表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/44

紹介の割に長い業務

こんな会社誰でもやめそうなものですけどね……

 ヒーローというものに憧れたのは幼い頃。

 それになろうと頑張った青春時代。

 しかし現実はそのすべてを奪い、俺はそこを退学して一人彷徨っていた。


 そんな腐っていた俺をあの人が拾ってくれたおかげで幾分かましだが、それでも過去というのは時折自分を容赦なくえぐり取っていく。


 今では開き直って多少はマシになったが、当時の俺は世界に希望を見いだせていなかった。


 ……まぁ今も希望なんて抱いていないが。


「社長! 見積もりと報告書できました!!」

「他の奴らも急がせろよ。でないと面倒なんだから」

「はい!」


 一人椅子に座って書類を見ながら言うと、持ってきた奴は慌てて部屋を出て行った。

 盛大に音が聞こえるので少しは直してほしいものだが、言ったところで直らないだろうからやめておく。


 定時に帰れるのは果たして何年先になるかなと思いながら、俺は自分の部屋の窓から見える光景の中に煙が上っているのを見てため息をついた。





 ヒーロー。それは危機的状況に陥った時に颯爽と現れ人々を助ける人種。

 それは現代社会において普通に存在する。なぜなら超能力や魔法と言った超常的な能力を扱えるからである。

 それはつまり優劣が決められ、落ちこぼれが恨みつらみで社会を滅茶苦茶にするという構図が簡単にできているからである。

 理由は簡単。ヒーローとして適応しているかどうかが分かってしまうからだ。

 俺も一応望みはあったのだが、滅茶苦茶なことがあったせいでヒーローそのものになる願望すら抱かなくなった。


 元より希望という甘い糸に縋り付くたびに谷底に落とされてきた人生だったので堪えることではないのだろうが、その時の俺は完全に心ここに非ず状態になっていた。


 まぁそんな身の上話を聞いたところで興味のない奴にはどうでもいいだろうから名前と性別を紹介すると。


 俺の名前は希望坂勤(きぼうざかつとむ)。「希望を胸に真面目に働き幸せになってほしい」という願いを込められたそうだが、意に反して絶望に叩き落される人生を歩んでいる男。

 現在ヒーロー達が壊した建造物等を修理するために必要な書類・予算をまとめるという下請けの会社のトップを任されている。支部なので本当偉そうな事言えないが。


 なぜそんなものが必要なのか。そんなのは当たり前だ。壊す側の人間がいて、それが壊されると困る人がいるから存在する。それ以外に何がある?

 ぶっちゃけ人間の怪我などは保険で何とかできるが、建物に保険が適用されない。その上すぐにでも戻さないと大変なことになる。そこで俺達がいる会社のようなものが必要なのだ。


 とはいっても実質被害報告とそれに合わせた予算を俺の上司(本部の偉い人)に提出するだけの会社なのだが。


 俺の役割は担当する地域内で発生した戦闘関連によりぶっ壊れた建造物の報告及び修繕費等の予算が書かれた書類に不備がないか確かめるというもの。この仕事について二年で保険関係などを全部覚えさせられた時にはさすがに精神が参った。

 今では不備があったりダメなところをやり直しさせるのも板についてきた。そして年下だからと言って舐められることはなくなった。


 おかげで上司からは褒められボーナスがいい方らしいのだが、俺にとってそんな些末事はどうでもいい。

 ヒーローに絶望したが、結局ついた仕事は後始末関連。

 今日も今日とて豪快な破壊音が響き渡り、その度に俺達の仕事が増えていく。


 偶に帰らないと同居人に執拗な電話が鳴り響くから定時から最低二時間ぐらいまでに終わってくれればいいんだけどな……。


 今日で家に帰ってないのが二週間になるのか…などと思いながら、なかなか来ない書類に俺は机を枕に不貞寝した。



「社長!」

「……あ?」

「書類見てくださいって!」

「ああ」


 少しどうやら寝ていたらしく、先程書類を持ってきた秘書(厳密には違う。男)が慌てた様に起こす声で目が覚めた。


「さすがに五徹はしんどかったか」

「不眠不休で五日!? もしかしてずっと起きてたんですか!?」


 驚くそいつを無視して積み重なった書類の束を実ながら「ああ」と答えると「なんかすいません」と謝られた。


「別に。一週間ずっと寝てない&食事をロクにとらないで栄養失調で入院した時よりマシだ。この書類書き直し」

「それって、僕が入るより前ですか?」

「ああ。この書類は『学園』に届けろ。生徒の後始末なぞ知るか。本人に請求書でも送って脅しておけ」

「学園には届けますよ……って、大変な仕事ですね」

「どんな仕事も大変だ。楽なものは仕事なんて呼べん」

「まぁそうですね。僕もいろいろ手配したりなんだりで忙しいですし」

「……っと、提出されたのはこれで全部か?」

「はい」


 そう言われたので俺はため息をついて引出しから付箋を取り出し、報告書類の一つ一つにダメ出しの言葉を書いて貼っていき、「やり直させておけ」と返す。


「うわぁ……さすが麗夏さんお気に入りの社長ですね。どれもこれも他のところだったら通ってそうな書類ですのに」

「金額に不備があるなら面倒だし、何より手を抜くなど出来るかよ」

「他の支部の人たちにも聞いてほしい言葉ですね。それじゃ、僕は戻してきます」

「よろしく」


 頭を下げてから部屋を出て行った彼と同時に、まるで図ったようなタイミングで備え付けの電話が鳴りだした。

 面倒なので俺は電話に出ることにした。


「もしもし」

『ちょっと勤!? 今日で二週間帰って来てないでしょ!? いくら仕事だからってちゃんと帰ってきなさい!!』


 あまりのうるささに受話器を少し耳元から離し、終わったと思ってから返事をした。


「そもそもの話お前が勝手に『私の家に住みなさい』と言い出したのが切っ掛けであるのだが、俺はちゃんと言ったはずだ。『仕事あるから戻る事なんてほとんどないぞ』と。それでも強引に住ませたんだろうが俺を」

『あんたが行く当てなさそうだったからでしょ!? それに、約束したじゃない!』

「微塵も覚えがない」

『ごく稀には居るって!』

「だから戻らないんだろ」

『そのごく稀をさっさとしなさいよ! こっちは半年待ってるんだから!!』


 俺はため息をついてから電話の相手に言った。


「じゃぁ一回行ったらもういいな。俺ももう成人してるんだし」

『……えー』

「用件がそれだけなら切るぞ」

『ちょっ!』


 遠慮なしに電話を切ることにした。

 まったくあの女は……道すがらの縁というだけなのに。

 何とも面倒な奴だと思いながら、心の底で悪くないと思いつつ暇なので本を読むことにした。



 それから数時間後。景色を見るともう真っ暗で、時計を見ると定時をゆうに超え、深夜に差し掛かろうという時間帯。

 ようやくすべての報告書が提出できるレベルになったので秘書に「みんな帰していいぞ」と言って席を立ち、その書類全てを持って長時間いた部屋から出た。


 この建物は三階建てになっており、俺がいる部屋はもちろん三階。一階が受付及び相談室で、二階が資料作成の作業場となっている。

 無論、俺の部屋だけが三階にあるわけではなく、資料を俺の上司――麗夏さんに提出する装置が置かれている部屋、俺が寝泊まりしている部屋などが存在する。

 ぶっちゃけ二十四時間体制で仕事が回ってくるのでここに住んだ方がいいのだが、それを良しとしない奴が鬱陶しいため俺の現住所はここではない。


 これ提出したら帰るべきかこのまま泊るべきか。そう考えながら『立ち入り禁止』と書かれている扉を開けて中に入ると、『お疲れ様、勤君』と声が聞こえたので部屋の中央に視線を移す。

 そこに映っているのは映像。またはホログラムという。

 時折乱れて所々切れたりするが、別にそんなの互いに気にしない。

 俺は「麗夏さんこそ」と言いながら視線を左にある機械に移し、そこへ向かう。


 この部屋は、真ん中に投影機が存在し、周囲はそれにつないでる機械やらコードやらが置かれている。これでも部屋そのものが機械ではないのでスケール的には小さい方である。


 俺が書類を麗夏さんのところに転送する準備をしていると、『それにしても、相変わらずよくこんな時間までやっていられるわね』と言われたので作業をしながら答えた。


「そういう麗夏さんこそよくこの時間帯まで起きてますね」

『あら? 昼間寝ていたかもしれないわよ?』

「買い物とかするのに寝てる暇あるんですか?」

『そうね。意外とあるわよ』

「へぇ」

『なんてね。冗談よ冗談。被害状況は警察の方から聞いてるからある程度知ってるけど、直すには資料に目を通さないといけないし、上の承認を受けなければいけないから』

「すいませんねこの時間まで起きてもらって」


 他の地域だとその時間に建物の修復が終わるという話を聞いたことがあるので、ぶっちゃけていえば俺が担当する地域はものすごく遅いことになる。

 転送終了の文字が出るまで見ていると、『いいのよ。そんな勤君だから私はこうして任せているんだし。それに、うちの地域内が一番感謝されているのよ? もっと誇りを持ちなさい』と注意された。


「俺がやってる訳じゃないですよ。社員が頑張って正確にしてるだけです」

『そういうところは変わらないわね……ああそういえば』

「なんですか?」


 書類の転送が終わったので振り返る。すると、無事に届いた書類をパラパラとめくりながら『うちの妹の様子はどう?』と訊いてきた。


「元気そうでしたけど? 帰ってきなさいとか言ってましたが」

『いつも勤君の事聞かれるのよ、夕方とかに。少しは帰ったらどう?』

「……拾ってくれた恩は忘れてませんが、あそこが俺の家だという事実はありませんよ」

『拾って住まわせてる身としては、普通にあそこが勤君の家だと認識してるわよ』


 書類の建造物確かに直してくるわ。そう言って背を向けてそのまま歩いてしまい、麗夏さんは映像から消えた。

 残された俺は両腕を伸ばしてから、あそこまで強く言われたらなぁと根負けした事実に肩を落として部屋を出た。





 夜道。完全に深夜。

 麗夏さんに口で負けた俺は仕方なく帰ることになった。


 この地域では、この時間帯に麗夏さん達が活動を開始する。つまり、壊れた建物たちを元通りに戻すというもの。

 ちなみに。戻すのは能力を使うが、お金は発生し、それがどこから出ているのかというと壊したヒーローが本来受け取るべきだった全額から引かれている。更に言えば、壊れた建物に住んでいた人たちの家などが直るまでの間の宿泊費なども引かれる。橋を壊した場合は国なので特に天引きはないが、厳重注意された上に謹慎処分を受ける。


 今頃さっさと承認受けて現場いって直してるんだろうなと思いつつ歩いていると、不意に夕飯を食べていないことを思い出した。


 だが、今更食べに行くのが億劫なので別にいいかと思い直しそのまま帰路につく。


 と、そんな時に前方から叫び声が聞こえた。


「ひったくりーー!!」


 この道は一直線になっており、屋根にでも飛ばない限り見失うことはない。

 そして少し経つとひったくりの犯人であろう奴が道路を滑ってこちらに来た。

 そいつの影がはっきりと見え、男だと分かった時、丁度俺を通り過ぎようとしたので反射的にラリアットで地面に叩きつけてからこれまた反射的に腹部を踏みつける。


 コンクリートが割れるなんてことはないが、それでも男が気絶するぐらいの威力はあったようで。

 動かなくなった男を見下ろしながら落ちている女物のバックを拾った俺が待っていると、俺が向かおうとした方向から女性が駆けてきた。


 こいつがひったくりに遭ったのかと思いながら警察に電話していると、息を切らして女は立ち止まったので黙ってバックを突き出しつつひったくりの報告などをする。

 その連絡が終わったので電話を切ったが、腕が疲れているという事実に疑問を抱き視線を向けたところ、バックは未だ俺が持っていた。

 どういう事だろうと思いながら女性に視線を向けたところ、なぜか心配そうな顔をしていた。


「何か?」

「あの……足をどかさなくていいんですか?」


 言われて視線を下に向ける。まだ男の意識は戻って無いようだが、俺は延々と踏んでいた。

 女性にバックを投げた俺は犯人の男の腹部から足をどけてから起き上がらせ、意識のないまま上着を脱がせて手首を後ろで縛っておく。


 これでよし。そう思った俺が再び立ち上がったところ、遠慮がちに「あの、ありがとうございます」と頭を下げられた。


「いや別に。たまたま遭遇しただけなので」

「それでも助けて下さったのですからヒー」

「俺はヒーローじゃありませんよ。たまたま通りかかった会社員です」


 そうきっぱりと否定したところ、その女は目を丸くして驚いて「そういう人がまだいらしたのですね」と嬉しそうに言った。

 なんとなくこの女に合わせたら面倒になりそうなので沈黙で会話を切ると、丁度パトカーが来たのでナイスタイミングと思いつつ欠伸をした。




 まぁ事情聴取やらが淡々と行われ解放されたのは午前三時。

 返って寝ても二時間寝られるかどうかだなと思いながら署を出た俺は、警察が呼んでくれたタクシーに乗って帰った。


 女の方は知らん。

ではもう二話ほどあげます

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ