通常業務……?
ある意味で新章突入です
七月上旬。梅雨が未だ続いている現状であるが被害がそれで減っているかと言われるとそうでもない毎日に辟易しながらも書類に判子を押している俺。
あの後――広島の非常事態宣言を解除してから――俺を取り巻く環境は少しばかり変わった……うん。
具体的に言うならば多少なりとも会わないと数分おきに電話が来るぐらいには。
あんなこと滅多に起きないというのに心配性に磨きがかかってる気がするなとため息をついていたが、それだけ心配されているんだなと自分を納得させて考えないことにした。
そんなことより現在。七月上旬になっても多少雨が降る日々に多少なりとも鬱屈しながら減ることのない仕事に欠伸を漏らしていると、貴臣さんが書類をめくりながら「夏ですね……」と呟く。
書類を確認しながら「そうだな」と返すと、「偶には社員旅行行きたいですねー余所ではやってるみたいですよ?」と返ってきた。
「無理だろ」
「ですよねー。日帰りでも無理ですよねー」
「長期休暇取っていけばいいだろ」
「あの社長。確かに取れることには取れますが、それやったら業務一人でやる気ですよね?」
「誰かひとりとれないのなら一番上である俺以外にいないからな」
「……あの」
言いにくそうに切り出したので作業を止めて顔を上げると、「そういう上司の鏡でいるのはありがたいんですけど……」と言い出した。
「別に上司の鏡になってるつもりはないぞ。ただ仕事が自分の拠り所なだけだ」
「こりゃ重症だ……」
お手上げとでも言いたそうな表情を浮かべてため息をつく。それを見てどういう事だと首を傾げていると、「社長」と今度は何か決意した様子で呼ぶ。
「どうしたんだよ一体」
「社長は趣味の一つや二つ見つけて適宜休みを取るべきです!! 何のために社長経験のある人が秘書やってると思っているんですか!」
「今更だなそれ」
「本当にそうですけど! 今の今まで逆に社員に怒られてばかりでしたけど!! ようやく言います!」
そういうと持っていた書類を床に置き、俺を指さして叫んだ。
「一ヶ月くらい休んで下さい! 完全な働き過ぎです!!」
「えー?」
「おかしいですからね!? 普通、一ヶ月も休み貰ったら喜ぶところですからね!?」
「いやだってさ、社会人で一か月連続で休みになったら……致命的だろ」
「確かにそうですけどむしろ秘書会の上層部の方からせっつかれてるんです! 『君の所の社長、確かに有能だけどいい加減に長期休暇取らせたら?』って!!」
「まじでー?」
少しばかり大袈裟に反応してみるが、口調は棒読み。それを聞いた貴臣さんはがっくりと肩を落として項垂れた。
「……もう、なんなんですか社長……どうしてそう普通の人だったら諸手を上げるのを足蹴にできるんですか……」
シクシクシク……そんな擬音が似合いそうな彼の姿に、どう答えたものかと頭を掻きながら考える。
そもそも仕事ばかりしているのは俺という存在を稀薄にできる為である。趣味がないのはその延長上で、余計に人間関係が広がると自身が危ないと結論を出しているための防衛策の一つである。
そんなこと言ったら『コミュ障ですか!』と言われること間違いなしなのでどうしようかと考えつつ作業を再開していると、「社長。本当に、本当にお願いですから休んでくれませんか? せめて一週間ぐらいは!!」と両手を前に合わせて頭を下げたのが見えた。
結構必死だな……と他人事のように考えながら「社員の奴らは?」と訊いてみる。
「そこは大丈夫です! 皆さん喜ぶでしょう」
「そうか……」
「あ、いえ社長が邪魔だという意味ではないですからね。社長が働きづめなのが心配なんですよ」
「そうなのか……」
今一度作業をやめてもし長期休暇をとれたら何をしようかと一応考える。
……運転免許でも取りに行こうかな。そうすればいろいろと便利になるし。月一の視察業務を一人でこなせて一石二鳥だな。そうしようかな。
「免許でも取りに行くか……」
「それがいいですよ。偶には仕事から離れることも大切で……って、免許取ったら視察業務一人で行くとか言い出しませんよね?」
「言うぞ普通に」
「それはさすがにやめてもらえませんかね!? 私の仕事減って高給取りって言われますから!!」
「言わないだろそんな事」
「私の心情的にダメですよ! ……まぁ、免許取るのはいいと思いますけどね」
「だったら免許でも取りに休暇取ろうかな……一ヶ月あれば何とかなるだろ」
「じゃぁとる方向でいいんですね!?」
「ああ。その方向でいいぞ」
「っしゃぁ! こうなったら社員に目にモノ見せてやらぁぁぁ!!」
……俺がいない間に何かあったのだろうか。貴臣さんこそ休みを取った方が良い気がしてきたぞ。
「なぁ貴臣さん」
「とことんダメだしされた恨み仕事で晴らしてやる……え、なんですか?」
「休んだらどうだ?」
「明日休みますよ。あ、書類終わりましたね」
「もう少しだな」
「それならもう少し待ちます」
そういうと床に置いた書類を持ち上げたので俺はささっと終わらせるために作業を再開し、間違っている部分を付箋に書き留めて貼り付けて行った。
「まぁそんなわけで長期休暇取る予定です」
『それは良かったわね。ゆっくり休んでいいのよ?』
「……休めたらいいですけどね。というより、休み方が分からないんですよね」
『……ごめんなさいね』
なぜか謝られた。別に悪い事をしてないだろうに。
「どうしたんすか」
『ずっと仕事ばかりさせて』
「別に構わんのですが。俺が関わらなくて済むので」
『それはそうかもしれないけど……一緒に居たい人だっているのよ』
どこか淋しそうに言う麗夏さんを見て首を傾げたが、別にいいかと思い「まぁ私情の話はそんなものです」と肩を竦める。
『彩夏もそろそろ夏休みになるし、私の休みにも重なるかもしれないからよろしくね』
「あの、免許取りに行きたいんですけど」
『だから重なったらでいいの』
そう言われたらなんとも言えないので話を切り「転送終わりましたよ」と言っておく。
『そうね。休みが決まったら聞いてみるわ』
やっぱりつながりあるんだなと思った俺は「それでは」と言って部屋を出た。
――その五日後。
「まさか一ヶ月半――八月末まで一気に出してくるとはな……」
「勤さん、どれだけ休んでなかったのよ」
「休み始めたのはつい最近だからな。それまではずっと仕事だっただろ?」
「…そう言えばそうね」
納得してくれたようで何より。そう思った俺は必要なものを詰め込んだバックを肩にかけて「そんじゃ行ってくる。貴臣さんがセッティングしてくれたから無駄にできん」と靴を履いて言っておく。
「ちゃんと料理しろよ」
「ば、バカにしないでよ! これでもちゃんとできるのよ!!」
「……まぁ良いや。コンビニばかり使うなよ」
とりあえず釘を刺しておいて俺は運転免許を取りに部屋を出た。
感想等できればよろしくお願いします。




