夏休み業務その7
鋭い殺意の視線に晒されること自体気にならない俺はガールズトークに花を咲かせている五人に「泳いできたらどうだ?」と提案する。というか、ここまで来たんだ泳いで来ればいい。
その提案で思い出した彩夏が「あ、そうだった。それじゃぁ泳いでくるわね」と言って立ち上がったのでつられて他の四人も立ち上がった。
「俺は荷物番してる」
「すいません」
「あ、ありがとうございます……」
「さって、それじゃぁ泳ごうか!」
「そうね!」
「では私も泳ぎに行きます」
「迷子になるなよ!」
そう叫んだ時にはすでに全員行った後だったのでまぁ良いかと思い直して荷物すべてに能力を発動させて持ち出せないようにしながら(割と簡単にできた)、遮蔽物のないビニールシートで計算式などを書き留めたノートをもう一度頭の中に叩き込むように読み込むことにした。
これこそ究極な能力の無駄遣いのような気がするなと考えながら、どのぐらい続けられるんだろうかと刻み続けるタイマーをちらっとみてから勉強の方にも集中力を割いた。
ピピピッとタイマーの鳴る音が聞こえたので俺は四順目の途中で本を閉じ、スマホのタイマーを止める。
二時間で鳴らすように設定したから……もう二時か。
そういや昼食べないであいつら海行かなかったか? と疑問に思いながら首を左右に動かして伸びをし、立ち上がってから周囲の視線に気付く。
能力は依然発動させたままだったが、集中力が途切れたのか荷物に掛けていたものすべてが消えた。
どっと疲れが押し寄せてきたので座り込んで息を吐いていると、ざわざわと騒がしいので耳を傾ける。
……どうやら俺が能力を使用しながら勉強していた(しかも晴れ空の下)という離れ業に驚いているらしい。自分の性質上これぐらいなら問題ないんだが、まぁ普通の人からしたら十分おかしいだろう。
これは人のいない場所でやるべきだったなと反省しながら空を眺めつつだらけていると、スマホが鳴りだしたので気だるげに電話に出る。
「はいもしもし……」
『社長! 今まで舐めた考えしてすいませんでした!!』
「……?」
いきなり貴臣さんが謝ってきたので疲れた頭では処理できず無言で首を傾げる。
段々と疲れが取れていくのだが、無気力状態に陥りかけている。
しかしなんで謝罪なんか…? と思いながら続きを待っていると、「見つけたの」と近くで聞こえたので声がした方に振り返ったところ『社長してたから代わりになるだろうとというのがいかに甘かったか思い知りました!!』との声が。
俺は見つけた人物に対し何も言わず、電話越しの貴臣さんに「なんで今?」と質問する。
『やっと社長会終わりまして今から積み重なった仕事へ向かうところなので! ところで社長! 電車に乗ってると言っておりましたが、今どこにいますか?』
「浄土ヶ浜海水浴場」
『……なんでそうピンポイントな場所にいるんです?』
「……どういうことだ?」
何やら不穏なワードが聞こえたので聞き返したところ、クイッと袖を引っ張られたのでそちらに視線を向ける。
すると、なぜか旧スクール水着と呼ばれる水着にエプロンを着ていたいつぞや俺が捕まえてきたチビが羞恥心からなのか頬を赤く染めながら俺の上着の裾をつかんでいた。
なんだこの状況と思っていると、『社長って自分から飛び込んでいくのか、それともそう言うめぐりあわせになる星の下で生まれたんじゃないでしょうね』とか言いながら、こう述べた。
現在そちらに向かって乗っ取られた戦艦が進行しております。ぶっ壊す前提で話が進んでいるので避難命令が行くはずですよ、と。
…………。
俺は少し考えてから貴臣さんに確認をとることにした。
「なぁ貴臣さんよ」
『なんです?』
「以前俺が出張で広島行った時にあった少女がいるんだが、それが関係してるのかひょっとして?」
『いえ、私もそこまでは分かりかねます』
「逃げるの。危ないから」
どうやら、そうらしい。
「情報提供感謝。休み終わったら仕事できるように鍛えなおしておくわ」
『それ聞くと社長も人間だな……と安心できます。気を付けてくださいね!』
「おう」
そう言って電話を切ってから、不意に視線がなくなってるに気付いて辺りを見渡してみたところ、見事に俺達以外誰もいなかった。
ひょっとしてこいつ能力使って……? と邪推しているとクイクイと引っ張るので、荷物を抱えてゆっくりその場を立ち去る事となった。
なんか砲弾が一発飛んできたので能力使って防いでから戦艦の周りにシールド張っといてやった。
その結果見事に自沈したので、こりゃやべぇと思って能力解除してから沈みゆく船に背を向けてダッシュで逃げた。
謎のヒーロー現れる! とかの見出し勘弁してくれないかなーと思いながら。
海岸から離れるためにダッシュすること数十分。
適当に走り過ぎたために場所が全く分からず、立ち止まった時には軽く後悔した。
やべぇ。適当に走ったからあいつ置いてきたし、そもそも場所がわかんねぇ。
荷物全部持ったままだからなぁと思いながらスマホで現在位置を調べ、そこから海岸まで戻る道を検索していると、不意に脳内で『僕』の声が聞こえた。
『しかし自沈させたとはいえ、いきなり逃げ出すとはどういうことだい?』
なんで声が聞こえるんだ? と疑問に思いながら、俺は答えた。
「集められたヒーローたちが可哀想だろ」
『可哀想、ね……。でも、本当にそれだけだと思ってる訳じゃないよね?』
ピタリ。スマホで道順を確認していた指の動きが止まる。
理由は分かっている。『僕』の言ってる意味が理解できているからだ。
というか、俺達は一緒なんだから知らないわけないだろうに。
『そりゃ知ってるさ。だけど、そろそろ君が表舞台に押し上げられた反動が来るという警戒心を持ってもらいたくてね』
「……ってことは、やっぱりこの件は」
『だと思うよ。『彼』が一瞬だけど顔を出しそうになったから』
「……チッ」
思わず舌打ちをするが、したところで解決するわけではないので気分は最悪。
スマホも壊しそうになるので何とか自重し。空を仰ぎながらぽつりと小さく呟いた。
「生きてやがったか……」
空しく響くその声は多分、他人が聞いたらぞっとするほど憎悪が込められていたに違いない。
その呟きをしてからゆっくりと目を閉じて数分沈黙し、目を開けてからいつもと変わらずの気持ちを持ちながら海水浴場へ戻ることにした。
海に入れるかどうかは知らんがな。




