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邂逅業務

 混浴を逃れ、一人で風呂になんとか入れた俺は風呂上がりの一杯(但し牛乳)を飲んでから部屋に戻ろうとエレベーターを待っていたところ、着物を着た女性が俺を見て声を上げた。

 そちらの方を見たところ、先ほど俺が山にいた理由を思い出した。

 なので、ついつい憎らしげに声を漏らしてしまった。


「お前……」

「ご、ごめん!」


 そう言って別な方へ駆けて行こうとしたので、自分の声に気付いた俺はやっちまったと思いながら顔に手を当てつつ「待てよ」と呼び止める。

 あの時は完全に不意打ちだったために取り乱した。けれど、今はもう取り乱さない。こういう事もあると考慮すれば、俺の感情はすべからくコントロールできる。


 世界が合わないなら合わせなければ、俺はここでは生きていけないのだから。


 俺が呼び止めたのが予想外だったのか彼女は立ち止まって振り返り、「え……」と声を漏らす。

 黙っているとなんだかあれなので、俺の方からあいさつした。


「……久し振りだな。ヒーローにならないで就職したのか?」


 すると彼女は目に涙を浮かべながら驚き、「勤、君……なんだね?」と問いかけてきた。


「ああ。学校やめてもこうして社会人になれた」

「そうみたいだね……」


 そういうと彼女は近づいてきて「覚えてる? 私の事」と訊いてきたので封じた記憶を無理にこじ開けて顔が一致しそうな同級生を探し――見つけた。


「榊、だったか?」

「覚えてるんだ……あの時から思ったけど、記憶力すごいね」


 そう言って浮かべた涙を拭かず笑う彼女――榊波江。彼女は俺が退学した学校の同級生。あの件を知っている数少ない当事者で、確か魔法が使えたはず。どこか人の顔色をうかがっていたというのが印象に残っていた。


 さすがに言えるわけがないので、「あんな目に遭えば大体の奴らは覚える」と言っておく。

 途端に顔を伏せたので、まだ引きずってるんだなと思った俺はなんとなく頭に手を乗せてなでる。

 それに気付いた彼女は「な、何するの勤君」と慌てて顔を上げたので「ああ悪い」と言ってから言いたいことを口にした。


「お前らの事なんて恨んでねぇよ」

「え?」

「苛立ちは未だに覚えるが、そんな子供ばかりの感情でこの世の中生きていけない。それに、最終的に俺がこうして生活できてるんだぜ? 一生日の目を拝めないと思ってたのによ」

「……」

「だから殺したいとか思ってねぇ。いや思ってはいたがどうでもいいってのが本音だ。殺したところで元に戻るわけがないからな」

「……」


 そうあっけからんと言ったところ、何故か彼女のテンションが落ち込んでいた。

 首を傾げてみたところ、彼女は顔を上げて「……すごいね、勤君」と泣きそうな笑みを浮かべつつ言った。


「私には……無理だよ。そうやって割り切ることも、他の人達みたいにヒーローとして精力的に活動することも」


 そう言って告白する彼女。着物の裾を握りながらの言葉に、そりゃそうだろうと納得する。


 あの件が起こった俺らの学年の半分の人生が狂った。後に学園内で『地獄の学年』と呼ばれた俺達の中でヒーローとデビューしたのが一割、こうして普通に就職したのが七割。学校をやめたのが二割になる。


 内密に処理されたため事実を知っているのが俺らの学年とその当時の教師、そして協会の奴ら。故に下の学年はどうしてそんな風になっているのか理解していないだろう。


 ともかく。それほどまでに特殊な学年だった俺ら。その内の一人である彼女は、顕著に出たらしい。


 エレベーターがおりてきた音がするが俺は乗らず、彼女にハンカチを渡す。


「ほれ。仕事中なら涙拭け。怒られるぞ」

「うん……ごめん……」


 そう言ってハンカチを受け取り涙を拭く。落ち着いてくれればいいんだがなと思いながら待っていると、彼女は顔を上げた。


「……うん。ありがとう」

「どういたしまして。引き留めて悪かったが、仕事中なんだろ?」

「そうだった。それじゃぁね」


 そう言って彼女は先程の態度が嘘のように昔の元気な声でエレベーターに乗っていった。

 そのまま閉まってしまい、俺はもう一度降りてくるのを待たなくてはいけなくなったが。




 部屋に戻る。鍵がかかっていなかったので二人がいるのだろう。

 そう思って中に入ったところ、姉妹で何やら熱心に話し込んでいた。

 部屋に鍵をかけてそのまま進み、とりあえず声をかけずに和室にひいていある一つの布団に入ろうとしたところ、目敏く気付いた麗夏さんが「何寝ようとしてるの勤君」と止めた。


「もう九時だから寝てもいいでしょ。精神的に疲れたんです」


 実際疲れなんて気にならないが、ウソも方便。何もやる事ないなら寝るに限る。

 だがしかし。麗夏さんはジト目で睨んできた。


「ダメよ勤君。折角の休日で旅行なんだから、明日はどこへ行くか決めるの手伝って!」

「って、それ俺が持ってたパンフじゃないですか……」

「いいじゃない別に。混浴逃げたのだから」

「……それは普通だと思いますがね」


 なぜ自分みたいな奴と混浴したいのだろうかなんて考えたところで答えが出ないのでため息をついて問題をうやむやにした俺は、何処へ行きたいかという質問に少し考えて答えた。


「美術館、ですかね」

「勤さんそんな趣味あったの?」

「いや、絵画の構図とか勉強になりそうだと思って」

「「ハァ……」」


 なぜかため息をつかれた。しかも息ピッタリ。

 さすが姉妹だなと思っていると、麗夏さんが「ダメダメ仕事に関係するのは!」というので「だったら散策以外にやる事ないじゃないですか」と言うと、「それじゃ、遊園地いきましょう?」と提案された。


 特に否定することはなかったので頷くと、「はい決まり! 明日は遊び倒して帰るわよ!!」と麗夏さんの言葉で終わった。


 ……その日何故か俺が一人で寝ようとしたのに麗夏さんと彩夏が二つもある洋室のベッドをじゃんけんで決め、勝った麗夏さんが布団に入ろうとした俺を引っ張ってベッドに押しやってしまった。

 二人仲良く近い場所で寝ればいいのになんて思ったが、おとなしく彩夏が寝てしまったので釈然としないまま俺も寝た。






「で、どうでしたか旅行は?」

「まぁそれなりに楽しかったな……土産も渡したし」

「社長って処分するのに困らないお土産をくれるんでありがたいです」

「そいつはどうも……しかし」


 とまぁ旅行から帰ってきたその日から即刻仕事に戻ってきた俺なのだが、現在進行形で必死こいて仕事に追われている貴臣さんを見て一言。


「仕事ならするぞ?」

「いえ! 今日までは僕が仕事します!! 幸い皆さん自分で持ってきてくれるのでわざわざ取りに行くなんて手間はありませんから!」


 そう言って次々と書類を右へ左へ移動させていく。速度を見た感じ、やはり同じことをやっていたことがうかがえる。

 1枚ヒラリと飛んできた紙を拾い上げてざっと読んだ俺は、「なぁ」と作業が滞ることを承知で声をかけた。

 案の定手を止めた貴臣さんは「なんですか?」と訊いてきたので、拾った紙を見せて「この部分の数値ずれてないか?」と訊ねると、黙ったまま立ちあがってその紙を上から下まで凝視して……集中力が途切れたのか前のめりに倒れ込んだ。


 丁度いたので何とか支え、「少し寝てろ」と言って床に寝かせてから、溜まっていた書類の見直しから訂正を始めるのだった。


 ……こっちの方が本当にしっくり来るな。なんて思ったが、確実にワーカーホリックという不名誉をつけられそうなので口にする気はなかった。



 ちゃんと書類の不備を失くし終えたのが午前2時。麗夏さん達の電話に対して返事ができる時間でもなかったので、転送してから二人にメールを送って宿泊室で寝た。

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