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夏休み業務その2

 麗夏さんと昼食を食べてそれほど経たないある日。

 休みという日常に慣れ、今日も今日とてのんびりしようと思いながら朝食を食べていたところ、同じく食べていた彩夏が「勤さん今日暇?」と訊いてきたので「ああ」と返す。

 思えば数日しか経ってないのに色々と付き合わされたものだ。遊園地だったり買い物だったりと。


 まぁ楽しそうなので別にいいかと思って付き合ったが。


 果たして今日はどこへ行くのだろうかと考えていると、「勤さん、服を買いに行きましょ?」と提案してきた。


「買っただろ」

「勤さんのよ」

「俺の?」


 思わず箸を止めて聞き返す。

 対し彩夏は「当たり前よ」と言い切ってから付け足した。


「だって高校生の頃の服をずっと着てるんでしょ? 少しは今の時代の流行に合わせなきゃ」

「え、別にいい」

「なんでよ」

「そこまで必要としていないからな。服にこだわりなんてないし」

「こだわりなさいよ!」

「ん?」


 鋭いツッコミが返ってきたので再び箸を止めると、彩夏は急に顔を赤くして「え、べ、別に私が気になるわけじゃないわよ! ただ、社会人なんだから身だしなみに気を遣ったらどう? って意味!」と早口で答えた。


 ……まぁ一理あるか。

 食べながらそう考えた俺は、けれど「別にそこまで必要なわけじゃないけどな」と返しておく。


「勤さん!」

「なんだよ」

「もう、どうしてそうオシャレに気を遣えないの?」

「遣ったところでな……そもそもこうした休みなんかのほうが稀なんだぞ? あと、今後こういう事があったとして誰とも何かがあるわけじゃないだろうし」

「そんなこと! ……あるわよ」

「あ?」


 最後の方が小声で何言ってるか分からなかったので聞き返すと、「なんでもいいでしょ!」と怒鳴ってきた。


「で、結局どうするんだ?」

「……どうするって?」

「いや、何もないならのんびりしようと思うが」

「だったら勤さんの洋服を買いましょ! それが良いわよ!!」

「結局そうなるのか……」


 そう言って俺は天井を見る。


 先程も言った通り、俺は服にこだわりはない。何を着たって一緒なのだから、別に値段の高低だったり流行じゃなかったりしても気にならない。むしろ流行に乗らないといけないという風潮が理解できない。

 スーツに至っては九年働いている間に三着しか買い換えていない。そろそろ買わないといけない気がするが、まぁ別に今日じゃなくていいな。


 そんな思考をしてから視線を戻しておく。するとすでに彩夏は居なかった。

 少しのんびりしすぎたなと思った俺は、欠伸をしてから食器を片づけることにした。



「ねぇ勤さん」

「ん?」


 食器を片づけてからソファに寝転がり新聞を読んでいると、彩夏が声をかけてきたので体を起こして声の方向へ向く。

 すると彼女は宿題でもやっていたのか勉強をしていたらしい。


 まだ終わってなかったのかと思いながら「どうしたんだ?」と質問すると、「え?」と彼女も顔を上げた。


「どうしたの勤さん」

「今そっちが声をかけて来たんじゃないのか?」

「……そ、そう?」


 何やら緊張気味に言ってきたのでどうしたんだ一体と首を傾げていると、急に顔を赤くしてそっぽを向いて「もう!」と言ってから勉強に戻る。

 気になった俺だったが、すぐさま興味がなくなったのでソファに体を沈め、再び新聞を読み始めることにした。


 ――その数分後。


「……あー! 勤さん!! やっぱり買い物行きましょう!!」

「なんでそうなるんだ?」

「なんでもよ!」


 ……どうやら集中力が続かなかったらしい。これは俺がいたからなのか知らん。

 まぁともかく。なにやら諦めたように叫んだので、どうやら決定事項のようだ。

 やれやれと思いながら体を起こした俺は、読んでいた新聞を置いて首を振って「なら行くか」と立ち上がる。


「……え?」

「えって、何を驚いているんだ?」

「だって勤さん、さっきまで乗り気じゃなかったじゃない」

「いやまぁそうだが」

「だったらどうしてよ」

「特に理由はない」


 そう言って俺は肩を竦める。

 子供の我が儘に付き合うのも大人として当たり前の対応だという本音を伏せておく。言ったら何かとうるさそうだ。

 そんな考えを知らない彩夏は途端に嬉しそうな顔をして「し、仕方ないわね! だったら一緒に行きましょ!?」と言ってきたので俺は苦笑した。




「~~~♪」

「なんか嬉しそうだな。勉強に集中してなかったのに」

「え、な、何言ってるの勤さん! そ、そんなわけ……!!」


 とりあえず隣町へ行くために電車に乗る。

 今更だが、首都郊外全域を俺達だけがやっているって相当な仕事量だよな。しかも人数は少数精鋭。普通は百人単位でもおかしくないってのに、その半分で回っているんだからうちには優秀過ぎる人材ばっか集まっているってことか。


 あー、そんなことを考えたら今貴臣さんがぶっ倒れてないか心配になってきた。というより、きちんと不備のない書類が出来てるのか不安になってきた。

 やべぇ仕事に戻りてぇ。もうすぐ三週間休むし、きちんと復帰できるかどうか考えるとこれ以上休みたくない。

 けどそんなこと言って仕事場に戻ったら貴臣さんが今度こそガチ泣きしそうなんだよな。『なんで社長ってそう仕事しか目に入らないんですか!?』とか言われそうだ。


 吊革につかまりながらつらつらとそんなことを考えていると、隣に立っていた彩夏が電車が停止する際の慣性により体勢を崩し、俺にぶつかってきた。

 普通に俺は片手で彼女を包み込むように支える。柑橘系の匂いを感じたが、事故のようなものなので気にならない。ただやっぱり女子ってオシャレに気を遣うものなんだなとしか感想を持ちえない。


「な、ななななな……!」

「どうした彩夏。そんな赤くなって」

「!?」


 ボッ! という表現が似合うほど勢いのある変化に顔を近づけて首を傾げると、更に口をパクパクとさせ始め言葉が出てこなくなってしまった。

 本当に大丈夫だろうかと思いながら放し、到着のアナウンスが聞こえてきたので「降りようぜ」と先に降りながら言っておく。


 彼女は、俯いてゆっくりと降りてきた。



 駅を出た俺は、強い日差しを手をかざして見ながら「で、どこで買い物するんだ?」とついてきているであろう彩夏に投げかけるが、返事がない。

 気になって振り返ると、なにやら片方の手を胸にもう片方を頬に当てて身をよじっていた。


 素直に心配になった俺は「彩夏?」と名前を呼ぶが、返事がない。周囲の人間はちらっと見ているが、それだけである。特に何をするという訳ではない。まぁ関わり合いになりたくないのは分かる。俺だって本当に他人なら知らないふりをする。


 しかし知人、しかも一緒に暮らしているので放置なんてできる訳がない。


「大丈夫か?」


 そう言って肩を触ったところ、言葉の代わりに電撃が飛んできたので手にシールドを纏わせて握りつぶす。

 実際出てこなかったら掌が火傷していたが、命の危険とみなされて能力が発動したので安堵する。


 と、それでようやく我に返れたのか、彩夏は「だ、大丈夫勤さん!」と声を荒げたので「ダメージはないから大丈夫」と笑って答えた。


「で、でも……」

「まぁ思春期だから色々あるだろうが、人前で暴走させるのは控えめにな」

「…………」


 何とも言えない表情を彩夏がし出したので、「とりあえず買い物行こうぜ」と言って手をつないで歩くことにした。


 彩夏の体温がとても高く感じたが、これはこの暑さのせいだろう。熱中症にならなければいいがな。

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