第3話『古代(かこ)と現代(いま)』
東の大陸を統べるアストラル王国。その首都が王都ラクシアだ。
ラクシアは数多くの遺跡に囲まれていることもあって古代遺物の保有数が多く、回収した超技術によって他の街とは一線を画すほど発展を遂げている。
そのために周囲の人達から『遺跡都市』、『超技術の復元所』、『古代遺物の宝庫』など様々な呼び名を付けられていた。
「ここがタクティスの家……なのですか? 凄いですね」
「皮肉のつもりか?」
発展した都市と言っても、その中には廃れた区画が幾つか存在する。
例えば、用途不明の古代遺物を起動する際に使われる試験場や金の無い者達が集まる貧民街などがそうだ。そして俺の家がある場所もまたこれに該当している。
廃区画の一つに佇む廃れた館。そこが俺の家だ。
灰色の壁には亀裂が走っており、玄関口には扉が無い。そして内装も外観と同じくボロボロで、罅割れた床からは雑草が生えている。おまけに天井が半壊しているのでいつでも家の中から空を拝むことが出来るという文句なしのクソ物件。
マキナの言うとおり、ある意味では凄いと言える住居もどきだ。
「ここは人が住む環境ではないと思いますが」
「住みたいとも思わないだろうな」
俺は眉をひそめるマキナに笑いかけて、そのまま館の奥に進んだ。
館と言うだけあって部屋の数は多い。二階に七つ、一階に八つ。計十五箇所に部屋の扉が存在する。と言っても階段が途中で壊れているせいで二階に行くことはできない。
俺が扉を開けたのは玄関から左側にある一番奥の部屋だ。そこには部屋と言うものは無く、ただ地下へと続く階段だけがあった。
「なるほど。この館は周囲を欺く為に存在するのですね」
「そういうこと。俺の家は地下にある」
あまり深くない階段を降りた先にはベルの付いた木製の扉があり、それを開くと上の館とは段違いに整った部屋が現れる。
白を基調とした部屋の広さは中々のもので、俺とマキナが入っても窮屈な感じにはならない。ただし部屋の数が少なく、今いるキッチン付きのリビングを除けばトイレと浴室の二つだけだ。
リビングにはテーブルとソファが置かれており、隅の方にクローゼットと大きな本棚が一つずつ設置されている。
俺はその本棚に納まっていた数冊の本を取り出し、本の題名が見えるようにテーブルの上で横一列に並べた。
「これが俺の部屋にある本だな」
「なるほど。創作物語に歴史書、そしてこの世界の地理を網羅した書物と現在公開されている古代遺物の辞典ですね」
「ああ。全部今年に発行されたやつだから現在知識としては十分だと思うぜ」
「それは助かりますね。では早速【クイックリード】を開始します」
そう言うと、マキナは立ったままで片っ端から本のページを捲り始めた。
俺はその様子を見て戦慄する。
手の動きは超高速。顔は無表情。目は一度も瞬きをしていない。
それはまるで壊れた人形がひたすら同じ行動を繰り返しているかのようだ。本の扱いが乱暴すぎる。というか怖い。本気で怖い。
「お、おい。一応、ページを破らないように気をつけてくれよ」
「問題ありません。もう全ての本を読破しました」
「速っ! マジで言ってんのか!」
「マジです」
マキナが暴走したように手を動かし始めてまだ三十秒くらいしか経っていない。
歴史書なんて片手で持てないくらいぶ厚かった筈だぞ? どうやったらそんな簡単に膨大な知識を頭に詰め込めるんだよ!
俺ならここに並んである本を読むのにどれくらい時間が掛かるんだろうか。きちんと目を通したことが無いから想像できない。
……やっぱりマキナって、人間のようで人間じゃないんだな。この規格外の能力は間違いなく古代遺物のものだ。
「現代の知識を取り入れた結果、疑問点がいくつか浮かび上がりました」
「疑問点?」
マキナはようやくソファに腰掛け、隣をポンポンと叩きながらそう言った。どうやらここに座れ、ということらしい。
指示されたとおり俺が隣に座ると、マキナは世界地図が掲載された本を広げた。
そこには東西南北に分かれた四つの大陸と、その中央にぽつんと浮かぶ無人島が描かれている。
「かつてこれらの大陸は全て一つでした。ですが、魔人が襲来した時に発生した衝撃波によって大陸が今のように割れてしまったのです」
「! それって、魔人と精霊による戦争のことか?」
魔人と精霊の争いについては遺跡の文献に載っていたと、王国から公式発表されている。実際、俺も遺跡の中で何度か似たような内容の石碑を見たことがあった。
「はい。私の製造者……精霊達は当時のことを『大災厄』と呼んでいました」
「……それが、お前の言う疑問点とどう関わって来るんだ?」
「おそらくですが、島が一つ足りないのです」
その言葉を聞いて、俺は胸が疼くような痛みに襲われた。
砕けていく足場に誰もいない廃墟。そして海に投げ出されていく子供の映像が俺の脳裏を通り過ぎる。
「タクティス、どうかしましたか?」
「……何でもない。続けてくれ」
マキナが俺の異変に気付いて顔を覗き込んでくるが、俺はそれを拒んで話を続けさせた。
一瞬だけマキナが心配そうに眉を下げた気もしたが、今の俺にはそれを気にする余裕も無い。
「……現在の地図に載っている大陸を全て一つにしたと仮定する時、過去の大陸と同じ形にするには一部足りないんです。具体的には小さな島一つ分の面積が欠けてしまっています」
「島が欠けている……か。なるほどな。それは多分、消えたんだ」
「……そうでしょうね。歴史書にもそれらしい文面が載っていましたから」
マキナは頭がいい。これだけで俺が何を言いたいのか察したようだ。
俺は歴史書を手に取り、あるページを開いた。そこに載っているのは今から十年前に起こった謎の消滅事件。
俺はそのページに記された文章をゆっくりと読み上げた。
「アストラル王国の領内に含まれるグレイブ島が、突然闇の空間に呑み込まれるという現象が起こった。目撃者は数多く、その闇の空間は五分ほどでグレイブ島ごと消滅。生き残った島民はたった一人で、海を漂流していたところを当時の王国調査団に救われた。その生き残った島民はまだ七歳の少年だったそうだ」
「この不可思議な現象は現代の魔術でも不可能なことから、グレイブ島に眠っていた何らかの古代遺物が起動した結果起きたものだと研究者達は推測している。後に王国はこの現象を『ダークフォール』と名付けた」
俺の言葉を引き継ぎ、マキナが最後の一文を読み上げた。
俺と目が合ったマキナはとても悲しそうな表情をしていた。彼女が顔を伏せてしまうのを見て、俺は苦笑してしまう。
参ったな。俺は何も気にしていないってのに。
俺はマキナの頭を撫でながら、できるだけ明るい声で尋ねた。
「……お前の疑問点は、なぜグレイブ島が消滅したのかってことなんだな?」
「……はい。正確に言えば、この生き残ったという少年は一体どんな古代遺物を起動させてしまったのかを知りたかったのですが」
俺はその質問に答えられなかった。なぜなら“アレ”を解放したのは俺ではないからだ。
マキナは俺がいつまで経っても答えられないことを察して、それ以上は何も聞こうとはしなかった。
その後部屋の中に訪れたのは静寂。そして重苦しい沈黙だった。
ヤバイ。このままだと気まずい空気が流れたままだ。何とかしないと!
俺は今までのやり取りを一旦忘れて、仕事の話をすることにした。
「マキナ! そういえばお前、遺跡の中にどんな古代遺物が眠ってるのか分かるって言ってたよな?」
「あ、はい。過去の記憶と現在の情報を照合した結果、全てではありませんがある程度予測することは可能になりました」
「そうか! だったら明日の遺跡探索の為に、金になりそうな古代遺物の場所を教えてくれ!」
「了解しました」
どうやらマキナもこの空気を何とかしたかったらしい。返事はほぼ即答だった。
それからのマキナの行動は速い。地理の本からラクシア周辺について詳しく書かれたページを開き、指で遺跡の場所を示し始めた。
「まだ誰にも発見されていなさそうな遺跡は、ここから東に歩いて約三キロ地点にある『ゼロ遺跡』ですね」
「発見されてない……だと?」
「はい。現在公開されている遺跡には含まれておらず、なおかつ私の記憶に残っている遺跡を比較して割り出しました。王国が発見した遺跡の情報を秘匿していなければ、この『ゼロ遺跡』はまだ誰も足を踏み入れていない筈です。……それに封印しておきたい物がありますので、よろしければ明日はこの遺跡に挑戦してみませんか?」
マキナ曰く、遺跡の多くは精霊達が娯楽を求める為に作った施設の名残らしい。しかし、中には対魔人用の兵器を開発する為の軍事施設も存在し、マキナが指し示した『ゼロ遺跡』もその一つなのだそうだ。
そしてそういった遺跡の中には、大規模な被害を生み出しかねない危険な古代兵器が未だに残されているようだった。
「現代の文明に古代の兵器は過ぎた代物です。もし王国がその一つを発見してしまったのだとしたら、これ以上の発見は阻止するべきです」
「それで、その『ゼロ遺跡』に残されているっていう古代兵器を封印したいのか?」
「はい」
ふむ。いきなり話が飛躍したな。何で宝探しの話から兵器を封印とかいう面倒そうな話に変わるんだ?
しかも、マキナはさっき「これ以上の発見は阻止するべき」って言ったよな?
「……まさかとは思うが、過去に軍事施設だったっていう遺跡を発見するたびにそういうことをするつもりなのか?」
「当然です。古代遺物は世界を守る為に作られた物なのですから。……タクティスなら、分かってくれると信じています」
ただ遺跡の場所を教えてくれと頼んだだけなのに、予想外の答えが返ってきて正直なんて答えればいいのか分からない。
おまけにマキナが不安そうに俺を見上げてくるせいで、どうしても断ることに罪悪感を覚えてしまう。……こいつの表情が段々分かりやすくなっているのは、俺の気のせいか?
一つだけ分かっているのは、マキナが俺を信頼してくれていることだけだ。
俺の頭の中で過去の映像が過ぎる。
闇の中で消えていく俺の居場所。闇に飲まれていく家族や友人。闇に掴まれた俺。
そして崩れ去った故郷の島……か。なるほど、とんだ皮肉だな。全部見透かされてやがる。
思わず自嘲の笑みが零れた。そんな時、俺を助けてくれた師匠の言葉がふと脳裏に浮かび上がった。
『戦士としてのお前は限りなく弱い。だがお前は誰よりも深い悲しみを背負っている。だから人の苦しみを止める為に剣を持つのならば、きっと誰よりも強くなれる筈だ』
師匠はそう言って俺に稽古をつけてくれたのだ。結局俺は強くなれないままあの家を出てきてしまったが。
人の苦しみを止める……か。無理に決まってんだろ。俺を何だと思ってるんだ。
俺の中で答えが決まった。
「分かったよ」
別に人助けがしたいわけじゃない。世界平和を望んでるわけでもない。そんな英雄みたいな考えはクソ喰らえだ。
そう。俺はただあの苦しみをもう一度味わうのが嫌なだけだ。
罪滅ぼしみたいな綺麗な考えは一切無い。完全に自分自身の為。それ以外に俺が動く理由はない。
俺は適当に肩を竦めながら苦笑を浮かべた。
「面倒だがお前に付き合ってやる。でも、兵器以外の金目の物はきっちり頂いていくつもりだからな?」
「了解です。必ずタクティスを大金持ちにしてみせます」
俺の差し出した手をマキナが掴む。その顔は無表情な筈なのに、何処か不敵に笑っているようだった。だから俺も不敵に笑い返す。
そして俺達の気持ちが一つになったその瞬間、腹の音が二重になって部屋の中に響いた。
「……」
「……お腹が空きました」
そういえば俺達、まだ昼飯食ってなかったな。