夏休み業務その5
長くなりそうです。
前向きに考えようと考えた次の日。
「勤さん! お願いがあるんだけど大丈夫!?」
「ん?」
久し振りに課題を解いてみたところ思いのほか時間がかかったのでこりゃもう一度復習していかないと休み明け無理だなーと考えていたところ部屋に飛び込んできた彩夏がそんなことを言うので首を傾げる。
「一体どうしたんだ?」
そう訊ねると、彼女は少し逡巡してから顔を赤くしてこういった。
「い、一緒に海に行ってほしいの!」
「……なるほどねぇ。友達と海へ行く話が決まっていたけど肝心の保護者が決まってなくて、当日だから慌てて頼み込んできた、と」
「……だって、今まで切り出せなかったのよ」
「つぅか時間大丈夫か? 俺は別にいいが」
「えっとみんなと駅前で待ち合わせるのが九時だから……あと三十分しかないのよ。もう保護者は私の方に一任されてるから焦ってて……って、いいの!?」
「ああ。特に断る理由はないし」
「本当!? そ、それじゃ準備してね!」
「ああ」
先程と同じようにダッシュで部屋を出て行ったのを見送った俺は、水着別にいいよなと思いながら必要になるだろう準備を可能な範囲で見つけ出すことにした。
その数分後。
慌てて駅へ着いたところ、彩夏と同じ年齢っぽい人達が固まっていたのが見えた。
あそこにいるのがそうかなと歩を緩めると、フラフラと歩いてる人にぶつかった。
「あ、すまん」
「――――」
英語で返答が来たので、外人かと思った俺は同じ言葉でもう一度『すまん』と言う。
するとその人――女性は『こちらこそ』と返してからきょろきょろと視線を彷徨わせる。
『どうした?』
『えっと……サイクラムホールってどこ? 適当に出てきたら道に迷ってしまい…』
あんなところからよくここまで来れたなって思いながら、俺はスマホで場所を検索してから『その場所へ行くなら……』と場所を英語で説明することにした。
説明すること五分。
つたない英語だろうが何とか理解してくれたようなので別れた。
その際日本語で「アリガトウ、ゴザイマス」と言ってくれたので「おう」と言って返事をして駅の方へ向かった。
「どうしたのよ勤さん」
「道に迷っていた外人の案内をしていたんだよ……ところで、そこにいる三人が今日行くメンバーでいいんだな?」
「ええ」
そう言ったと同時に、一人の女の子が元気よく「彩夏! この人が一緒に住んでる人?」と質問してきたので彩夏の代わりに頷いて返答する。
すると「それじゃぁ彩夏の……」と言いかけたところで彩夏が大声でわめきだした。
「わーわーわー! あ、明美!? な、なななな何言おうとしてるのよ!?」
「どうしたのぉ彩夏ぁ? そんなに慌てちゃってさ!」
「明美が変なこと言おうとするからでしょ!?」
「?」
二人のやり取りを聞きながら首を傾げつつ黙っている二人を見ると、ひとりは人形を抱えたままオロオロしており、もう一人はため息をついていた。
この二人のやり取りはいつも通りなのかと思いながら傍観していると、「早く行きましょうくだらない事やってないで」とため息をついた女子が促したので我に返った二人は「そうだね」「そうね」と言って荷物を持ち上げた。
ようやく行くのかと思いながら欠伸をすると、「あ、ちゃんと紹介すると、この人が今回の保護者役で希望坂勤さん。ちょっと事情があってうちに住んでるの」と彩夏が紹介していた。
それに気付いた俺は「あ、よろしく」と言ってから周囲を見渡す。
「どうしたの?」
「いや。よく考えたら状況がすごいなって」
「?」
「なんでもない。それよりさっさと電車乗るぞ、あと五分で来るからな」
「え、あ、本当!? それじゃぁ……って、みんな置いてかないでよ!」
俺達を置いてさっさと行く三人にそう叫びながらかけていく彩夏の後姿を見ながら、俺は先程から感じている視線の主をもう一度探し、どうでもよくなったので駆け足で券売機の方へ向かった。
電車の中。
行き先が日帰りにしては難しい距離だったので一人離れて座っている俺は彩夏にメールで『泊まるのか?』と送る。
返事は、叫び声で分かった。
「あー!」
「ど、どうしたの。彩夏」
「ホテルの予約とってもらうの忘れてた」
「えーー!? どうするのさ? 野宿?」
「浮かれてないでちゃんと言っておいて彩夏」
「う、ごめん」
……仕方がないのでスマホで周辺の宿と値段を調べることにした。
席としては俺が別車輌。周りにはカップル率がすごいことになっている。
そんなラブラブ空間内で一人黙々と調べものをしているというのは滅茶苦茶浮いてる光景だというのは自覚はあるが、そんなので羞恥心を覚えたところで役に立たないので完全に意識していない。
慣れた手つきで調べていると、サイトに乗ってる宿のほとんどが値の張るところばかりで、民宿みたいな宿が少なくその上予約が満杯。
あ、これキャンセル待ちか地元で民宿訊かないと安い宿泊れないなこれは……なんて思いながら値の張る宿ばかり空いてるとかふざけんなと考えていると、電話が鳴ったので相手を見て速攻で切り、メールで相手――貴臣さんに「どうした?」と質問する。
その返事がまたもや電話だったので、すぐさま切ってから『電車の中にいるから後にするかメールで返信しろ』と送るとぱったり途絶えた。
ひょっとしてメールできないくらいには忙しいのかと思いながらスマホで宿を調べ続けていた俺は、ため息をついて『宿、高いところしか空いてないが?』と彩夏にメールを送った。
とりあえず返事待ちだなと思った俺はそのままつくまで寝ることにした。
目的地近くの駅に着いた。
行く場所は東北岩手の浄土ヶ浜。なんでこんな場所に来たのかは聞いてみないと分からないが、まぁ関東よりのどかでのんびりできるのは確かだろう。
なんてことを駅のホームに降り立った俺は考えながらもスマホでホテルの予約状況を調べ続ける。
本来はすぐに貴臣さんに連絡した方が良いのだろうが、どうせ業務に関係ない事だろうから夕方にでもいいだろう。
彩夏たちはどこにいるのか分からん。結構な人がこの駅になだれ込んだので、先に駅を出てしまったのかもしれん。
……しかし、なんでたくさんこの駅で降りたんだろう。
スマホを操作する指を止めて不意に考えていると、電話が鳴ったので相手を確認せずに電話に出る。
「はいもしもし」
『勤さん! 今どこにいるの!?』
「駅のホーム」
『私達今駅を出て海水浴場へ行く臨時バスに乗ってるのよ』
「マジか」
完全に俺は置いて行かれたらしい。
いけなくはないから問題ないだろうが、保護者の面目丸つぶれだな。
やっちまったな……と落胆していると、『と、ところで勤さん! 宿の方なんだけど!!』と話題を変えてきたので思い出しながら「メールで送った通りだ」と答える。
「あとはまぁ、駅員に宿の話を聞いてみたり現場に行って地域住民に話を聞くしかない」
『そうなの……みんなに話をしてみたら高くても仕方ないって』
「出来るだけ安いところを探す」
『別になかったらなかったで良いし、みんなお金持ってきてるから』
「そうか」
まぁとりあえず近くで泊まれる宿の中で安いの探してみるか。
そう思いながら改札口を出ると、『という訳で、バス停で待ってるから』と言われたので「ああ」と言って電話を切ってから改札口にいた駅員さんに「浄土ヶ浜の近くにそれなりに安い宿の情報知りませんか?」と質問してみた。




