第5話『王国調査団』
俺は後ろを振り返り、身の危険を嫌というほど感じ取った。きっと今鏡を見たら、俺は苦虫を噛み潰したような顔になっているだろう。
どうしてここに……!? いつから俺達の存在に気付いていた!?
たった一人で部屋の入口に立っているそいつは、トレジャーハンターにとって天敵とも呼べる男だった。
金色の刺繍で装飾された紺色の制服。それは王国が認定した遺跡の管理を任された者の証。
――王国調査団。それが男の正体だ。
悔しいがその男は凛々しい顔つきをしていて、金色のショートヘアがよく似合っている。ただ、同色の瞳が俺を無視してマキナをいやらしそうに見つめているのが物凄く残念だった。
「ふふふ。まさか僕が探していた遺跡を、こんなドブネズミ達が見つけてくれるとは思ってもいなかったよ」
「……王国調査団は、遺跡探索を中止していた筈じゃなかったのか」
「おや? 誰からそんな情報を聞いたのかな? ま、僕は今機嫌がいい。君の疑問に答えてあげようじゃないか」
男はそう言うと得意げに微笑んで、頼んでもいないのに勝手にべらべらと話し始めた。
「先に僕の名前を語っておこう。僕の名前はジュリアス。ジュリアス・ハールファイトだ!」
「別にあんたの名前なんて知りたくもねえよ!」
「なんだとっ!? ……まあ、いい。盗人の記憶力なんて別に期待していないからね」
どうやらジュリアスと名乗る男はかなりプライドが高いようだ。そして自分に酔いしれているのか、人の話を聞かないタイプだと見た。
俺はそっとマキナの方を見る。すると僅かに目が合い、彼女の意図を理解することができた。
やれやれ。イケメンと話をするのは大嫌いなんだけどな……。
どうやらマキナはこのまま古代遺物の封印を行うつもりらしい。だから俺のやるべきことは一つだ。
ちょうどジュリアスは俺の疑問に答えてくれるようだから、それを利用して何とか時間稼ぎを試みる!
「それで、王国調査団のジュリアス様がどうしてたった一人でここにいるんですかね?」
「決まっているだろう? “あの方”のご命令でこの遺跡の侵入路を確保する為さ」
「国王か」
「ふふふ。半分正解……とだけ答えておこう」
国王の命令じゃない? どういうことだ? 王国調査団に命令できる立場ってことは王族くらいの筈だが。
とにかく落ち着け。今は頭を使え。考えろ。もっと情報が欲しい。もっと話を聞きださないといけない。
俺は一度深呼吸をして、目の前のキザ野郎に視線を定めた。
「つまりお前がここを訪れたのは、この後に行われる大規模調査の下見ってことでいいんだな?」
「まあ、そんなところかな」
「それで俺達の後をつけて来たのか……いや、違うな。恐らくだが探知系の古代遺物を持っているんだな? だからお前一人でここまでやって来れたんだ」
「おやおや。盗人風情のくせに中々冴えてるじゃないか。……ところで、そちらの美しいお嬢さんは何をしているのかな?」
「「!?」」
もっと色々聞く予定があったのに、ジュリアスは話を切り上げてマキナの元に駆け始めた。
俺は咄嗟に腰から剣を引き抜いてジュリアスと対峙する。
「ふふふ。何のつもりかな? まさか僕に勝てるだなんて思ってないよね?」
「……んなこと微塵も思ってねえよ」
王国調査団がトレジャーハンターに恐れられている理由は大きく分けて二つある。
一つは統率された組織力だ。人海戦術に長けた彼等は、ほんの僅かな情報から連携して遺跡の探索に辺り、ほぼ確実に何らかの古代遺物を獲得してみせる。
そしてもう一つはもっと分かりやすくはっきりした理由……。
「だろうね。僕の愛剣『スターゲイザー』に掛かれば、君みたいなゴミはいとも容易く処理することが出来る」
「……攻撃特化の古代遺物!」
――王国調査団の団員は全員、何らかの攻撃系古代遺物を所持している!
「分かっているならそこをどけ!」
「ぐあああああっ!?」
ジュリアスは腰から金色の剣を引き抜き、ただそれを薙いだだけだった。
それだけで剣から星のような輝きを持つ衝撃波が生み出され、俺を容赦なく吹き飛ばす。
軽く体が宙を浮き、続いて背中に激しい激痛が走る。俺は肺の中の空気を全て吐き出し、しばらく呼吸ができなくなった。
その間にジュリアスはマキナを捕らえる。乱暴に腕を掴まれたマキナが顔に苦悶の表情を浮かばせていた。
「これは思っていた以上に上玉だ! ドブネズミの中にもこんなに美しい女性が紛れ込んでいるんだな!」
「……離して……ください!」
「駄目だね。君は悪い悪い盗人なんだ。この場で僕に裁かれる必要があるんだよ。……でも、そうだな。僕の奴隷になるっていうんなら君の安全は保障しようか」
ジュリアスは下衆な笑みを浮かべながらマキナの頬を片手で掴んだ。
最初のキザな雰囲気はもう何処にも見当たらない。これがこいつの本性か。
王国調査団にも色んな奴がいるが……こいつは最低の部類に入る男だ。師匠が見たらどう思うんだろうな。
俺は浅い呼吸を繰り返しながら立ち上がり、ジュリアスに向けて剣を構えた。
「おいおい……。まさかまだ僕に歯向かうつもりかい? 盗賊はなるべく捕らえよと言われているけど、殺すなとまでは言われていないんだよ? この意味分かるよね」
「タクティス……やめてください! この人が持つ『スターゲイザー』は振るだけで強力な衝撃波を放てる魔剣です! 貴方の剣では勝てません!」
マキナが焦燥を露にして叫ぶ。
あいつがあんなに感情を表に出すところ……初めて見たな。
俺は驚きのあまりマキナの忠告を殆ど聞き流していた。ただ、俺がどう足掻いたところでジュリアスには勝てないという事実だけははっきりしている。
「ははははは! いいぞ、もっと言ってやれ! 僕は最強なんだ!」
マキナの正確な分析がよほどお気に召したのか、ジュリアスは馬鹿みたいにそう叫んだ。
だけど俺は知っている。少なくとも、最強の剣士はお前じゃない。
目の前の男が滑稽に見えて、俺は思わず鼻で笑ってしまった。
「はっ! お前、王国調査団の中じゃ弱い方だろうが。あんまり誇張表現するのは良くないと思うぜ」
「な……に!?」
「そもそもの話。遺跡の下見って完璧に雑用の仕事じゃねーか。誰が命令したのか知らないが、お前はただの下っ端扱いされてるってことを自覚した方が良い」
「貴様……!」
「お前がその魔剣に頼ってるのも、自分が弱いことを悟られたくないからだよな? それで自分より弱い奴をいじめて強がってるとか……笑いを通り越して憐れに思えてくるぜ」
「黙れぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
俺が憐憫の眼差しを送ると、ジュリアスは癇癪を起こして『スターゲイザー』を振り下ろした。そして星の一撃があっという間に俺達の間合いを喰らい尽くし、激しい衝撃を生み出しながら俺の体に突き刺さる。
痛覚が麻痺したのか痛みは全く感じなかった。だけど、体を動かそうとしても動く気配はまるでない。俺は事切れた人形のようにその場に倒れ伏した。
「マスター!?」
「ふはははは……僕を馬鹿にするからそんな目に遭うんだ。恨むなら愚かな自分を恨むんだな!」
「マスター……! 返事をしてください! 起きてください、マスター!」
高笑いする男の声と、悲鳴にも似た女の声が暗闇の中で聞こえてきた。
やれやれ……煩いったらありゃしない。俺は無事だ。ちゃんと聞こえてる。ただ、体が動かないだけだ。
そういえば昔もこんなことがあったな。確かあの時はあいつが庇ってくれたんだっけ。
砕けていく足場に誰もいない廃墟。そして海に投げ出されていく子供の映像が俺の脳裏を通り過ぎる。
“アレ”があいつから俺に移る映像が鮮明に思い出された。
そうだ。
思い出した。
あの時、あいつが起動した古代遺物は――。
「マスター!」
殆ど叫ぶような声が聞こえ、俺の中で何かが切り替わった。
体に力が戻り、閉ざされた瞼が再び持ち上がる。
光を取り戻した視界の中で、俺は涙を零す少女の姿をはっきりと捉えた。
「クソ野郎が」