迷子業務
誰しも飛び出したくなるでしょうね。
どのくらい走ったかはわからない。考えることもしたくないためにこうして走っているのだが。
過去の事を思い出して乗り越えるべきだという人間と、そんなものは乗り越えなくてもいいという考えの人間。俺は間違いなく後者の人間である。
というより、前者の人間というのはそれこそ主役級の人間のみがその勇気を持てるのだろう。そうでもない俺が乗り越えるなんて綺麗事いえる訳がない。
言ったところで実行できるわけでもない。それほどに人の闇というのは深いものが在る。
それを解決するには時間と自身の覚悟が必要になるのだろう。そんなものは俺にどちらもない。
これでいい。これ以上の事は出来ない。だから、やらない。
そうして否定して否定して否定して……この事を考えるのをやめる。俺にとってそれが最善で、それ以外はない。
どのくらい走っていたのだろうか。
気が付けば辺りは木々に囲まれており、俺は疲れにより歩いて呼吸を整えていた。
いくら疲れがすぐとれると言ってもそれは人より時間が早いというだけである。一瞬で回復するわけではない。
徐々に戻り始めた体力などを確認しながら周囲を見渡してスマホで時間を確認。
時刻は午後五時半。後三十分で夕食となる。
こりゃ間に合わなそうだなと冷静になった頭で考え、それでも旅館に戻るかと思い直すが、迂闊に動くと余計なことになりそうなのでその場に逗留する。
スマホは圏外。どうすることも出来ずにこのまま誰かに発見されるまで待つしかないのか……。
自分の能力を使って帰りたいと心底思ったが、これを使えば俺が定めたものを破り、なおかつデリャージャ――敵として認定され即刻あの場所へ連れ戻される。
別段それでも構わない気がしてきたが、それを良しとしない二人……いや多数思い出してしまったので溜め息をつく。
途方にくれるとはまさにこの事だな、と自嘲気味に言ったところで周囲に誰もいないので、見上げる。
分かりきっていたことだが、木々が生い茂っているせいで空が見えない。
正にムリゲー。どうやってこの状況を脱したものかと考えたいものだが、もはやこの場でどうにかできる自信がないので素直に胡坐をかく。
「どうしたものか……」
仕方がないので地面に寝転がって見えない空を見ることにした。
「なんというか……こういう暇潰しって心が安らぐな」
誰もいないという解放感か、どうにも自分の中の心が穏やかになってる気がする。麗夏さん達には悪いが。
やはりあの頃から自分の中で孤独が心の在り方になってしまっているのだ。一緒に居るということもそれはそれで楽しくもあるのだが、どうにも直ることはなさそうだ。
……だから俺がこのまま仕事出来ているのだろう。
これで社長令嬢みたいに告白されて受けていたら、間違いなく出向からの剥奪及び投獄もしくは転勤になるだろう。無論、外国の可能性が一番高い。
これ以上実験体になることはないだろうと思いながら深くため息をついたその時。
ガサリ、と地面から足音を感じ取った。
咄嗟に体を起こして立ち上がり、周囲を警戒するように戦う構えをとる。
だがそれ以降音が聞こえない。余程足音を消しているのか、それともただの幻聴だったのか。
どちらにせよ俺の秘密を知られない様に攻撃は受けたくないな。そう思って警戒し続けていると、ザッと足音が聞こえ、近くにいる事実を知り周囲を見渡す。
その時に一人の少女が目に留まったので、そちらに体を向けてから質問する。
「俺に何か用か?」
「……出たいの?」
見抜かれたのかそれともここに来る人すべてがそういう思考になるからか。直球でそんな質問が返ってきた訳はそのぐらいだろうとあたりをつけた俺は、「まぁな」と肩を竦める。
その態度は明らかに出たい人間の態度ではないのだろうが、俺の場合どちらでもいいという意味合いが含まれる。
確かに出たいには出たいが、ここから出れない方が俺自身にとっての都合がいいことがある。もちろん、世界にとってもだろう。
まぁ本音を言うと出たいが二割、出なければいけないが六割、別にでなくていいが二割なのだが。
そんな心情は理解してないだろうと踏んで黙っていると、少女は黙って俺に近づいて手を握り、「こっち」と言って歩き出した。
それにつられて歩くことになった俺は、余計なことを言わずに黙ってついていくことにした。
どのくらい歩いたのだろうか。時間を確認したくとも少女が手をつないで歩き続けるので手に取れない。
さすがにこれは罠だったかと思っていると、不意に少女は立ち止まった。
つられて俺も立ち止ると、少女は手を放して俺の方を向きこう述べた。
「……あなたの【出口】、深くて見つからない。……一体、何者?」
困ったようなその質問に、俺はこの空間が異空間なんだと悟った。
しかしながら対処法を知らないので「少しばかり人生に負い目のある人間だよ」と少しばかり隠す。
それに対し少女は追及せず、「なるほど……」と言ってから俺を突き飛ばした。
その瞬間俺は何かに飲み込まれるような感覚に陥り、視界が真っ暗に塗りつぶされた感覚を覚えた。
「あなたの『闇』は私達では『光』を差せない。だから、これ以上ここにいないで」
……結局、どこに行ってもお払い箱か、俺は。
塗りつぶされる直前に聞こえたその言葉にそう、思った。
「…………」
目が覚めたらどこかの山の前。どうやら俺は疲れ果てて寝ていたらしい。
確か俺は麗夏さん達と旅行に来てたはずなんだが……と思いスマホを見ると午後五時十分。
ふむ。外に出たのが四時ぐらいなので一時間足らずでここに来て誰も来てないことをいいことに寝ていたのだろうか。どうにも記憶が曖昧だ。
誰か会ったことがある奴と遭遇してこんなところまで来たような気がしなくもないが、今ではなんかどうでもよくなった。
とりあえず戻らないとまた怒られるなと考えた俺は、近くにあった紙を拾い、持っていた地図で現在位置を確認してから旅館に戻ることにした。
そこから歩くこと四十分ぐらい。一本道だったので簡単に戻って来れた俺は、エントランスまで来て待っていた麗夏さんと彩夏に当然怒られた。
そして夕食、風呂、就寝と一日が過ぎた。




