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第0話『マスター』

 「――クソがぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 今日は厄日だ。間違いない。

 いつもと同じように遺跡を盗掘しに来た結果、俺は今、魔物の群れに追いかけられている。

 後ろから追撃してくるのは蜘蛛型の魔物、『ネットスパイダー』だ。

 頭部にある八個の単眼が黒く光り、胸部から生えた六対の脚が忙しく動いて俺との距離を詰めてきている。

 ヤバイ。このままじゃ死ぬ。というか、集団で追いかけてくるなよ気持ち悪い!

 ネットスパイダー達は涎を垂らしながらギチギチと上顎を鳴らしている。完全に俺を捕食対象として認識しているようだ。

 通路は一本道。戦況は一対多数で最悪。速度はネットスパイダーの方が僅かに上。

 あまりの状況に俺の頭の中は神に対する呪詛で埋め尽くされていた。


 『『『ギィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!』』』

 「煩い黙れ!」


 ……ああ、何か走馬灯が見えてきた。

 ヤバイ。ヤバイ。ヤバイ。

 俺は自分の死を悟り、歯を食いしばりながらも徐々に足から力を抜いていった。

 別に立ち止まって戦おうとは思っていない。なぜなら魔物を相手にする時は一対一で戦うのが定石だからだ。

 つまり、魔物が二体以上で襲ってきた時点で普通の人間には逃げの一択しか残されていない。そして裏を返せば、逃げられないという状況は死に直結するということになる。

 そう、逃げられない。

 俺の行く先に待ち受けていたのは……行き止まりという名の絶望だった。


 (あ、俺、死んだわ)


 現実を受け止められずに視界が揺れる。同時に俺は体のバランスを崩し、無様に床に倒れてしまった。俺の人生は完全に詰んだ。


 『『『ギィアアア!?』』』


 そう思っていたのだが、俺が魔物に食われて死ぬことは無かった。

 恐らく俺達がいるこの通路の真下は空洞になっていたんだろう。

 俺が倒れた場所はたまたま脆くなっていたようで、ネットスパイダーが俺の手前まで迫ってきた直後に床が呆気なく崩落した。

 現在、俺は数体のネットスパイダーと一緒に深い地下へと落ちている。

 あ、この高さはヤバイ。どっちみち、俺死んだな。

 ほんと神ってやつは使えない。こんな時こそ奇跡を見せろよ。

 一度は魔物に食われて死ぬことを覚悟した俺だ。もうこれくらいじゃ動じない。完全なまでの諦念が心に余裕を持たせてくれるとはなんとも皮肉な話だが。

 

 『ギャ!?』

 『ギイ!?』

 「痛っ! ……って、あれ?」


 俺は高い所から落ちたとは思えない微妙な衝撃に思わず間抜けな声を出した。

 辺りが暗くて良く見えないが、ここは間違いなく最下層の筈だ。じゃあ何で俺は生きている?

 足下の柔らかい感触に疑問を覚え、俺はそっと下を見る。そして後悔した。


 「うわぁああああああああああ!?」


 蜘蛛だ。巨大な蜘蛛の上に俺は乗っていた。

 俺は情けない悲鳴をあげながら咄嗟に蜘蛛から飛び降りる。着地した足下でぴちゃりと音が響いた。……血生臭い。というか、これは魔物の血だ。

 どうやらネットスパイダー達は直接地面に衝突して潰れてしまったらしい。俺が助かったのはその死体がクッションとなってくれたからか。

 嫌なことに、目が慣れてくると他の蜘蛛の死体も見つけることができた。


 「うへぇ、気持ち悪ぅ……! 早くここから離れよう」


 注意して目を凝らせば、辛うじてこの空間が何処かの部屋だということが分かる。俺は出口を探して部屋の中を歩き出した。

 部屋の中は割と広い。薄暗いので正確な広さは分からないが、部屋の端から端まで移動するのに数分は要するんじゃないだろうか。

 それにしてもこの部屋は一体何なんだ? まさか遺跡の真下にこんな空間があるなんて思いもしなかった。この遺跡は何度も訪れているが、地下に通じる道なんてものは見たことが無い。ということは、この空間は通常の方法では辿り着けない特殊な部屋ということになる。


 (そこまでして守りたい何かがここにはあるってことか? まさか……お宝?)


 目ぼしい古代遺物(アーティファクト)は既に同業者や国の調査隊に持ち出されたと思っていたが、まだ見つかっていないお宝がこの部屋の何処かで眠っているかもしれない。

 思わぬ可能性にトレジャーハンターとしての血が騒いだ。しかし、今は出口を見つける方が先だ。

 幸いにして、この部屋の出口らしい扉はすぐ近くにあった。どういう仕組みなのか分からないが、その扉は俺が近付いただけで簡単に開くようになっている。

 その先は今までいた薄暗い部屋と違って、明るい小部屋へと続いていた。

 部屋の中は大理石が床一面に敷き詰められていて、左右の壁に光源らしい光の球体が設置してある。そして何より俺の目を引いたのが、部屋の中央にぽつんと置かれた直方体の箱だった。

 その箱は木でもなければ石でもない、見たことの無いツルツルした素材で作られているようだ。大人が一人入れるかどうかの大きさで、奇妙な紋章が所々に刻まれている。

 ……古代人の棺桶、なのか? だとしたら中に入っているのはミイラってことになるよな?

 俺は悩んだ。

 個人的には死体に触りたいとは思わない。しかし王都(ラクシア)の博物館に持っていけばきっと大金になる筈だ。だが俺一人じゃどっちみち運ぶことができないし、そもそも出口がまだ見つかっていない。

 ま、一応中身だけ確認してみるか。案外、人形とか金貨が入ってるのかもしれないし。


 「ぐっ……重っ! うぐぐぐ……!」


 思った以上に箱の蓋は重かった。持ち上げることができず、少しだけ横にずらすことで何とか箱の中身が露になる。

 俺は期待を込めた眼差しでその中身を確認した。

 ……。

 …………。

 ………………え?


 「これって人間……いや、人形なのか?」


 俺は箱の中身を見て驚愕した。

 なぜならそこに入っていたのはミイラではなく、普通に眠っているようにしか見えない美少女だったからだ。

 淡い紫色の髪は腰に届くほど伸びていて、華奢な体の上にちょこんと整った童顔が乗っている。その身に纏う白のワンピースが彼女に清楚さを与えていた。

 人間にしては作り物めいた美しさがあり、人形にしては生きていると錯覚するほど本物に近い。でも人間がこんな場所にいるわけないし、やっぱり人形なんだろうな。だとしたらとんでもないお宝だ。きっと高値で売れるに違いない。

 試しに女の頬をつついてみた。指で押すたびに女の肌からプニプニとした感触が返ってくる。

 ……柔らかい。あれ、もしかしてこいつ、人形じゃない?

 ちょっと自信を失くした俺は、なんとなく女に話しかけてみることにした。

 

 「おーい。起きてるかー? 生きてるなら目を開けろぉー」

 「……」

 「ん?」


 今、一瞬だけ瞼が動いたような……? まさか、な。

 念の為に俺はもう一度女に呼びかけた。


 「おい。目を覚ませ。もう起きる時間だぞ」

 「――了解しました」

 「うおっ!? 目が開いた!」


 それは突然の出来事だった。

 女は急に目を開き、俺と同じ紅い色の瞳を光の下に晒した。俺は箱の中を覗き込むような体勢をしていたので、互いの目と目がばっちり合ってしまう。

 女は俺の目をじっと見つめている。……なんか気まずい。

 この後どうすればいいのか悩んでいると、女は抑揚の無い無機質な声で話しかけてきた。


 「貴方のお名前を教えてください」

 「は? 俺の名前? あ、えーと……俺の名前はタクティスだ。タクティス・ストレンジ」

 「了解。タクティス、で、マスター登録しました」

 「ま、ますたー?」

 「はい。貴方は私のマスターです。よろしくお願いします、マスター」


 女は箱の中から抜け出すと、俺に向かって頭を下げた。まるで「これから貴方のもとでお世話になります」みたいなニュアンスで。ちょっと待って欲しい。

 これは一体どういうことだ!? 何がどうしてこうなった? というかマスターって何だ!

 そもそも――。


 「――お前は一体何なんだ!?」


 俺の質問に、女は淡々とした口調で答える。


 「私は対魔人用として製造された、擬似精霊力搭載人型インターフェース――通称【虚人(カラビト)】です」

 「すまん。もう一回言ってくれ」

 「私は対魔人用として製造された、擬似精霊――」

 「言い方が悪かった! もっと分かりやすく説明してくれ!」


 俺は急に女の口から飛び出した小難しい説明に頭を抱えた。

 いきなり過ぎて何が何だか理解できない。何言ってんのかさっぱり分からん。

 そもそもこいつは人間なのか? “カラビト”とか聞こえたけど、それって結局何なんだ?

 俺の理解度が低いことを悟ったのか、女はしばし逡巡するように目を閉じた。

 

 「どうやら貴方と私の知識には大きな誤差があるようです。なので、分かりやすく一言で説明することにします」

 「何となく馬鹿にされたような気もするけど、頼む」


 そして女は実に分かりやすい回答をしてくれた。


 「私は――貴方のモノです」


 ……訂正。ちょっと何言ってんのか分かんない。


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