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第1話『名前』

 俺達は長い時間を歩き続けて、ようやく遺跡の外に辿り着いた。


 「はぁ……やっと出られた。ったく、あの階段長すぎだろ」

 「それは仕方がありません。私が保管されていたあの部屋は地上から約七〇〇メートル離れていましたから」

 「七〇〇メートル? 七〇〇メドルってことか?」

 「私はメドルという単位を知りませんが、恐らくそれで合っていると思います」


 遺跡の地下で見つけた女は、何故かそこらの学者よりも遺跡について詳しかった。

 俺がこうして地上に戻ってこれたのも、女が地上に直結している隠し階段の場所を知っていたからだ。

 一応、クソ長い階段を上っている間に遺跡に詳しい理由を尋ねて見たが、『システム管理』やら『アクセス』などの小難しい説明しか返って来なかった。結局、俺の知りたいことは何も分かっていない。


 「ま、とりあえず街に戻るか。これからのことも考えないといけないしな」

 「了解しました。ところで、マスターに一つだけお願いがあるのですが」

 「ん? 何だよ」

 「はい。私に『名前』をいただけないでしょうか?」

 「あ」


 そういえば、俺はまだこの女の名前を知らない。

 最初に何者なのか聞いた時に「貴方のモノです」なんて言われたからな……。あれのせいで名前のことを完全に失念していた。


 「……って、名前が無いのか? ほら、あの“カラビト”っていうのが名前なんじゃないのか?」

 「違います。【虚人(カラビト)】というのはあくまでも私達人工生命体の総称に過ぎません。無論、マスターがそれで良いと仰るのでしたらそう呼んでもらっても構いませんが」


 名前の無い女は極めて冷静にそう言った。それに対して俺は、女の発言に冷静ではいられなかった。

 今、こいつなんて言った?

 人工生命体? それって、あの伝説の古代遺物(アーティファクト)のことか!?

 トレジャーハンターなら、遺跡に足を踏み入れた者なら誰もが知っている造られし命の伝説。

 それは今の世では実現不可能と言われた古代の神秘だ。

 そんなとんでもない代物が、俺の目の前に立っているこの女だと!?


 「どうかしましたか? 口を開きっぱなしにして」

 「あ、いや……何でもない」


 普通に考えればとても信じられない話だ。だけど、こいつに限っては違う。普通じゃない。

 何故この女はあの遺跡の地下深くで眠っていた? 何故階段の隠し場所を知っていた? 何故こいつの話の中に理解できない単語が多く出てくるんだ?

 もしこいつこそがあの遺跡に残された『お宝』だったと考えれば、それらの辻褄が全て合う。当然、「私は貴方のモノ」という発言の意味も理解できる。

 俺は多分、この女に正式な所有者だと認められたんだ。理由はまったく分からんけども。


 「……名前、か」


 俺は女の姿を一瞥した。

 何処からどう見ても普通の女にしか見えない。少なくとも、高値で取引できそうな『お宝』だからって誰かに売りつける気にはなれなかった。

 次に俺はさっきまで自分が盗掘していた遺跡に目を向けた。

 黒い三角錐の形をした奇妙な遺跡。確かこの遺跡の名前は『マーキナー遺跡』だった筈だ。

 ……これは、流石に安直か?


 「マキナ……っていうのはどうだ?」

 「……それが私の『名前』ですか?」

 「嫌か?」

 「いえ。悪くないと思います。個体名称、『マキナ』で登録しました」


 相変わらず何の感情も込められていない声に俺は少々不安になった。

 俺の考えた名前を悪くないとは言ってくれたが、気に入ってもらえたのかはちっとも分からない。

 だけど、そんなに難しく考える必要は無さそうだ。

 女は――マキナは僅かだが、確かに微笑んでいたのだから。




*****




 今から約千年前――。

 この世界は『精霊』による超文明が栄えていたらしい。

 しかし、突如異界より現れた『魔人』と言われる敵と激しい戦いを繰り広げたことで、文明はあっという間に衰退してしまった。

 やがて奇跡と謳われたらしい超文明も過去のものとなり、今ではその名残が各地の遺跡に残されているに過ぎない。


 エリス・フリージアはそこまで読み、溜息を吐きながら本を閉じた。

 本の表紙には子供のような筆跡で『遺跡について~初級編~』と書かれている。

 もう何度も読み飽きた本だ。文章を見なくても中身をすらすらと復唱することだって出来る。それほど彼女は遺跡というものに興味を持ち、常日頃から遺跡の中を探索したいと夢見ていた。

 しかし現実は厳しく、今の彼女は酒場で働く店員の一人に過ぎない。


 「エリスちゃん、仕事中に読書するのは感心しないよ?」

 「ごめんごめん。これからちゃんと接客するから」


 勝手に休憩していたところを親友のカノンに諭され、エリスは真面目に仕事に取り掛かり始めた。

 宝石のような輝きを持つ蒼い瞳。波のように揺れる金色の髪は光沢に溢れている。美しいというより可愛らしいが似合う彼女は、いつものように明るい笑顔を浮かべていた。おまけにその細い体は酒場の制服であるメイド服を見事に着こなしている。

 そんなエリスはこの酒場、『銀月亭』の看板娘として店の客達に大人気だった。


 「エリスちゃーん! 今日もその制服似合ってるよー!」

 「馬鹿、それじゃまるで似合ってない日があるみたいだろーが。今すぐ死んで詫びろ」

 「酒が切れた! エリスちゃん、おかわり注いでくれない?」

 「はいはい。エリスは忙しいから私が相手してやりますよ」

 「え、いや、勘弁してくれ」

 「ちょっとそれどういう意味よ!?」


 酒場の中は今日も賑やかで騒がしい。当然エリスは店内を忙しく駆け回ることになるのだが、彼女は気のいい客たちが集まるこの酒場が好きだった。

 この場所では少し耳を澄ませるだけで色んな話が聞ける。その中でも遺跡に関する話はエリスにとって何よりも得がたい情報となっていた。

 王国調査団と一戦交えて逃げ延びた、トレジャーハンターの自慢話。

 戦闘時になると、何もない場所から剣を生み出すという古代遺物の情報。

 何処かの遺跡に眠ると言われる造られた命の伝説。

 エリスは今日もそんな話を耳にすることができた。しかし、それらはやはり前菜に過ぎない。


 (そろそろ帰ってくる頃だよね?)


 エリスにとってのメインディッシュ。それは遺跡の中を実際に踏破した者から直接聞く体験談であった。

 今の時間は昼を少し過ぎたくらい。知り合いのトレジャーハンターがいつも顔を見せる時間帯だ。だからこそエリスはそわそわして、その人物が来るのを待っていた。


 「ん? おい、タクティスじゃねーか!」

 「え!? あのタクティスが女連れだと!?」

 「タクティス! その後ろにいる可愛い子は何処で見つけたんだ!」

 「……お前だけは俺の味方だと思っていたのに。裏切り者は死ね」


 噂をすればなんとやら。

 エリスは目的の人物が店を訪れたことを知って、そちらの方に駆け寄った。玄関付近まで行くと、男達に取り囲まれた痩身の姿がはっきりと見えた。

 煤けたような茶色で半ば黒に近い髪に、炎のような紅い瞳を持つ少年。彼は遺跡から帰ったばかりなのか、仕事の際に身につけるという黒いコートを羽織ったままだ。

 エリスは普段より三割増しの笑顔でその少年を出迎えた。


 「タクティス君! いらっしゃいませ!」

 「よう。いつも出迎えありがとさん」

 「マスター。この方は一体誰なのですか? 詳細な情報を求めます」

 「いえいえ、気にしないでくだ……んん?」


 いつものやり取りに突然混じった女性の声。

 疑問を覚えたエリスはその声の主を目で追った。そしてその人物はすぐに見つかる。

 彼女は正面に立っている少年の後ろに立っていたのだ。


 「こいつは俺の幼馴染みで、名前はエリスだ。見てのとおりこの酒場で働いている」

 「なるほど。特にマスターを害するような人間ではないのですね?」

 「当たり前だろ。というかそんな奴と仲良くしねーよ」


 エリスを無視してその女性と親しげに話す少年。

 その光景に少しだけ胸の中がもやっとしたエリスは、できるだけ困惑する自分を隠して平静を保った。

 

 「あの、タクティス君……そちらの方は?」

 「私はマキナです」

 「あ、そう……ですか」


 少年が口を開く前に自ら名を明かした少女に対して、エリスは内心で「あんたには聞いてない!」と叫んだ。


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