第4話『ゼロ遺跡』
手早く作った昼飯で腹を満たした後、夜までは何事もなく平穏な時間を過ごすことができた。
「できた」と過去形で話す以上、今は全く平穏な時間を過ごせていないということなんだが、そんなことはどうでもいい!
「とりあえず隠せ!」
「隠すものがありません」
「だあああああああああああああああああああああ!?」
人間と同じ構造をした古代遺物――【虚人】――であるマキナは人より丈夫に作られているとはいえ、定期的に体を洗浄しなければいけないらしかった。
すなわち、風呂に入りたいと言い出したわけだ。
俺も女の子なんだからそれくらい当然だと快諾し、浴室の使い方を簡単に説明してやった。その時俺は大事なことに気付くべきだったのに、一人暮らしが長かったせいか他人を泊める時に注意しなければいけないことに気付けなかったのだ。
俺の家には女が着る服も下着も置いていない。しかもマキナのやつ、頼んでもいないのに自分の服を一緒に洗ってしまったらしい。
その結果、マキナは生まれたままの姿で俺の前に現れやがった。
「別に服がなくても私の機能に支障はありませんから、気にしなくても結構ですよ?」
「気にしないわけがねえだろ!」
俺は今マキナに背を向けているわけだが、その行動はまるで無意味だった。不意打ちで見せられたマキナの裸体がしっかり網膜に焼き付いてしまっている。
水に濡れた髪は清らかな透明感を纏っていて、染み一つない玉の肌は実に柔らかそうだった。華奢なくせに女性としての膨らみをきちんと持っているところがまた魅力的に感じる。
あいつ、着痩せするタイプだったのか……!
馬鹿な思考が脳内をグルグルと駆け巡り、俺の体を熱くさせる。そんな自分を俺は心の中で叱咤した。
「と、とりあえず今はこれを着てろ!」
「了解しました」
俺はクローゼットからシャツを取り出してマキナのいる方に放り投げる。
そのシャツはマキナにとっては大きめで、見事に大事な所を隠してくれた。思わず安堵の溜息が零れる。
「今夜はそれで我慢してもらうとして、これからどうすっかなぁ……」
「私の服は特別な物ですから、朝には乾いて着れるようになると思いますよ」
「それは助かるんだけど、寝る場所とかまるで考えてなかったんだよ」
この部屋には寝室がない為、俺はいつもソファの上で眠っていた。しかしそうなるとマキナの寝る場所がなくなってしまう。
流石に女の子を床に寝かせるわけにはいかないし、ソファはマキナに譲ろう。そして俺が床に寝るか。下に毛布を敷けば寝心地も少しはマシになるだろ。
「私は床に寝ても平気です。タクティスこそ私のマスターなのですから、体を壊さないようソファをお使いください」
「お前はそういう気遣いしなくていいって。俺が勝手にそうしたいって言ってるだけなんだから」
「……はあ。了解しました」
クローゼットから取り出した薄い布を床に敷き、俺は壁に備え付けてあるスイッチに手を触れる。それを切り替えると天井につけられたランプが光を消した。
今まで白い光に照らされていた部屋の中は暗くなり、俺達の睡眠時間がやってくる。
「じゃあな。おやすみ」
「おやすみなさい、マスター」
久しくすることがなかった言葉のやり取りに俺は少しだけむず痒さを感じ、それでいて悪くない気分に包まれた。
その余韻に浸りたくて、俺は目を閉じながら小さな声でさっきと同じ言葉を口にする。
「おやすみ、マキナ」
*****
朝になると、マキナはすでに元の服に着替えて待機していた。
彼女の紅い瞳がまだ眠気の取れない俺の顔をじっと見下ろしている。
別に俺の傍に座るのは構わないが、できれば顔をマジマジと見つめないで欲しい。今まで寝顔を見られていたんだから、今更と言えば今更なんだけどな。
「おはようございます、マスター。……失礼、タクティスでしたね」
「……おはよう……ぐぅ」
「二度寝は非効率的ですよ。起きてください」
「ぐおお……! 馬鹿、そんなに頭揺らすな!」
あと五分寝たら目を覚ますつもりだったのに、融通の利かないマキナは俺の頭をガクガクと左右に揺らす。おかげで俺は気持ち悪い朝の覚醒を果たしてしまった。
まあ、起きてしまったものは仕方がない。俺もさっさと仕事用の服に着替えて簡単な朝食を用意することにした。昨日のうちに仕込んでおいた野菜のスープだ。
「タクティスは料理が得意なのですね」
「一人暮らしだからな」
「私にもできるでしょうか?」
「興味があるなら教えてやるよ。実際、お前が手伝ってくれると俺も楽になって助かるし」
俺達はそんな他愛のない話を交わしつつ、皿の中身を空にしていった。
俺は一杯で十分だったのに、マキナが三回もおかわりしやがったのはどういうことだ。
館の外に出るとまだ空は薄暗かった。
どうやら日が昇ってそれほど時間は経ってないようだ。今日は一日中遺跡に潜るつもりだったから、速く行動できたのは都合がいい。
俺達は昨日の打ち合わせどおり『ゼロ遺跡』へと向かった。
「でもさ、まだ誰にも発見されてないような遺跡を俺達だけで見つけられるのか?」
「場所は把握していますので、遺跡の中枢へ『アクセス』できれば入口を見つけることは容易です」
「『アクセス』ねぇ……」
遺跡に呼び掛けてこちらの意思を伝える行為……だとか説明されたけど、俺にはその意味がぼんやりとしか理解できなかった。
とにかく、マキナには遺跡の機能を一部操作する能力があるらしい。だからマキナができると言えば、それは本当にできることなんだろう。
まるで王都を取り囲むかのように、大量の黒い建造物があちこちの地面からその姿を晒している。俺はマキナの案内に従って東に足を進めた。
「……この辺りですね」
歩くだけで結構な時間を取られたが、なんとか目的地には辿り着けたようだ。
遺跡の欠片も見えない地面の上で、マキナは静かに目を閉じる。指を交互に重ねて手を合わせる仕草はまるで神に祈りを捧げるシスターのようで、普段の清楚な印象がより強くなったように感じた。
なんというか、精霊はこんな風に神秘的な存在だったんだろうな。単純に綺麗なだけじゃなくて、気安く手を触れられないというか……。
しばし見惚れていると、マキナがそっと目を開けた。
「入口が開いたようですね」
マキナは祈祷をやめて俺の方へと向き直った。その行動に合わせて、彼女の傍で突然地面が大きな口を開ける。
慌ててその入口に駆け寄ってみたところ、どうやらそれは地下へと続く階段になっているようだった。
「遺跡そのものが地面に埋まってんのか! そりゃ、今まで誰にも見つからなかったわけだぜ」
「ここが軍事施設である以上、魔人に破壊されるのを避けたかったようです。その結果、地面に隠すような構造をしているのだと思われます」
「なるほどなぁ」
遺跡の内部は、周囲の壁が光る材質で出来ているおかげで奥に進んでも明るいままだった。おまけに魔物の姿が見当たらないおかげで無駄な足止めを喰らう心配もない。
その辺りのことをマキナに聞いてみると、すぐに詳しい解説が返って来た。
「遺跡の殆どは『燐光石』という人工的に製造された石材で作られています。これは常に淡い光を放つ性質があり、外の光が当たらない内部でも光源を確保できるということで遺跡の建造に使用されたそうです。また、遺跡の各部屋に安置されている古代遺物はどれも魔物が嫌う精霊力を持っています。ここはまだ未踏の地で古代遺物も豊富に残っている筈ですから、魔物も遺跡内部に巣食うことができないのでしょう」
「なるほど、そういうことか。まあ……この遺跡の場合は入口が隠されていたから、魔物が入り込むこと自体不可能だったって理由もあるんだろうけどな」
「はい。この遺跡の場合はまさにその理由が一番の要因になりますね」
ちょっとした疑問を解消しつつ、遺跡の最深部まで難なく到着した俺達。そこには広めの空間があり、中央には黒くて大きな箱が鎮座してあった。
俺はその箱を見て、何となく既視間を覚えた。前にもあれに似たような物を見たことがあるような……。
とにかく……あの箱の中に入っているのが、マキナの危険視する古代兵器なんだな。マキナは封印するって言ってたけど、具体的にどうするつもりなんだろうか?
マキナがゆっくりと黒い箱に向かって歩き出す。俺もその後に続いた。
「そこまでだ! この遺跡荒らしの盗人め!」
だがそんな時、俺達を引き止める第三者の声が後ろの方から聞こえてきた。