飛んだ。これ以上ないだろうし、さっさとホテル戻らないと彩夏に怒られそうだし。
「待って!」
「ん?」
公園を出ようとしたところで呼び止められたので振り返る。そこにはいつもの妖しげな雰囲気はなく、ただ一人の女性としての雰囲気だけ。
まだ何かあるのだろうかと首を傾げると、「最後に一つだけ、貴方に言いたいことがあるわ」と言い出した。
「休みだったんじゃないのか?」
「確かにそうだけど、これだけは覚えていてほしいのよ」
「あん?」
「あいつはどこからでもあなたを取り戻せるわよ」
「…………」
「それじゃぁ、いい夏休みを」
言葉の意味を理解し、固まった俺を彼女はそのまま通り過ぎていく。その際耳打ちで「本当、貴方って変な保護欲掻き立てられるわね」と残して。
が、耳打ちの意味なんかどうでもよかった俺は髪の毛を掻いてからため息をついて、ホテルに戻ることにした。
そしてその道中。俺は暴走するトラックに轢かれて宙を舞い、意識を失った。




