どうしようもない業務
基本三千字前後を目指しております
深夜三時過ぎに帰ってリビングで寝ていた主を彼女の部屋のベッドへ運び、風呂入って俺もさっさと寝て。
六時の目覚ましで起きた俺は欠伸が止まらない中スーツを着て鞄を持ちリビングへ向かう。
ここは麗夏さんの妹である彩夏が借りている部屋である。2LDKのおかげで俺も一応この部屋に住んでいることになるのだが、そろそろこの部屋から出て行っても問題ない気がするのに出れないのはなぜだろうか?
頭が回らん…と眠い頭を動かしながらリビングへ着いた俺は鞄をソファに放り投げて腕を伸ばし、朝飯作るかと決意した。
「……って、何もねぇ。ちゃんと買ってないのかあいつ」
冷蔵庫の中身がほぼ空っぽという事実に頭が痛くなった俺は、このまま出勤した方が早い気がしたので起こさずに部屋を出ることにした。
とはいっても始業時間は午前八時半。ここから歩いても三十分なので早く着きすぎてしまう。
が、昼夜問わずに損害の報告が上がることがあるので実質今も会社は始まっているに等しい。
しかし滅茶苦茶なペースで報告が上がるのでぶっちゃけ行きたいと思わないがサボれないのでいくしかない。
せめてコンビニで朝食などを買い込むぐらいの寄り道は許してほしいと思いながら、会社まで残り半分といったところにあるコンビニへ立ち寄った。
アルバイトの店員の挨拶を背に受けて店を出る俺。両手に今日の朝食と栄養ドリンク、昼食に夕食に栄養ドリンクが入ったレジ袋を鞄と一緒になんとかもつ。
一気に買い込むんじゃなかったと後悔しながらも会社の道をのんびり歩いていると、一台の車が通り過ぎた。
結構な高級車と見受けられ、この時間にこの車通ることあるんだと感心しながら会社へ向かう。
「……やばいな。疲労が……」
中途半端に寝たせいか疲労の蓄積が早く、あと数分歩けば会社へたどり着くというのにそんな体力が残されていない。
俺はこの仕事で休んだことはない。というより、休めないというのが正しい。
年がら年中建物がヒーローたちのせいで壊れていくのだ。その修復をやってもらう資料を作らないといけないのだから休みなんてない。
まぁもとより休みなんてあっても邪魔なだけなのでどうでもいいことなのだが。
アドレナリン出てくんねぇかなとため息をついた俺は仕方なく一本のビンをレジ袋から取り出して一気に流し込み、空になった瓶を袋に戻し空元気を出して歩き出す。
うちの会社の表向きの終業時間は午後五時半なのだが、ぶっちゃけ仕事が立て込む(主に俺がダメだしして作り直させるから)せいで定時に終わったことなどない。残業代なんて終業時間から三時間分しか出していないから、とんでもなく不満がたまっているのだろうが、そんな声を聴いたことはない。以前飲み会で普通に聞いたところ、『以前配属された地域の仕事が雑すぎて嫌気がさしてた』という文句が出たことを覚えている。
うちの会社って変わり者ばっかだよな…と今更ながらの感想を抱きつつ会社の前にようやく到着。
裏から入るのが社員の普通なのだが、そんな体力なかったので普通に玄関から入る。
「ま、見事に誰もいないよな」
入り口のかぎを開けて入った俺は受付の方に人がいないことを確認し、入口の鍵を閉めて三階へ向かうことにした。
三階へ向かう途中。
階段をえっちらおっちらと上っていると、二階が何やら騒がしい。
この時間帯に社員がいる可能性は無きにしも非ずだが、これほど騒がしいことはなかった筈。ここまでだったら俺が起きてる。
一体どうしたんだろうかと二階の部屋――ワークルームを覗き込むと、なにやら必死に探し物をしている男が。
うちの社員で確か名前が……
「道宏さん。何探してるんですか?」
「え、あ、社長!? あ、すいません! ちょっと大切なものを探してまして……」
「そうすか。なら頑張って。何かあれば俺は三階の宿泊室にいるんで」
「あ、はい!」
そう言ってからあちこちを移動して探している反町道宏さん(35歳。男)。
余程重要なものなんだなと思いながら、そろそろ全員に掃除をしてもらった方がいいなと考えつつ階段を上った。
俺が宿泊室の冷蔵庫に買ったもの詰め込んで朝食を食べ終え、軽く準備運動をしていると、ドンドン、とノックの音がしたので「はい」と言って扉を開ける。
すると、道宏さんが先程より慌てた顔をしていた。
「手伝いますか?」
「は、はい。お願いします。なくしたと知られたら妻に怒られそうなので……」
一体どんなものを失くしたのだろうと思いながら部屋を出ると、蹲って頭を抱えていた。
「さっさと探しますよ。一体何を失くしたんです?」
「…………結婚指輪です」
「それは本当に大変じゃないですか……」
「そうなんですよ……」
更に気落ちする道宏さん。それを見た俺はため息をついて「どうしてそんな大事なもんなくせるんですか?」と質問した。
「いやそれが……家に帰ったらなかったことに気付いて。寄り道なんて何時も出来ないからここで失くしたんだろうと思って」
「家の中には?」
「探せませんよ。妻に何を言われるか……」
そりゃ大変だなと思いながら「どこで落としたか見当はついてるんですか?」と質問すると、「トイレとかしか思い浮かばないんですよね」と答えた。
だったらどうしたものかと思いながら「トイレはもう探したんですよね?」と訊くと「はい……」とテンションが低い声で答えた。
それだけで答えが分かったのでだとすると他にどこか落としそうな場所あったか…と考えていると、この空間に電話の音が鳴り響いた。
俺の携帯電話を取り出してみたが電話が鳴ってる様子はなかった。
となると……と思って道宏さんの方を見てみると、「あははは……なんだ。ありがとう」と乾いた笑いで返事をする姿があった。
解決したんだろうかと安堵していると、「……うん。うん。分かった。愛してるよ」と言って電話を切ったので話を聞いた。
「見つかったんで?」
「はい。家で。お恥ずかしながら、最近大切に保管していたのを忘れてました」
「まぁ良かった。ならちゃんと業務をこなしてくださいね。早目に終わったら帰って結構ですので」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
「……まぁ、其の前にチェックが通れたらの話ですけど」
「うわっ、それはきつい!」
という、朝の一幕。
一緒に探し回った際に散らばった資料などを片づけ、それが終わったところ八時になった。
「なんだかんだでもうすぐみんな来るね」
「そうっすね」
今は二階にある休憩室でお茶を飲みながらのんびりしている。上が道宏さんで下が俺。
この会社で敬語を使う人というのは結構いるが、こういう休憩のときや飲み会のときは完全に敬語が無くなる。
「にしても、この会社って本当とんでもないですよね」
「すまんね。妥協を許さなくて」
「まぁやめようとは思った。とんでもなくダメだししてきたせいで帰るの本当遅くなって。しかもお前年下だし」
「すまんね」
「まぁそのせいで逆にやめない意志が固まったな。年下にダメだしされまくってるなんてとんでもなくカッコ悪くて。こうなったらダメだしされない書類作って鼻を明かしてやろうって社員一同思ったんだよ。未だにダメだしされて全員で凹んでるけどな」
「……仲が良い様でよかった」
「ガキに負けてちゃ年上のメンツが丸つぶれだからな。そりゃ一致団結するって」
「あれ、社長に道宏さんじゃないですか。珍しい組み合わせですね」
「お、貴臣。今来たのか」
「ええ。連絡が特になかったので普通に来ました。社長は早いですね」
「ん? 三時過ぎに家に帰って就寝して六時ぐらいに起きて朝飯なかったからコンビニ寄ってさっさと来た」
「「……ん?」」
俺の言葉に二人は首を傾げた。
それほどおかしなことを言ってないのに首を傾げられる理由が分からないので訊ねると、秘書――貴臣さんが代表して質問してきた。
「あれ? 書類が終わったのって十二時ちょっとすぎでしたよね? 社長が住んでいる家って三十分ぐらいだと聞いていたんですが」
「帰り道にひったくり犯を捕まえて警察に拘束されていたんだよ」
「うわ深夜に災難だったな」
同情した表情を浮かべる道宏さん。それに同意するのか頷く貴臣さん。
「確かに災難だったが、こんなのまだまだ下の方なんだよな」
「……そりゃ笑えねぇって」
「いつも超然としているのってそのせいなんですね」
「まぁ。希望なんて早目に見ないことにしたらどうでもよくなった」
「どんなこと遭ったらそんな考えに至るんだよおい」
「ま、そんなのはどうでもいいだろ。今日も忙しい一日が始まるぞ」
「だな」「そうですね」
そう言って二人が頷いたのを見た俺は、先に立ち上がってから「そんじゃ頑張って資料作ってくれ。俺が一発でいいと言えるものをな」とプレッシャーをかけて休憩室を出た。