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映画を見る業務

前回の続きです

「それでね、その映画っていうのがすごい前評判で、見てきた友達も『すごかった』って評判良いのよ!」

「ふ~ん」

「俳優も実力派の人たちだし、監督もその筋じゃすごい人で、賞も何度も取ってるから期待してるのよ!!」

「そうか」


 映画館までの通行手段は徒歩。駅前まで行かなくてはいけないのが億劫だが、所要時間二十分あれば着くのでそれほど苦ではない。

 現在俺は今まで着る必要のなかった昔の私服を着て歩いている。上は薄い長袖に薄い半袖を重ね着し、下はちょっと傷だらけのジーパン。

 鞄も会社へ行くものではなくショルダーバックで、必要最低限しか入っていない。

 隣で嬉しそうに話す彩夏の言葉に適当に相槌を打っていた俺だが、不意に気になったことを訊ねた。


「なぁ彩夏」

「何よ」

「お前って普段着そんな感じなのか? 結構お洒落めの」


 最近まであんまり会わなかったから分からないが、出掛ける時の服装にしては気合が入ってる気が何となくしたために確認してみた。

 すると話が中断されて不機嫌そうだったのが一変して慌てだした。


「え、そ、そう! そうよ!!」

「ああそう。なら別にいいんだ。時折外に出た時そこまでおめかしして友達と遊びに行く女子を見たことがないからな。俺がおかしいのか」

「そうよ!」


 そう言って何が琴線に触れたのか足を踏んできた。咄嗟に回避したところ、彩夏はそっぽを向いて喋らなくなった。

 静かになったなと思いながら空を見上げると、雲が多少あっても関係ない晴れ間だった。



 駅前の映画館に着いた。十階ビルの一階が映画を見る場所になっており、そこから上はジムやら商業施設が存在している。

 その前にたどり着いた俺達は、何も言わずにそのまま少し経っていた。


 俺は黙って持っていた書類をパラパラとめくって。彩夏はむすっとして俺から少し離れて。


 一応すべてを見終わった俺はショルダーバックにその書類を入れてから彩夏に声をかけた。


「なぁ彩夏。着いたぞ」

「知ってるわよ。そんなこと」

「で、いつまでこうしているんだ?」

「うるさいわね」


 そう言うと彼女は立ち上がり先へ進んだので、やれやれと思い後を追うことにした。


「お」

「大人二枚。これで足りるか?」

「一万円ですね。お釣りは六千八百円になります」


 この時間でしたら次の公開時間になります。そう言われてチケットを渡された俺はもう一枚を彩夏に渡す。


「ほら」

「ふん」


 そっぽを向いて奪い取った。

 やれやれまだ許してくれないのか。そもそも一体何が悪かったのか分からないが。

 まぁこちらはこちらで色々やろう。そう思った俺は空いていたベンチに座ってノートと筆箱を取り出し、この内装をスケッチする。


 絵なんてものは慣れだ。最初の頃棒人間しか描けなった俺が言うのだから間違いない。

 今ではシミ一つ描き漏らさないまでに上達したのでマンガのアシスタントにでもなれるだろうなと思いつつさらさらと描いていく。


「なんでこんな時まで仕事してるのよ」


 何時の間に隣に座ったのか。そんな疑問が浮かんだがすぐさま解決した俺は視線を向けずに、動きを止めずに答えた。


「趣味だ。壊れた時に復元させる参考程度にはなる」

「趣味とは言えないじゃないそれ……。というか、お昼はどうするのよ?」


 次の上演時間は午後一時。現在十一時なので二時間はある。

 機嫌が戻ったわけではないのだろうなと思いながら描き終った俺は「今から食べに行くのでもいいぞ」と投げやりに答える。


「そう? なら行きたい場所あるからついてきなさい」

「ああそう。別にいいぞ」


 至極あっさりと頷いて立ち上がる。すると、彩夏が「あのね、勤さん」と前置きしてこういった。


「誘った私が言うのもなんだけど、どうしてそう反対意見も言わずに素直に頷くの?」

「別に。俺は特にすることのない休日だからだ。そもそも休日にしたいものが何一つない」

「それは分かってるけど、年下に逆らったりしないの? ……私は別にありがたいけど」

「一応恩人だからな」

「…………そう。そうね」


 何を確認したのだろうかと意味のない質問に答えて首を内心で傾げていると、自己完結したのか「まぁいいわ。行きましょう」と言ったのでおとなしくついていくことにした。



「ここよ」

「随分とファンシーなお店だな。何を取り扱ってるんだこの店?」

「知らないのも無理ないわよ。私達の間で有名なパンケーキ店なんだから」

「パンケーキで腹が膨れるのか?」

「膨れるわよ、もう!」


 そう言って笑いながら俺の手を引っ張りながら、彩夏が行こうとするので、それに合わせて俺も歩き出した。


 店に入ると若い女性客ばかり。ならばなるほど。確かに彩夏辺りの年齢の人達が好みそうだな。

 ここの建物あったかなと持ってきた書類を思い浮かべながら、促されながら席に案内されて座った。

 座ってすぐにショルダーバックから書類の束を取り出してぱらぱらとめくる。


「何やってるのよ」

「店の資料探し……っと、あった」


 と店をすぐに見つけたのだが、書類を取り上げられてしまった。


「何をする」

「休みの日なのに仕事のことなんて考えないでよ」

「休みの日に宿題をやる学生はどうなんだ?」

「いや、それは当たり前じゃない」

「ワーカーホリックにとってはこれが当たり前だと思うぞ。だから返せ」

「いやよ」

「マジで返せ。料理できない分際で」

「何よ。コンビニで弁当があるんだから弁当が作れなくてもいいでしょ?」

「大有りだ。目に見えてお前の体重増えていくぞ、今後」

「うっ……」


 一瞬怯んだので素早く奪い取る。その手際はまさにスリの如くだろうが、盗みを働いたことはないので悪しからず。

 取られた彩夏は俺が手に持っているのを見て驚き、ため息をついた。


「なんなのよその手際。勤さん、どれだけ書類返してほしかったのよ?」

「当たり前だろ。会社のだぞ」

「え……それって」

「冗談だ。俺の私物だから別に問題ない」

「もう!」


 向かい合った席に座ったやり取り。傍から見れば恋人のように見えるだろうが、実際は拾ってくれた人の妹と同居人である。そんな事情を知る人などこの場にいないので関係ない情報だろうが。


「お客様。ご注文は?」


 座って少し経ったからか、それとも俺達が騒がしかったからか店員が聞いてきたので、俺達は慌ててメニューを見る。


 とはいっても俺には名前と商品が一致しないので適当に選ぶと地雷を踏みかねないので無難に注文した。


「このお店のおすすめひとつお願いします」

「え、勤さんはやっ! え、えっと……私は、このシナモンホイップで」

「分かりました。ドリンクはいかがいたしますか?」

「コーヒーで」「私はオレンジジュースで」

「分かりました」


 そう言ってお辞儀して離れていく店員さん。

 それを見送っていると、「何見てるの?」と彩夏がむすっとした声で訊いてきた。


「いや、確認もしないんだなと思って」

「そう」

「?」


 随分と素っ気ないなと首を傾げつつ、会話が無くなったことをいいことに俺は書類を確認していた。




 昼飯となるパンケーキを食べた俺達は会計を済ませて店を出て、映画館へ向かう。

 チケットを無駄にしないために早歩きをしていると彩夏を置いて行きかねなかったので手を引いている。

 ぎゅっと握り返している事実を考えもせずに映画館に戻ってきた俺達はチケットを見せて観客席に座る。


 手を離した俺は欠伸を漏らしながら「間に合ったな」と言ったが、向こうは反応してくれなかった。

 別に反応してくれなくとも構わないのだが、一体どうしたのだろうかと思い顔を向ける。

 すると、一瞬視線が合ったと思ったら顔を背けられた。


「?」


 首を傾げたが嫌われるようなことを星の数ほどやってる気がするので諦めて映画の方に集中することにした。







「社長。どうでした昨日」

「ん? たまにはのんびりするのもいいなと思ったが、別にとるまでのんびりする必要ないなと思った」

「え~~? 昨日社員の皆さんに怒られた僕ってなんですか~~?」

「ほらやり直しの束だ。持って行け」

「は~い……」


 やっぱりこっちの方が落ち着くな。

ではまた

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