遊べない業務
これにしてしばらく更新が途絶えまする。
「社長。今日も大変ですね」
「そうだな。そっちの有給はちゃんと取れてるのか?」
「まぁ。僕や皆さんはとれてますけど……それが?」
「ああ……それならいいんだ」
書類に目を通しながらダメ出しを書いた付箋を張り付けつつそう答えると、「そういえば」と貴臣さんが思い出したように言ってきた。
「社長の有給って消費しないんですか?」
「しないというかする意味がない。ここの会社の社長という立場上、会社を休むわけにはいかない。休んで怒られるのはバカらしいからな」
「それはそうでしょうけど……こう働きづめで休みたいなーと思わないんですか?」
「特にないな……ほれ。書類見終わったぞ。全部やり直しだ」
「細かいところを見逃さないんですね……というか、どんだけワーカーホリックなんですか?」
「いや、仕事以外にやることがないし。俺には何もないからな」
「え?」
何気なく呟いた言葉にしまったと思いながら「ほらさっさと書類届けて来い」と追っ払う。
「わかりましたけど……ちゃんと休暇はとった方が良いと思いますよ? 麗夏さんも休みのときはあるんでしょ?」
「そりゃあるだろ。あの人をなんだと思ってるんだ」
「だったら有給取った方が良いと思いますけどね……百日までしかこの会社とれなくて、社長百日以上ある計算ですからね?」
「さっさと行って来いよ」
考えといてくださいね。そう言って出て行った貴臣さんを黙って見送った俺は、しばらくその扉を見てからため息をついて言った。
「他人の休み計算してる暇あるなら自分の休みちゃんととれよ……」
さて。今日も徹夜だろうな。
一応体裁が会社なのだから俺達の会社にも有給制度がある。
半年働くと6日休みがもらえ、その1年後でも6日。勤続年数が3年半になると7日に増え……と段々増えていき、6年半勤続すると20日貰える。
もちろん繰り越しはあるが、合計100日以上は付与されない。
うちの社員は溜まってるとしても10日ぐらい。適宜みんなに取らせているというか仕事が厳しいのか勝手にとってくれるのでそのぐらいしかないらしい。
俺はというと、9年ぐらい休んでいない。休む理由がないからな。
「はぁ終わった」
「今日は幾ばくか早いですねー」
「まぁな」
現在午後十一時。面倒事がそんなに起こらなかったのか書類がそれほど多くなく、そのおかげで割かし早く終わった。まぁ俺はこれから書類の転送などでもう少し時間が遅れるんだが。
「じゃ、僕は帰ります。有給の件、ちゃんと考えてくださいね」
「急にとれるもんじゃないだろ」
「だから考えてくださいって言ってるんですよ」
秘書としてはその計算とか諸々して上に報告しなくちゃいけないんですから。なんてことをサラリと言って出て行った。
ひょっとして俺に有給取れと仄めかしているのだろうかと考えながら、其の前に書類を転送しないとなと思い忘れることにした。
『で、私に相談するのね』
「上司ですからね」
そう言うと麗夏さんは書類をゆっくりとめくりながら『まぁ有給100日溜まってるっていうのはそう珍しくないけれど、地域のまとめ役は異例ね。それを前々から私達は知っていたけど、勤君が休むと業務全体がごちゃごちゃしそうだったから今まで言わなかったのよね』と説明した。
「なんでですか?」
『仕事に慣れさせるために休みをとらせなかったというのもあるけど、まぁあれね。忘れてたの』
「へぇ」
『どうでも良さそうね』
「休みなんて別にいらないですからね」
『まぁ勤君はそういう考えになるわよね……』
俺を拾った張本人だからか声のトーンが低くなる。
別に麗夏さんのせいじゃない。それは彼女自身も分かっているはずなのだが、責任でも感じているんだろうと思いつつ「拾ってくれて感謝してますよ。責めなくていいです」と言っておく。
『……ありがとね。そんな勤君は大丈夫かしら?』
「そりゃ大丈夫ですよ。まぁ、とってもいいならとりますよ。有給」
『本当?』
驚いた様子を見せる麗夏さん。
確かにそうだろうなと思いながら「まぁ今から申請しても調整が面倒でしょうけどね」と軽口を叩いておく。
そう言うと途端に眩しい笑顔を見せ、『それなら大丈夫よ。そこの社員はみんな有能なのだから』と言ってきた。
少し考えた俺は、「やっぱり今の発言はナシで。普通に仕事してます」というと、非常に残念がって『えー?』と可愛い声を上げた。
まぁ容姿は綺麗だからそんな声でも違和感ないんだよな。そんなことを考えながら「計画してました? ひょっとして」と確認する。
『別にそうじゃないわ。勤君の頑張りと正確性は協会でもトップだから鼻が高いし自慢してるけど、同時に有給消化率が一番低いから頭を悩ましていたの。だから純粋に嬉しいの』
「そうですか。まぁ別に有給取るのはいいですよ」
『本当ね? なら彩夏に言っておくわ』
「なんでですか」
『本当は私も取りたいけど、ここは妹優先にしようと思って』
「……本当に計画とかしていないんですよね?」
『ええ、もちろん』
なんか掌で踊らされている気がする…そんなことを思った俺はため息をついて負けを認め、「近いうちに取ります」と言ってその場を離れることにした。
「とか思っていたら三日後に取れるとは……マジで計画してたんじゃないだろうな?」
三日後の今日。俺はどこからか聞きつけた貴臣さんがさっさと有給申請し、今日取れてしまった。書類転送の仕事とかは貴臣さんがやるらしい。まぁ前職はどこかの地域の社長らしいからな。下手なミスはしないだろうと思う。
というか……。
「どっかいくわよ勤さん」
「今日平日だぞ。お前学校じゃないのか?」
平日だというのになぜか彩夏がいた。俺より歳は下である。高校生で、現在ヒーローを育成する学園に通っている。
なんでいるのだろうかと訊くと、「サボったわけじゃないわよ。ちゃんと学校が休みになったの」と返ってきた。
「なんで?」
「新入生クラス対抗の準備で休みなのよ。実行委員以外は」
「ああそう。勉強しろ」
「大丈夫よ! 私成績良いから……あ」
「別に自慢したければすればいい。俺には関係ない」
そう言って新聞に目を通す。全国紙ではなく地方紙なので全国的に大きなニュースはないが、今朝コンビニで買ってきたものなので暇潰しに読んでいる。
そもそも休日なんて初めて過ごすので何をするかとか考えていないのだが、会社の事が気になって仕方がない。
ずっと働いていたせいか会社のことばかりしか考えられなくなっていた。というか、実質俺にはその経験ぐらいしか誇れるものも、取り柄といえるものもない。
なので昔いた学校の事など微塵も興味がないのだが、俺の過去を知っているからか急にしおらしくなった。
なら言うなと思いながらソファに寝そべり新聞をめくっていく。
特に面白い記事はない。そもそも彩夏が料理できないせいで何も買ってないので材料を買って飯を作らないといけない故に買い出しなどを必然的に俺がやっている。
年下の家に居座っているというのはどうなのだろうかと俺が思うのだが、周囲がそんなことを考えていないせいでこのままの生活が続いている。
と、少し気になる記事が目に入ったので俺は起き上がって記事を読み上げることにした。
「……国民的ヒロイン『MIRAI』が活動拠点をここ――首都近郊地域に移動する? 理由が犯罪増加一方の地域だから? いや、犯罪件数なんてほぼ変わらんぞ。毎日何かしらトラブル起こってるし。その度に建物の被害あるし」
「そう?」
俺がソファを占領しなくなった隙に隣に座って訊いてきた彩夏。俺はさっさと次の記事に目を移しながら「そりゃそうだろ。人間とはそんな奴らだ」と事もなげに言う。
トラブルを起こさない人間は余程人付き合いがうまいか、余程人と接触していないかのどちらかになると考える。大体は中途半端な奴らなのでこうしてトラブルや事件が発生していると見ている。
「そういう勤さんも人間でしょ?」
「だから俺もトラブルを起こす。そして彩夏、お前も。起こさない人間になれるとは限らない」
「…………なれたら?」
「素直に感心する。『よくそこまで他人に合わせることができるな』と」
「……勤さん、ケンカ売ってない? 周囲に」
「素直に考えたことを口に出してるだけだ。喧嘩腰に聞こえるのはこの口調のせいだろ」
「ねぇどこか行くわよ」
「提案じゃなくて命令なのか。しかもなんで俺が」
「いいじゃない別に! 勤さんがこうしているなんてチャン――初めてなんだから年下のお願い位聞いても罰は当たらないわよ!!」
「友達いないのかおい」
「いるわよ!!」
……と、すったもんだの口喧嘩の末に俺が折れ、どこへ行くという話にすぐさま彩夏が行く先を決定してしまったため流れのまま向かうことになった。
場所は映画館。映画を見るというだけ。
……俺は居るのだろうか。
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