夏休み業務その1
結局免許はとれなかったようで……
免許が取れなくなったという現実に何もやる気が起きなくなった俺はのんびりと過ごすことにしたかったのだが、あと一ヶ月もあるのでそれをやると確実に自分が腐りそうなのでなんとか家事などをやる事にする。
現在彩夏はいない。学校へ行ってるからだ。なんでも、部活があるとかで午前中はしばらくいないらしい。
必然的に俺は一人となり、やる事が終わってしまえば暇な時間ができる……のだが。
「趣味なぞほとんどないし、本当にやる気が失速してるからどうしたものか」
ソファに寝転がりながら、天井を見て呟く。
本気でやる気が失墜してるので外へ行く気も、自分の料理を作る気もまったくない。
あーだるい。マジでどうしよう。誰かと何かしたいとすら思えん。
と思っていた矢先に電話がかかってきたので、はぁとため息をついてのっそりと動き出しスマホに表示される発信者を確認する。
相手はなんと、麗夏さん。
俺は普通に電話に出た。
「もしもし」
『勤君。今大丈夫かしら?』
「あー……はい」
『それならお昼一緒にどう? ちょうど外に出てるから』
「えーっと」
せっかくの誘いに対し俺は渋る。つい先程まで完全に寝る気だったのだ。急に嬉しそうな口調で誘われると、どうにもノリ気になれない。
どうしたものかと思いながら少し考えた俺は、まぁやる事もないからいいかと思い「分かりました」と了承することにした。
『本当!? それなら言う場所に来てくれないかしら!』
そう言って麗夏さんはその場所を告げる。その場所は結構女性に人気のランチ店として最近有名な店だった。
まぁた面倒な場所してしてくれたなと思いながら、嬉しそうに待ってるわよと言われたので電話を切ってため息をつき、財布とスマホを持って家を出ることにした。
その店は家から駅の方へ歩く途中にある。どうして麗夏さんがこんなところにいるのか分からないが、まぁ何かしらの用事があってきたのだろう。基本的にどこで待機しているのか分からないが。
外を歩きながら、結構熱いなと手で仰ぐ仕草をしつつ無表情を務める。
実際には熱い寒いなどもそれほど気にならないのでどうでもいいのだが。
しっかし今日はどうしたんだと思いながら店が見えた距離まで来たところ、ポケットに入れていたスマホが振動したので立ち止まって相手を見る。
すると今度は綿貫からだった。
「ん? どうした綿貫」
『希望坂さん。今どちらにおりますか?』
「外」
『お暇ですか?』
「外食の約束がある。今からな」
『そうだったんですか。それなら大丈夫です。いきなりすいませんでした』
そう言って相手の方から電話を切った。
なんだったんだ一体と切れた電話の画面を少し見て思った俺はそれをポケットにしまい、何事もなく歩を進めた。
「あ、来たわね勤君!」
「……麗夏さん。仕事中じゃないんですか?」
気のせいか服が仕事の時と違う。そのことについて言及したところ、「呼び出しがかかるまではこうしてのんびりしてるのよ」と言いながらくるりと一回転する。
爪先での綺麗なターンでスカートがふわりと浮きあがる。通りすがりの男子の視線がそこに行ったのが分かったが、俺は大して気にせず「なら早く入りましょ」とスルーすることにした。
「ちょっとそれはないわよ勤君!」
悲鳴のような声が聞こえたので「早く食べましょ。途中で連絡来ても知りませんよ」と言っておいた。
「いらっしゃいませ」
「二名で」
「……席へご案内します」
若干間を置いて店員さんが案内してくれる。間髪入れずに行ったのがまずかったのだろうが、そこまで気に病む必要性は皆無なので無視する。
ボックス席に案内された俺と麗夏さんは対面する位置に座る。
水とメニューが置かれたのを見てから、俺は周囲を見渡して呟いた。
「しっかし、彩夏もそうですけどどうして女性が集まる場所に俺を呼ぶんですか? 男子ほとんどいないじゃないですか」
「…………」
無視された。どうやら、先程の対応がまずかったらしい。
頭を掻きながらため息をつくとまたスマホが鳴ったのでだんまりを決め込んでいる麗夏さんに「ちょっと電話でるので外行ってきます」と言って店を出る。
外に出て相手を見たところ、いつの間に登録したのか『片桐』という文字が――
ピッ。
俺は無言で電話を切った。
少し待つともう一度同じ相手から電話がかかってきたので、今度は一回出る。
『やぁ(ピッ)
声が聞こえたので速攻で切り、次いで電源も切る。
確かに命の恩人であるんだが、最近の件が絡んでいるのであんまり関わり合いになりたくない。
もう用事が済んだので、俺は店の中に戻った。
「? どうしたんですか麗夏さん。そんな脱力して」
「べっつにー」
席に戻ってきたところ、麗夏さんがテーブルに顔を乗せて不貞腐れていた。
今更だが、クールビズという制度がある名残か基本的に夏の間服装は『公序良俗に反しない範囲での露出あり』であればなんだってかまわなくなった。
だからと言ってスーツが形骸化されたわけではなく、普通の会社はスーツのズボンであれば上なんでも良しとかという程度に落ち着いている。最近では半袖半ズボンのスーツなんて売ってるしな。
で、それが現状とどういう関係にあるかというと、麗夏さんの服装がミニスカートに半袖と言った、いわゆる私服と変わらないのである。
確か協会の方でのクールビズ方針って、女子の私服認めてなかった気がするんだが……と思い出しながら、ふと麗夏さんの腕の方が気になったのでまじまじと見る。
見られていると気付いたのか本人は勢いよく顔を上げて「え、な、なに!?」と慌てだしたが俺は無視して彼女が身に着けているそれを指さして訊いた。
「そのブレスレット、前に麗夏さんの誕生日に郵送したものですよね? なんかすごい輝きが衰えていないんですけど、どうしてです?」
その質問に麗夏さんはますます慌て「え、べ、別に深い意味はないわよ!」と言い出したのでまぁ初めて送ったものだから大切にしてくれてるんだろうなと勝手に解釈して「そうですか」と話題を終わらせる。
「……さっさと決めましょ」
「どうしたんですか、いきなり気落ちして」
「なんでもないわ」
そう言いながらもため息をついてメニューを見る麗夏さん。
メニュー表が一つしかないので決められない俺は、手持無沙汰なのでどうしようか窓の景色を見ながら考える。
すると、部活帰りか知らないが友達と一緒に帰る麗夏を見てしまい、彼女もまた俺を見つけたのか動きを止めた。
彼女の友達が何やら不思議そうに話しかけてきたので我に返ったのかそのまま通り過ぎ――
カランカラン。
「いらっしゃいませ」
「三名で。ボックス席空いてますよね」
「はい。こちらになります」
――るわけないか。淡い期待を抱いて叶う訳がないのはいつもの事だしな。
諦めにも似た境地のまま近づいているのが分かった俺は水を飲んでから「麗夏さん決まりました?」と急かす。
「まだよ」
「そうですか。なるべく早く決めた方が良いですよ」
「そうね。勤君も早く決めたいものね」
なんて言いながらメニューを見ていたからか、麗夏さんは声をかけられるまで気付かなかった。
――自分の妹に。
「姉さん、仕事じゃないの?」
ピクリ、と麗夏さんの腕が動く。それを見た俺はようやく気付いたのかと思いながら窓の外を眺める。
蚊帳の外のふりをしていると、二人が言い争っていた。
「今休憩同然だから大丈夫よ」
「だからって勤さん呼んだの?」
「いいじゃない。彩夏だって帰ったら何かしてもらうつもりだったんでしょ?」
「うっ、そ、それはそうだけど……でも、姉さんは仕事中でしょ? ダメじゃない」
「いいのよ。ここの地域は基本的に夜に行動するからそれまで休憩同然だし。それに」
「それに?」
「久し振りに一緒に食べて話をしたかったのよ。最近そんな時間取れなかったしね」
「……あっそ。なら今回は譲るわ」
「あら、いつから勤君の所有者になったのかしら彩夏は」
「なっ! べ、別にそんなんじゃないわよ!!」
そう言って席へ戻って行ったようなので、俺はため息をついてから「なんか、低レベルな争いですね」と評価する。
そういうと、ハァとため息をついてから麗夏さんはメニューを渡してくれた。
「決まりました?」
「ええ」
そう言われたので俺は黙ってメニューを開き、さらっと見てからすぐに閉じる。
「決まったの?」
「まぁ」
そう言ってから店員を呼び、それぞれ注文する品を呼ぶ。
料理が運ばれて来る間、俺達はある話題に対して話すことにした。
「そういえば社長会って今年やるの?」
「まぁいつもこの時期ですからね……あるとは思いますが」
「そういえば社長会って何やってるの?」
「ただ集まって互いの地域の情報を皮肉籠めながら言い合ってくだけですよ。後はまぁ、それぞれの人員に対する報告とかですね」
「ふーん。そんなのだったのね」
まぁ実際には裏事情とか俺に対する嫌味だったりとかする。首都東京は他と違い本部と郊外の二か所にあるが本部長が来るほど暇じゃないのでまぁ若い俺が標的にされる。もう一つ、奥から出てきたという事情も相まって。
まぁそれだけなので別に実害はないんだが。
今年は連絡の一つも来てないからどうなんだろうかと思っていると、「そういえば勤君、モテ期到来したようね」と別な話題に入ったようなので思考をやめて「まぁ告白はされましたけどね」とさらっというと、麗夏さんが何やら絶望した表情を浮かべた。
「ま、断りましたけど」
「そ、そうよね」
「まぁでも普通に来ますね」
「え!?」
俺の発言にまたもや絶望した様子の麗夏さんに対し、どうしてそんな表情を浮かべてるんだろうかと思いながらも「俺には無理ですけどね」と結論を告げる。
そんな感じで微妙な空気になったまま昼食は終了した。
感想などよろしければ……なんて久し振りに




