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第6話『覚醒』

 タクティスの異変に真っ先に気付いたのはマキナであった。


 (タクティスの体内から異質な力を感じます……!)


 きっかけはジュリアスが放った最初の一撃。

 精霊力に満ちたジュリアスの古代遺物(アーティファクト)、『スターゲイザー』の放つ衝撃波を食らってからタクティスの体に変化が生じたのだ。

 おそらく本人も気付いていないであろう彼自身の体の再構築。外見こそ変化は無いが、その内面では驚くほどに力の奔流が渦巻いていた。

 だが、タクティスの傍に駆け寄るわけには行かなかった。

 マキナが現在行っているのは、目の前の【ブラックボックス】に納められし古代兵器を封印することだ。精密作業なのでその場を動くことを許されない彼女は、吹き飛ばされていく主に背を向けなければならない。


 (……でも、これで!)


 一秒ごとに凄まじい情報交換を行う作業の中で、マキナは確実に遺跡の機能を操ってみせた。

 そして表面的なものではあったが、【ブラックボックス】に凍結命令を打ち込むことに成功する。

 後はタクティスの元に駆け寄るだけだ。そう考えた直後、マキナは後ろから乱暴に腕を掴まれた。どうやらジュリアスに捕まってしまったらしい。


 「これは思っていた以上に上玉だ! ドブネズミの中にもこんなに美しい女性が紛れ込んでいるんだな!」


 ジュリアスは実に楽しそうな声でマキナを傍に引き寄せる。そして弓形に歪んだ金色の瞳でマキナの顔をいやらしそうに観察し始めた。

 それは自分が優位な立場にいると信じて疑わない、人を見下すようないやらしい視線。自分こそが世界の中心だと本気で思っている人間の目である。

 ジュリアスがマキナを対等な人間だと微塵も思っていないことは明白だった。


 「……離して……ください!」


 所詮人形に過ぎない自分はそう思われても仕方がない。その筈なのに、マキナはその視線に激しい嫌悪感を覚えた。

 どうしてこんな感情が芽生えているのだろうか?

 マキナは今にも立ち上がろうとしているタクティスを見て、漠然とだがその答えを見出す。

 タクティスは初めて会った時から自分のことを人間として見てくれているのだ。所有者の身でありながら、一度たりとも自分を物扱いしたことがない。

 無論、まだ出会って一日しか経っていないことも関係しているのだろう。時が経って慣れが訪れてしまえば、平然と人形扱いし出すかもしれない。


 (だけど、きっとマスターはそんなことしない。……絶対に)


 不思議とそう断言することができた。

 この気持ちは何処から生じるものなのだろう。単純に彼がマスターだからそう思えるのだろうか?


 「駄目だね。君は悪い悪い盗人なんだ。この場で僕に裁かれる必要があるんだよ。……でも、そうだな。僕の奴隷になるっていうんなら君の安全は保障しようか」


 ジュリアスがマキナの顔を掴んで醜悪に微笑む。

 そんな彼の歪んだ顔を、マキナは何処か冷めた目で眺めていた。

 タクティスに対して抱く、名前の無い感情。この気持ちはマスター登録によって作り出された偽の感情なのかもしれない。だけど、きっとタクティスがマスターだったからこそ芽生えることができた感情なのだ。

 証拠なんてまるで無いのに、マキナは不思議とそう信じることができた。少なくとも目の前の男がマスターだったら、この感情が芽生えることも無かっただろう。

 そこまで考えたところで状況が変わった。

 ジュリアスはマキナから視線を外し、剣の切っ先をタクティスに向けた。


 「おいおい……。まさかまだ僕に歯向かうつもりかい? 盗賊はなるべく捕らえよと言われているけど、殺すなとまでは言われていないんだよ? この意味分かるよね」


 ジュリアスは鬱陶しそうにそう語る。しかし、タクティスは剣を構えたまま動かなかった。

 このままではタクティスが死んでしまうかもしれない。そう思った時、マキナは自分でも驚くほど大きな声を出していた。


 「タクティス……やめてください! この人が持つ『スターゲイザー』は振るだけで強力な衝撃波を放てる魔剣です! 貴方の剣では勝てません!」


 『スターゲイザー』は中距離攻撃に特化した古代遺物だ。その金色の刀身には精霊力が刻まれており、僅かな空気の振動さえ巨大な衝撃波に変えてしまう。

 しかも普通の魔剣と違って魔力を必要としない為、所有者は体力の続く限り無限に衝撃を放つことが出来るのだ。それはまさに弾切れ知らずの銃砲。普通の剣しか持たないタクティスではジュリアスに接近することさえできないだろう。

 それなのに、タクティスは恐れるどころか逆に笑っていた。しかも、急に調子に乗っていたジュリアスを馬鹿にし始めたのだ。


 (マスター! それ以上は危険です!)


 ジュリアスはプライドを傷付けられてこめかみに青筋を立てている。その様子から察するにいつ攻撃に転じてもおかしくはなかった。

 しかしタクティスの非難は終わらない。その紅い瞳には何処か憐れみが宿っているようにも見える。一体彼の目には何が見えているのだろうか。


「黙れぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」


 ジュリアスの怒声によってマキナの思考が断ち切られる。

 『スターゲイザー』の放つ黄金の波動がタクティスを切り裂き、辺りに鮮血の飛沫が舞った。


 「マスター!?」

 「ふはははは……僕を馬鹿にするからそんな目に遭うんだ。恨むなら愚かな自分を恨むんだな!」


 タクティスはその場に崩れ落ちたまま動かない。

 すっかりズタズタにされてしまった彼の黒コートが、赤い血を吸ってより暗い色に染まっていく。剥き出しになった上半身からは今も血溜まりを生み出し続ける深い裂傷が見え隠れしていた。


 「マスター……! 返事をしてください! 起きてください、マスター!」


 相棒のように名前を呼ぶ。そんな言いつけすら守ることを忘れて、マキナはひたすらタクティスに向けて手を伸ばした。


 「マスター!」


 主を失うことは道具(カラビト)にとって恐怖だ。しかし、マキナが今感じている恐怖はそれとは何処か異なる感情であった。

 まだ名前も知らない感情。感情とも呼べない漠然とした思い。それらがマキナの胸を強く苦しめ、瞳の奥から透明な雫を流させた。


 (――ッ!)


 部屋全体の空気が異質な物に変わったのはまさにそんな時だった。

 タクティスの中で渦巻く力が、突如外にまで溢れ出したのだ。すでに原形を留めていない彼の黒コートがその瞬間に弾け飛び、よりズタズタの布切れになって霧散していく。

 マキナとジュリアスは目の前で起こった光景に驚愕し、同時に目を見開いた。


 「クソ野郎が」


 マキナと目を合わせたタクティスは、怒気を孕ませた声を出してゆっくりと立ち上がった。

 その姿はまるで別人。

 肌は病的なまでに白くなり、両手の指先は獣のように鋭く尖っていた。おまけに煤けた茶髪はすっかり銀色に変色していて、体中には血脈のような蛍光色の模様が浮かび上がっている。

 しかしタクティスに起こった異変は外見だけではなかった。マキナはそのことに気が付き瞠目する。

 服が破れて外気に晒されてしまっている白く染まった上半身。そこには先程まであった筈の深い傷が何処にも見当たらないのだ。恐るべき治癒力である。

 

 「な、なんだこれは!? 変身系の古代遺物か!?」

 「……違います」


 ジュリアスの言葉をマキナは無意識に否定した。

 マキナの知識にこのような姿に変身する古代遺物など存在しない。存在する筈がない。

 そもそもタクティスから感じる力は精霊のものではなく、むしろそれに相反する力であった。

 何故彼が? どうしてその力を?

 マキナの頭の中で次々と疑問が溢れてくる。しかし、どれだけ考えようとも正しい答えなど誰にも分かる筈がない。

 何故ならそれはこの世界の概念だけでは図れない力。精霊すら与り知らない異界の力なのだから。


 「――魔人」


 かつてこの世界に侵略してきた敵の名前を、マキナはぽつりと呟いた。



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