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第2話『銀月亭』

 王都ラクシアの片隅にある小さな店。その店の名前は『銀月亭』と言う。表向きただの酒場として一般市民に親しまれているが、実際はトレジャーハンター専用の情報屋だ。

 俺のようなトレジャーハンターは世間に黙認されているとはいえ、その存在を王国に許されているわけじゃない。なにせ王国から見れば、トレジャーハンターというのは無許可で遺跡内を荒し回る盗人だ。今の世界では到底辿り着けないような貴重な技術の固まり、古代遺物(アーティファクト)を勝手に市場に流すような奴等を放って置く筈がない。

 だからこそ、トレジャーハンターは各地に点在する情報屋から王国調査団の動向を探ってもらっている。街中での遭遇ならともかく、遺跡内で鉢合わせをすると問答無用で捕まえられるからな。

 当然、俺がこの『銀月亭』を愛用しているのもその辺りが大きく関係している。今回訪れたのだって情報を買いに来たからに過ぎない。


 「なぁ……。お前、もう仕事戻れよ」

 「どうしてですか? 私が居ると邪魔なんですか!? そこのマキナさんとは一体どういったご関係なんですか! なんでタクティス君のことをマスターなんて呼んでいるんですか!」


 ……だと言うのに、どうしてこんな面倒臭いことになってるんだ?

 エリスは俺に詰め寄りながらマキナのことについてやたら質問してくる。そして当人のマキナは、何とも思ってないようなぼうっとした表情で突っ立ったままだ。マスターが胸倉を掴まれてるっていうのに、助けに来る様子は全く無い。

 というか、さっきから周囲の視線が痛い。興味本位で見ているだけならともかく、エリスのファン達から凄まじい殺気が放たれている。このまま店の入口に突っ立ってるのは不味いな。


 「エリス、とにかくだ。とにかく奥の席に行こう。話しはそれからだ」

 「……注文はちゃんと取ってくださいね」

 「じゃあカフィをひと……二つで」


 俺はエリスに場所の移動を提案し、飲み慣れたカフィを二人分注文した。本当はランチも頼みたいところだが、こんな状況だと食欲が起きそうにない。そもそもマキナは食事ができるのだろうか? まあ、無理だったら無理で構わないか。





 テーブルの上にはなぜかカフィの入ったカップが三つも置かれていた。

 その黒々とした液体をマキナが興味深そうに眺めている。


 「マスター。この黒い飲み物がカフィなのですか? 香ばしい匂いがします」

 「ああ。熱いから気をつけろよ。苦かったらそっちの瓶に入った砂糖を入れな」

 「了解です、マスター」


 マキナは淡い桜色の唇をゆっくりとカップに近づける。

 その動作をなんとなく見ていると、突然足に鈍痛が走って俺を正面に向けさせた。

 

  「エリス、何で俺の足を踏みつけた?」

  「……何をそんなに見惚れてるんですか」

  「え、いや、別にやましい気持ちは無かったぞ?」

  「言い訳はいいです。それよりも、この子は一体誰なんですか?」

  「私はマキナです」

  「それは分かってるんです!」

 

  本当にやましい気持ちはないのにエリスは信じてくれない。思っていた以上に不機嫌なようだ。しかもマキナの天然な発言のせいで、ますます険悪な雰囲気が生まれてしまった。

 さて、それにしてもマキナのことはどう説明するべきか。

 流石にマキナが古代遺物だということは秘密にするべきだろう。ここには俺以外にもたくさんのトレジャーハンターがいる。迂闊に事実を話すと、マキナが有象無象の連中に誘拐されかねない。せっかく命がけでこいつを手に入れたんだ。他の奴に売られてたまるか。


 「タクティス君、正直に答えて」

 「あー、その……」


 なんでエリスはそこまでマキナについて知りたがるんだ。いや、今はそんなことよりこの状況をどう切り抜けるべきかが重要だ。

 上手い言い訳が見つからず悩んでいると、いつの間にかカフィを飲み干していたマキナが突然口を開いた。


 「……私は、マスターのパートナーです」

 「パートナー……? それって、同じ仕事を手伝う仲間って意味ですか?」

 「その認識で構わないと思います」

 「仕事以外でのお付き合いは?」

 「無いと思います」


 エリスは何を思ったのか、マキナの目をじっと凝視した後、ふっと肩の力を抜いて微笑を浮かべた。


 「そう……なんだ。なら、恋人ってわけじゃないんだ」

 「は?」

 「あ、ううん! 何も言ってないよ!?」


 なぜか機嫌が元に戻ったエリスは、慌てながらカップに入ったカフィを飲み干して席を立った。そして俺に軽く謝罪をしてからその場を去っていく。……一体なんだったんだ?

 急な展開についていけなくなったのは本日二度目だ。わけが分からない。もしかすると、今日は本当に厄日なのかもしれない。


 「それにしても意外だな」

 「……何がですか?」


 首を傾げるマキナに、俺は思ったことを素直に伝える。


 「てっきり俺のモノだって言うのかと思ってたから」


 それを聞いたマキナは、ふと周囲を確認してから小声で話し始めた。


 「私は確かにマスターのモノです。ですが、それは他の人にあまり言いたくありませんでした」

 「なんで?」

 「私はもともと情報収集や計算処理を目的とした【虚人(カラビト)】です。ですから、ずっと周囲で飛び交っている会話の内容を記録し続けていました」

 「それって盗み聞き……」

 「その結果、私のような古代遺物はかなりの価値が見出されているということが分かりました。幸い私は人間と同じ構造をしていますので、自分の身を守る為に人間のふりをすることが最善だと判断したのです」

 「なるほどな」


 どうやらマキナは、自分がこの世界において『お宝』であるということを自覚したらしい。それで人間のふりをする為に、俺とは仕事上のパートナーだと公言したわけだ。でも、それだけで誤魔化せるものか?


 「お前の考えは分かった。でも、だったら俺のことをマスターって呼ぶのはやめた方が良いと思うぞ」

 「では、タクティス様と」

 「却下。俺のパートナーなんだろ? もっと相棒っぽく呼んでくれよ」

 「……タクティス」

 「それでいいな……って、何で不服そうなんだお前は」

 「私は貴方のモノですから」


 真顔でそう言われて、俺は柄にも無く狼狽えた。

 そんな俺を全く気にしていないマキナは、まだ中身の入ったカップを持って俺に差し出してくる。

 そういえば俺はまだ一口も飲んでいなかったな。有り難く受け取っておこう。

 すっかり温度を失っていたカフィはただ苦く、そして渋い。俺は一人、損をした気分になりながらカップの中身を空にした。

 これはカフィ好きにとって由々しき事態だ。後でエリスに文句を言っておこう。





 『銀月亭』は二階建てで、一階は一般人も楽しめる普通の酒場になっている。そして二階にはトレジャーハンターだけしか入れない大部屋があり、そこにはこの店の主人であると同時に情報屋を営んでいるおっさんが待機していた。

 名前はデュラン・ロイザート。この地方じゃ珍しい黒髪黒目という容姿を持ち、各地にも色々な店を展開している凄腕の商人だ。

 俺の顔を見るなり、デュランはソファの上に寝転がるのをやめた。


 「よう、タクティス。もう新しい情報が欲しいのか? その様子だと、やっぱり『マーキナー遺跡』は空っぽだったみたいだな」

 「まあな。むしろ魔物の群れに遭遇して死にそうになった」

 「ははははははっ! そりゃ災難だったな。でもそうか、魔物が群れを作ってたか。多分、古代遺物の放つ独特の魔力が消えちまったせいだろうな。後で王国に進言して立ち入り禁止にしてもらうか」


 デュランはトレジャーハンターに肩入れしているにも関わらず、それを隠して王国とも深い結びつきを持っている。具体的には探索不可能になった遺跡の情報を王国に無料で提供しているらしい。そして、そのついでに王国調査団の動向も掴んでくるわけだ。

 デュランはソファに座りなおしながら、俺の話を楽しそうに聞いていた。が、すぐに気を取り直したように真顔を作る。


 「早速商談に入るとするか。生憎と大した情報はまだ入荷していないから、今回は一〇〇〇〇マルクで構わないぜ?」

 「ツケで……」

 「却下だ」


 デュランはわざとらしくニヤリと笑う。

 くそっ、足下見やがって。俺がマーキナー遺跡で何か発見していれば、大した情報じゃなくても大金を要求してきたくせに。

 俺は肩を竦めてコートのポケットから金貨を一枚放り投げた。


 「よし、じゃあ教えよう。……最近、王国が妙なものを発見したらしい」

 「妙なもの?」


 空中で掴み取った金貨を胸ポケットにしまいながら、デュランは真剣な顔つきで話し始めた。


 「ああ。詳しいことは分かってないが、何処かの遺跡で『これまでとは一味違う古代遺物』ってやつを見つけたようだ。それが原因で、王国調査団も今は活動を中止している。だが近いうちに大規模な遺跡調査を始めるつもりでもあるらしい」

 「大規模な調査って……かなりヤバイじゃねーか!」

 「そうだな。懐を蓄えたいなら今のうちだと思うぜ。幸い、王都の周りは遺跡だらけだ。東方面はまだ未開遺跡が多いから、明日にでも探索に赴くことをお勧めするよ」

 「うっわ……マジかよ。でも聞いて良かった。忠告ありがとな」

 「おお、気が向いたらまた来いよ。大金持ってきてな!」


 調子のいいことを言うデュランの言葉を聞き流して、俺は部屋を退出した。

 廊下に出ると、階段の傍に待機していたマキナが俺の姿を見つけて歩み寄ってくる。


 「お疲れ様でした、タクティス」

 「別に疲れてはいないけど、ありがとな。でも何で一緒に中に入らなかったんだ?」

 「相手は情報屋です。もしデュランという方が私の正体に気付いたならば、きっとすぐにでも他の人間に私の情報を渡してしまうでしょう」

 「ああ、なるほどな」


 マキナは思ったよりも用心深い性格なんだな。それともただ自意識過剰なだけなのか。

 普段が無表情なだけに、俺はマキナが何を考えているのかちっとも理解できない。だが少なくとも、これまでの短い付き合いから俺より頭が良いことだけはよく分かった。

 俺はデュランから聞いた情報と明日の予定をマキナに伝え、何か気になることはないか尋ねてみた。


 「この話を聞いて、お前はどう思う?」

 「情報が少なすぎて何とも言えません。ただ、王国が発見した古代遺物というものが少しだけ気になります。戦略兵器の類でなければいいのですが」

 「ちょっ……怖いこと言うなよ」

 「ですが、可能性はゼロではありません。……何とかしてこの時代の地理を詳しく調べたいですね。そうすれば私の記憶に残っている過去の地図と比較して、この辺りの遺跡にどんな古代遺物が残っているのか分かる筈ですから」

 「マジかよ!? お前凄いな! よし、それなら家に帰るか。仕事に役立つと思って、地理や神話に関する本をいくつか置いてあるんだ」

 「了解しました。それでは早速タクティスの家に行きましょう」


 こうして俺達は午後の予定を決めて店を出ることにした。

 しかし、いざ玄関口に向かうとウェイトレスの一人に呼び止められてしまった。


 「お客様! お会計がまだですよ!」

 「あ、そういえば忘れてたな。悪い悪い。……で、いくらだっけ?」

 「はい。カフィ三人分ですから、三〇〇マルクになります!」


 値段を聞いて俺は耳を疑う。

 おかしい。俺は確か二人分しか頼んでいない筈だ。それなのに一人分多いのは一体どういうことだ?

 いや、考えるまでもない。俺と同じ答えを見出したマキナがぽつりと呟いた。


 「どうやらエリスさんの分が追加されているようですね」

 「あいつ……次会ったら絶対文句言ってやる!」

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