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道中業務

これから合宿場へ向かうようです。ちなみにですが、私は教習所と免許をとる準備をしたので合宿で取る時がどうなのかはわかっていません。

 合宿。


 それは、運転の免許を集中して取りたい人用のプログラム。

 長いスパンで出来ない人たちに用意された場所。

 俺みたいな社会人に用意された場所。


「……という訳でバスが来ると言われた場所に来たわけなんだが」


 そう言って俺は駅前のバス停に立ち、バスを見る。

 大きさとしては高速バスや貸し切りバスぐらいだろうか。五十人ぐらいは乗れるはず。

 これが普通なのかと首を傾げながらバスの前に立って見上げ、上につってある紙を確認する。


 ……うん。間違いない。俺が参加する合宿へ行く場所だ。


 確認が取れたので俺は息を吐いてバスに乗り込むことにした。


「合宿に参加する希望坂勤です」

「希望坂勤さんですね。席はご自由に」


 たったそれだけを運転手は言うと何事もなく前を向いた。


 まぁこういう奴もいるだろうなと思いながら、運転手の後ろの席に座って荷物を置き、イヤホンをつけて目を瞑る。

 どうせすぐ出発するだろうし、他の奴らがどんな奴だろうが別にいい。出発するまで寝ていられる。


 わざわざからんでくる奴なんているわけないだろうし。そう思っていたところ、予想外の人物がここで乗り込んできた。


「あ、すいません。綿貫真里菜と申します」

「席はご自由にどうぞ」

「分かりました……あら」


 滅茶苦茶聞き覚えのある奴が乗り込んできた。しかも俺に気付いたようだ。

 また厄介な……。そう思いながらやり過ごすことを決め込んでいると、「あの、相席よろしいですか?」と向こうから話し掛けてきた。


 どうしたものかと考え込みながら黙ってうなずくと、「では失礼します」と彼女は隣の席に座る。

 窓の桟に肩肘をつけ、あごを乗せて無愛想且つ無関心でいる俺の横に座るなんて物好きだよなと考えていると「お久し振りでございます、希望坂さん」と挨拶されたのでコードを見せて返事する気がないことを示す。


 実際効いているのは無声音楽。つまり、ただの無音を聞いているだけ。普通に声が聞こえるということにつながるのだが、聞こえていない演技をする。

 それが通じたのかどうかわからないが向こうが黙ってくれたので、俺は難なく寝ることが……


「何の音楽をお聞きになっているのですか?」


 どうやら無理のようだ。凹まずに話し掛けてくる。

 前より粘り強くなったなと思いながらも無視していると、「あ、すいません。先に謝るのを忘れていました」と言い出したのでもう観念することにした。


 イヤホンを外して目を開けて「別に謝らなくていい。それより、お前も免許を取るのか?」と質問する。


「あ、はい。そろそろ自分で運転ができないと好きなところへ行けませんので」

「そうか。俺は長期休暇を部下から進言されたからだな」

「そうなのですか? とても珍しいですね」

「だろうな」


 そう言いながらも彼女の顔を見る事をしない。あくまで世間話に付き合う程度にしているという意志表示。

 だが声色から察するに違う印象を与えているんだろうな。最初の対応から全く違うだろうから。

 けれど、それを否定するのが面倒だったため何も言わずに話を続ける。


「で、免許は何を?」

「私はオートマティックの自動四輪です。希望坂さんは?」

「マニュアル。ほぼ絶滅してるがな」

「スゴイですね。今やマニュアルとる人の方が珍しいですよね」

「まぁな」


 現在の交通事情の続きというか車輌について説明するなら、ATが自動車業界を席巻していると言えば想像がつくだろう。MTなんて古いスポーツカーでもない限りほとんど見ない。

 大型自動四輪でもその影響は及び、それなりに台数が増え始めている。

 故にMTの免許は未だあるがAT限定で問題ないのだが、俺は敢えてMTをとることにしている。


 なんでかって? 記念みたいなものだ。初めての長期休暇での。


 車を買う予定はないし貯金……はあるだろうけど駐車場がないので買わないが、一応何かに使えるだろうという打算がある。


 でも基本どこかへ行かないからな……誘われない限り。


 そんな思考をしながら黙っていると、「そういえば、何を聞いていらしたのですか?」と質問されたので「静寂」と答えた。


「そんなのがあるのですね……」

「もういいか? 俺は寝たいんだが」


 いつの間にか出発していたバスの動きを体で感じ、俺は欠伸をわざとらしくして言う。

 それに対し彼女は「そうですか……分かりました」と引き下がってくれたので瞼を閉じて「お休みMIRAI」と言ってから意識を飛ばした。


 え、とか言われたが当然無視。




『やぁ「俺」』

『グルルルルル……』

「なんか久しぶりだなおい」


 これは夢か否か。そんな議論などこの空間には無意味であることは知っているがそれでも考えることがある。実在するんだがな。


 とりあえず質問する。


「なんだって来たし(・・・)

『暇だったからかな』

『殺そう殺そう殺そう』


 会話にならねぇな。やっぱり。


『というより、さ』

「あ?」

『「僕」としてはいよいよ普通に生活し始めることに対して多少なりとも危惧はしてるんだけどね?』

「いや、俺もあるぞ。だからこうして誰も取らないMTにしたんだし」

『死シシシシシシシシシシ』

『まぁ「彼」は置いといて……で、「俺」はどうするんだい?』

「あ?」


 『僕』に問われた質問の意味の意図が分からないので首を傾げると、『そうすることによって君は今後狙われる可能性があるよ』と確信を持って言われた。


「誰に」

『デリャージャに、ヒーロー。そのどちらにもね』

「……」


 理由が伝わった俺は沈黙する。『彼』は雄たけびを上げており、もはや蚊帳の外である。

 俺達は『彼』を無視して続ける。


『今後も使ってしまう場面があるかもしれない。そうなると確実に僕達は追い詰められる』

「かといって拒否できる立場でもないがな」

『そこで、ね。「僕」は提案するよ。実はそのためにこうして来たんだ』

「そうか」

『提案はこうさ。僕達の本当の(・・・)能力(・・)を使わない。それだけでも違うと思うんだ』

「別にいいが。そうなると自動発動しないように気をつけなければいけないだろ」

『まぁそうそうないだろうけど、念のためさ』


 そういうと『僕』は『彼』を引きずりながらじゃぁねと手を振って消えて行った。


 こういうこと遭ったらなんだか嫌な予感がするんだよな……そんなことを考えていたら体がゆすられたので瞼を開けると、彼女が顔を覗いていた。


「どうしたんだ?」

「着きましたよ、希望坂さん」

「ああそうか」


 言われて俺は伸びをしてから立ち上がり、荷物を持つ。

 どうやら俺達が最後のようで、他には誰も乗っていない。


「ありがとな」

「どういたしまして」


 そう言ってから俺達はバスを降りた。



「ここがこれから二週間過ごす場所か……」

「見事に山の中ですね。空気が澄んでいておいしいです」


 どちらかというと旅館の方がしっくりくる佇まいと景観。それに場所。

 本当にここで免許取れるのかねと思いながら、俺達はゆっくりと歩き出した。


 変なことが起こりませんようにと祈りながら。

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