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説得業務

 さて――。

 今俺は会社にいない。午前十時であるのに、だ。


 休むわけにはいかないというのに何故いないのかというと、あまりにしつこいからだ。


 社長令嬢――綿貫真里菜の親である、綿貫正蔵氏が。


「まったく。社会の厳しさというか、自分の思い通りになんでも行くと思ってるから嫌なんだ……」


 着ている服はスーツ。これが終わったら速攻で会社へ戻る。というより、戻らないと仕事が終わらない。

 対処法なんて全く考えてないがもうなるようになるしかないなと決意を固めてから、緊張をほぐすためにため息をついて指定された場所――つまり彼女の自宅のインターホンを鳴らした。



 こうしてきた理由はこれ以上長引かせると本格的に業務に支障が出ると判断したため。なので執事が着た二日後の今日、俺はこうして説得するために来た。

 ちゃんと貴臣さん達には言ってある。苦笑しながらも『頑張ってください』とねぎらわれ、社員たちは『これはチャンスだ! 社長居なくてもミスの確認ぐらい自分でできるって証明するぞお前らぁ!!』と張り切っていた。研修生は完全に貴臣さんの手で矯正された様で、『そろそろ掃除だけやらせずに済みそうです』と呟いていたのを聞いた。実際どんなふうになったのかは知らないが、これなら大丈夫だろう。


 麗夏さんには言ってない。たかが個人的理由を上司に報告する必要性などないから。でも別口で知られてそうで今夜何言われるか分からない。


 どちらにせよ大変な役回りになっているのは事実だなと思いながら勝手に開いた門を「お邪魔しまーす」と言って入る。

 基本的に迎えが来るまで入らないだろうが、時間がない身としてはこの際作法なんて気に成らない。

 入ったら閉まった門を見た俺は再び溜息をついて緊張をほぐしていると、「ようこそおいで下さいました希望坂様」と名乗った覚えがないのに呼ばれた。


 まぁ協会につながっていたらそれぐらい簡単に流れるだろうなと思って驚かず、「すいませんが、こちらも時間がありません。挨拶もなんでしょうから、ささっと行きましょう」と本題へ促す。


「そうですな。お嬢様には何も言ってないのでどうなるか分かりませんが、ショック療法としては効き目はあるでしょうし」


 本当に、そこら辺は何とかなってほしいと切に願う。



 西洋の豪邸を思い浮かべてそれを日本の一等地に縮めた感じ……というのがこの家の印象である。玄関に通された俺は普通に靴を脱いで家に上がり、案内されるがまま二階へ向かう。

 時折すれ違う調度品や絵画の数々は趣味の一つなのだろうかと価値のわからない俺は考えていると、「こちらがお嬢様のお部屋になります」と言って執事がノックする。


「お嬢様。お客様をお連れいたしました」

『…………』


 返事がない。答えるのを拒否しているかのようだ。

 長丁場なんて嫌なので、俺は執事に「すいません。どうなるか分かりませんが俺に任せてもらえませんか?」と訊ねると、「分かりました」と一礼してその場を後にするので、「監視カメラを一時的に切ってもらえるとありがたいです」と付け足すと彼の足が止まった。


 が、それも一瞬。すぐさま何事もなかったかのように歩き出して消えてしまった。


 時間がないからさっさとやるか。そう思った俺は覚悟を決め、息を吸い込んでから怒鳴った。


「いい大人が何たった一回振られただけで引き籠ってんだよおい! そんなにお前は偉いのか!? お前なんか全然えらくもねぇ!! 偉いのはお前の親であってお前はただの七光りだ!! この」


 子供がぁ!! と続けようとした。が、それは彼女の部屋からのアクションでいえなかった。


『なんであなたがいるんですか!!』


 そんな叫び声とともに扉がガタガタ揺れたと思ったら俺に飛んできたせいで。

 蝶番の意味もなく外れた扉はそのまま物理法則関係なしに俺に激突。避けられず、また能力が発動しなかったので扉に当たった俺は踏ん張ったが、扉は更に進もうと動いたので俺は吹っ飛んで壁をぶち抜き、庭へ落下した。

 それなりに重さがあるので重力のまま落下し、背中と腹に衝撃が走る。


「ッ!!」


 悲鳴も上げられない痛み。肺にあった酸素はすべて吐き出し、意識が一瞬途切れる。


 が、それだけ(・・・・)。途切れた意識はすぐさま回復し、おもりとなっている扉を持ち上げて地面に置き、首を左右に曲げてから着崩れたスーツを直しつつポツリと呟いた。


「……念動力かよ。またやっかいな」


 二階を見上げる。人影が見えないので誰も覗いてないのだろう。

 壁の弁償とかマジで請求されたら嫌なんだが……と思いながら、玄関の方へ向かうことにした。


「大丈夫ですか?」

「まぁなんとか。身体だけは頑丈ですので」


 玄関に戻ってきたら執事の人が出迎えてくれたので今度は鞄を渡して先程の場所へ戻ることにした。



 俺は平然と人の好意を拒絶する。と、よく言われる。

 実際間違いではない。だから何度か険悪な雰囲気になったことがある。

 その度に注意されるのだが、俺は直せない。


 それは他人が知る必要性のない話。ただ己の身に起こった不幸の話。


 それとこれとは話が別だと言われることもあるが、人格形成などの話へ持っていくと黙りこくる。


 結局のところ俺のエゴなのだ。エゴなのだが……実際のところはどうなのだろうかと偶に考えることがある。


 二階へ上がったところ彼女が部屋から出てきたのが見えた。驚いているのだろう。

 こちらには時間がないので、その隙に彼女の元へ駆けだす。


 ――なにも拒絶することはないだろ。

 あの時なんて答えたんだったか俺と思いながら、飛んでくる壺を躱しつつ接近する。


 ――あなたは本当に『不幸』です。手を伸ばしても届かなかった、助けても叩き落された……何をしても最終的に裏切られるほどに。

 歯を食いしばって絵画の飛来を飛び越え、受け止め、受け流して思い出す。


 ――ですが(だが)、あなたも(お前も)助けられた。その『好意』を拒絶しないでここにいるのですから(だから)――


「……はっ」


 壺と絵画のコンビネーションを避けた先の燭台を顔面に受けた俺は、額から流れる血を気にせず鼻で笑い、そのまま懐に入り込む。

 クマが出来て目が充血している彼女の顔を見て台無しだなおいと思った俺は、念動力に捕まる前に彼女の頭に拳骨を叩き込み、気絶したのを抱えて確認し思い出した言葉を呟いた。


「…少なくともまだ『拒絶』するには早いでしょ……だったな。あの二人に同じこと言われて驚いたのに、覚えてないなんてな」


 そう思いながらこの廊下の惨状を見渡しただけで確認した俺は、これうちの会社じゃ直せないけどどうするかと現実的なことを考えながら執事の人が来るのを待った。



「しかし随分と派手にやったものですね……」

「俺は使った方じゃないんですが…すいません」


 暴走状態――先程の彼女のように制御できず能力が発動してしまう状態を何とかした後。

 俺は結局リビングで彼女が目を覚ますまで待つことにした。

 この年で暴走状態になるなんて余程だな…と思いながら巻いてもらった包帯を触り「これ、どうなりますかね」と質問する。

 それだけで理解したのか、執事の人は聞き返した。


「弁償、ですか?」

「ええ。うちの会社はこういったことでは取り合いませんので」

「そうなんですか……それは旦那様に相談するしかありません。その結果は電話でお伝えいたします」

「お願いします」

「うぅ…」


 現在午前十一時。昼位までには戻りたい。なんて考えていたらうめき声が聞こえたので彼女を寝かせたソファに執事の人と顔を向ける。

 すると彼女は体を起こしたようなので、「起きたか」と呼びかけた。

 彼女は俺を見て「あ……」と言ってから顔を背けた。


 露骨な反応に思わず笑いそうになりながら「これに懲りたらたかが叶わなかったとしても不貞腐れるなよ」と言って席を立ち帰ろうとしたところ、「あの……」と言われた……が、俺は聞かなかったことにしてそのまま部屋を出て行くことに。


「待ってください!」


 ドアノブに手を掛けたところそう言われたので止める。別に止まる理由はないが、反射的に。

 おとなしく振り返ると、彼女は立ち上がっており「ありがとうございました」と頭を下げていた。


「私のせいでお手間をおかけいたしまして」

「ああ。俺にも一応非があったから別にいい」


 話はそれだけかと首を傾げていると、「図々しいと思いますが、これからもまた会えますか?」と訊いてきた。

 聞いてる感じ本当に図々しいが、なんかもうそこら辺ここまで来たらどうでもよくなったのでため息をついて「逢えたらな。ちゃんと会社来たらアポイントメントとってくれ」と言って今度こそこの件を終わらせることにした。




 で、速攻で会社戻って仕事を全力でこなし、いつも通り十一時近くまでに転送してもいい基準までにして転送した。

 その際麗夏さんに『そう言えば今日派手にやったみたいね』と言われたが、「私は特に何もしていませんよ」と誤魔化してその話題を有耶無耶にした。


 ……だが、どうして麗夏さんの口調に棘があったのだろうか。謎である。

結局ラブなんて……

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