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夏休み業務その6

 結果。


 芳しい情報は得られませんでした。



 ……はぁとバス停前で落胆する。こりゃマジで大変なことになったぞ。

 気落ちしながら仕方なしにスマホだよりの情報収集を待っている間にしていると、「あら?」と聞き覚えのある声が聞こえたので顔を上げる。


 そこにいたのは、なんと綿貫だった。お嬢様然とした服装で日傘を差しながら俺の前に佇んでいた。気のせいかその後ろにリムジンが見える気がする。

 そういえばこいつ免許取れたのかなと思いながらスマホを仕舞いつつ、「なんだ休暇か?」と質問すると「はい」と笑顔で返ってきた。


 一応ヒーローにも『休暇』というものが存在するらしいのだが、その詳しいことに関して知識を必要としてないので知る由もない。


 興味もないがな。


 しかしなんだってこんなところにいるんだ? と内心で首を傾げながら見ていると、頬を赤らめながら体を揺らしてこう言ってきた。


「もう希望坂さんったら。久し振りだからってそんなに見つめてくださるなんて……」


 可哀想だが、俺はバッサリ切った。


「んなわけない。どうしてここにいるのか気になっただけだ」


 対して彼女も打たれ強くなったのか、表情を変えることなく「浄土ヶ浜海水浴場へ行くところなんです」と……。


「マジかおい」

「? 希望坂さんも行かれるんですか?」

「保護者役としてきたんだが、あっちの方が先に目的地へ行っちまった」

「そうなんですか!? でしたら丁度」


 なんて言ったと同時に直行のバスが到着した。


 俺は立ち上がって「んじゃ」と固まっている綿貫に挨拶してバスに乗った。


 バスは彼女を置いて出発した。




 一人バスに乗った状態。運転手も一人と、何とも孤独な状態になっている。


 しかしそれが特にいやという訳ではない。むしろ最近騒がしかったので、とても……


「――意外とさびしいな」


 人恋しさを感じてるのか不意にそんな言葉が俺自身から漏れる。

 昔の俺からは信じられない言葉に、俺自身が驚いている。


 基本的に人との関わりを故意的に断絶してきたので孤独や淋しさなんてものはない。

 そもそもの話、世界に無頓着な中で意味もなくただ仕事という居場所にしがみついていただけ。周りの奴は俺の活躍を褒めたり貶したりするが、人生における居場所がそこにしか見いだせなかったのだ。化け物となった俺に与えられた唯一の居場所を死守したいがために必死にやっていただけだ。


 だからこそ、現状の心理の変化には驚いている。


 今年になって色々あったせいか自分でも気が付かないうちに奥底で変化していた。その事実に驚きが隠せない俺は、運転手以外にいないバスの中、一人声を殺して笑った。



 しばらくバスに揺られていると、リムジンに抜かされたのが見えたが無事に目的地の近くのバス停に到着したので金を払って降りて背伸びをしてから電話を掛けてみる。

 少し待ってみたところ『現在……』と聞こえたのですぐさま切ってから海水浴場まで荷物を持って歩き出すことにした。


 海水浴場にはすぐに着いたが、あまりの混雑さに軽く嫌気がする。正直、置いて行って帰ろうかと思える位には。

 さすがにそれはできないし、ホテルも勝手に人数分とったので今更キャンセルは効かないだろう。キャンセル料が高いだろうからやりたくないし。


 しかし何処にあいつらいるんだ何て思いながらキョロキョロと辺りを見渡していると、「勤さん!!」と叫び声が聞こえたのでその方向に視線を向けてみた。


 視線の先にいたのは、こんな混雑した状況下であるのに水着姿で砂浜の上に敷いたシートに座っている彩夏達四人。

 元気よく手を振っているのは彩夏だなと確認した俺は人ごみを縫うようにそこへ向かった。


「悪いな。先に出てるとは気付かなかった」

「本当よ! ……それで、ちゃんと宿とれたの?」

「ん、ああ。迎えに来てくれるそうだ」

「あ、あの……一体どんな宿を?」


 人形を抱えた少女が恐る恐る質問してきたので、俺は正直に言った。


「一人頭一泊二日で四万ぐらいの宿」

「よ、よんまんえん……あう」

「って、勤さん!? いくらお金持ってきたと言ってもそんな大金無理よ!?」

「は? 誰がお前達に払わせるって言ったよ。保護者なんだから全部払うに決まってるんだろ」

「おぉー、勤さん太っ腹ーー! さすが彩夏の」

「ふん!」

「……全く。少しは懲りなさい明美」


 こんな中ふっ飛ばされた少女――明美に対し、いつまでも冷静な少女。おそらく普段からまとめ役なのだろう。随分大変だろうな。


 そういや俺らの学年以降はチーム行動で授業が始まったんだったか。不意に協会で聞いたカリキュラムを思い出した俺は、この四人はチームなんだなと結論付けて「元気だな本当」と呟く。

 その呟きは聞こえなかったのか、その冷静な少女は俺を見て頭を下げた。


「今日は私達のためにすみません希望坂さん」


 随分礼儀正しい子だなと思いながら「いや、俺も暇だったし」と軽く答える。実際暇だったのに代わりはないが。

 そして、最初から疑問に思っていたことを俺は尋ねた。


「なぁ。どうしてここまで来る必要があったんだ?」


 そう訊くと、「あれ、勤さん知らないの?」と彩夏が驚いた表情をした。


「だって俺海行かないし。そう言う娯楽情報調べないし」

「そういえばずっと働いてたものね……」


 そう言うと彩夏が説明しようとしたのか口を開いたところ、俺の後ろから優しい口調で説明する人が現れた。


「それはですね、この海岸が現在解放されている海水浴場なんです。他は鮫や復旧作業で使えないので」

「……よく俺が分かったな。綿貫」

「それはもう」


 振り返ってみると、そこには今年の流行だとかの水着を着ているのに日傘を差している綿貫の姿があった。周囲に黒服が存在する辺り、流石は金持ちだな。

 周囲の視線を一身に受けて動じないあたり慣れてるなぁと思いながら「そんな事情があったのか」と言うと「勿論、それだけではありませんけどね」とウィンクして付け足してきた。


「ここの海岸のとある箇所で、ある時間に男女が居ればカップルになれるという話が持ちきりになっているんです。噂だとばかり思われやすい話なんですが、つい先日有名人のカップルがその場所へ行ってから結婚したというのが流れてるんです」

「ふ~ん。そりゃまたなんともきな臭い話だ」

「きな臭い、ですか。希望坂さんらしいですね」

「あんたはその話を検証するために来たのか?」

「単に休暇です♪ ここの所仕事ばかりでしたのでリフレッシュしたいと思いまして。ですが、希望坂さんに会えたのは行幸ですね」


 そう言うと日傘を差しながら俺の横にピタリと寄り添ってきたので日傘邪魔だなと思いながら「とりあえず荷物置きたい」と言った。



 思いの外近くに場所がとれていたのかそれとも俺が近くに来たのか分からないが、まぁいいか。

 素直に荷物を置き、「ほらお前ら遊んで来い」と投げやりに言う。


「え、勤さん遊ばないの?」

「生憎だが、水着なんて持ってない」

「え!?」

「そうなんですか!?」


 なぜ綿貫まで反応するのか分からないが、「お前、自分で言っただろ? ずっと働いていたって。その関係で水着なんてもの必要としなかったんだよ」と正直に説明する。


「え、でも高校生の頃の水着あったんじゃないの?」

「捨てた。今後使わないと思ってたし」


 証拠隠滅という意味も兼ねていたが、そこら辺は言わなくていい事だな。

 そんな昔を思い出していると、いつの間にか戻ってきた明美は「まぁまぁ座って座って」と促してきたので普通に綿貫も座る。

 六人+荷物なのでシートの上が大混雑しているため迂闊に手を伸ばすこともできない。

 なんて思っていたところ、胡坐をかいていた俺の脚上に彼女が普通に座ってきた。


「いやーさすがにシートが狭いから誰か一人乗らないと。っていうか勤さんの足って意外とすわり心地良いね!」

「って何してるのよ明美!」

「だって六人も座ってたら場所ないし。だったら胡坐かいてる勤さんの上乗ればいいかなって。あ、やっぱり彩夏が座りたかった?」

「そ、そそ、そんなわけ……」


 明美で彩夏の表情が見えないが、周囲の嫉妬だか殺意だかの視線は簡単にわかる。


 ちなみにだが、明美という少女の身長は160ぐらいでそれなりに高い方だと思う。いや普通か。

 モデルみたいにすらっとしていて、性格は明るく溌剌。常に笑顔を絶やさないというのもあるが、笑顔が可愛いと言われるだろう。モテるな。きっと。


 というより、この場にいる女子(俺の近く)全員モテるだろ。客観的に見てもそう思うわ。

 道理で俺に対する殺意の視線が多いわけだと思いながら肩をすくめて誰にも見えないのでため息をついた。

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