子分2号
投稿に間が空いてしまいました。
変わらず読んでいただけたら嬉しいです。
「ヘイゲンス君。今回は、ありがとう!」
「へ…………?」
目の前でヤンヴォルフ――ヘイゲンスにとっては、えらい人という認識でしかない――が、頭を下げている今の状態が、よくわからなかった。
エルフリーゼの子分宣言も良く分からないまま了承して、彼女の屋敷に連れられて来てみれば、村で一番えらい人に頭を下げてお礼を言われている。
いつも親たちが目の前の人に頭を下げているところは見たことはあっても、この人が頭を下げているところなどみたことなかったのだ。
「ふむ、リーゼ。お前もこっちにきてお礼を言いなさい」
「え…………」
一方のエルフリーゼは何故か、ヘイゲンスの横で胸を張って踏ん反りかえっていたのだが、ヤンヴォルフに呼ばれて顔が曇る。
「何度もになるが、ヘイゲンス君。君が娘に魔法を掛け続けてくれたから、今も娘がこうして立って歩き会話することができている。本当にありがとう!」
ヤンヴォルフはエルフリーゼの頭を掴んで下げさせながら、またお礼を言った。
エルフリーゼは、子分のヘイゲンスが厳格な――それでも、娘には激甘だが――父がお礼を言っている。そのことが、誇らしかったのだが気づけば父に頭をつかまれ一緒に子分に頭を下げていた。
何でだろうと傾げている、頭の弱い子状態のエルフリーゼはおいておいて、ヘイゲンスである。
自分が目指している魔法使いに、全くと言っていいほど到達はできていないけど、それでも自分が魔法を使うことで誰かの役に立てたことが嬉しくて、ヘイゲンスは涙を流していた。
何か思うところもあるのか、ヤンヴォルフは泣くヘイゲンスを見て微笑み再び声をかける。
「娘を助けてくれた礼だ。何かできることがあれば言えばいい」
そうは言われても、何を望めばいいのかも良く分からないヘイゲンスは涙を湛えた瞳でヤンヴォルフを見返すだけしかできない。
「じゃあ、あんた。子分なんだから、私と一緒に訓練しなさい!」
幼いゆえに薄い胸を張って、ヘイゲンスを指差しながらエルフリーゼは声を出す。
「あんた、魔法を使って倒れたんでしょ。きっと、本ばっか読んでて動かなかったからよ!だから、私と一緒に父様の訓練に参加しなさい」
「は、はい!」
肉体的な訓練をしたところで、魔法に関する力が伸びるわけではない。
しかし、魔法使いと呼ばれるほど研鑽をつんだ者の多くは兵士である。
それと言うのも、初級より上の魔力の使用量が多い魔法は攻撃的なものであるか、回復や身体強化などの補助的なものがほとんどである。
そういったことから、魔法使いは兵士として求められ、兵士となるものが多いのである。
また、兵士ではなかったとしても、身を守る術としてある程度の体術を使えることは望ましいと言えるだろう。
ヘイゲンスが、本当に魔法使いになれるのかどうかは置いといてそう考えた、ヤンヴォルフはエルフリーゼの提案に乗ることとした。
「ふむ。実際、リーゼの言うように体力を強化しても、魔法が使えるようになるわけではないのだが、体を動かすことは今後君がどういう道を進むことになっても必要になることだと思う。どうだろうか?リーゼと一緒に訓練するというのは」
「…………」
「もちろん、騎士としての訓練だ。生半可な訓練ではないし、今の君にはもちろん、リーゼ、お前にも辛いものになるだろう。しかし、魔法使いと呼ばれる者たちの多くは戦場に出ることが多い。そうなった時、体力はあったほうがいい」
どうしたらいいのか分からないと不安な目をしていたヘイゲンスだが、魔法使いの話になった途端に輝き始める。
「じゃ、じゃあ。魔法使いは体も鍛えたほうがいいんですね!!」
「あ、ああ」
「やります!やらせてください!!」
ヘイゲンスの豹変に驚きつつも、彼が訓練に参加することを了承する。
「よし!じゃあ、明日からは朝、日が見えるころには家の前に来なさい。もちろんのことだが、リーゼお前もだ」
エルフリーゼは、今まで早起きなどしたことがなく、それこそ昼近くまで寝てることも多かった――それも、ヤンヴォルフが甘やかしていたからではあるのだが。
早起きを嫌がるかとも思われたが、訓練に参加できることが嬉しいのか今はワクワク顔である。
これで、明日の朝ぐずらないことを祈るばかりである。
◆
ヘイゲンスがヤンヴォルフのもとに通うようになって、一年が経っていた。
朝、日が昇る前に畑に行く家族とともに起きて、ヤンヴォルフの家に向かう。
ヤンヴォルフが驚いたことに、エルフリーゼも一切ぐずらず、さぼらず、訓練に参加する。
エルフリーゼと合流したヘイゲンスは村を周回するように走る。最初こそ、一周も走れば息も絶え絶えだったヘイゲンスだった。しかし、今ではエルフリーゼとともに十週以上走っても軽く息が上がるだけとなった。
それから、朝食をごちそうになった後――朝食をヤンヴォルフが受け持つことでヘイゲンスの両親も納得した――、ヤンヴォルフやき従士たちに交じっての剣の訓練を行っていた。
剣の訓練に参加することに疑問を覚えたヘイゲンスだったが、戦場では身体強化などの補助魔法の使い手も重用されることを教えられ、そういった補助魔法も体の動かし方を知っているとより効率よく魔法が使えることを本より知り、積極的に参加するようになっていた。
攻撃的なひらめきこそないものの、体がどのように動きその際どう力が乗るかなどを意識しながら訓練に励んだためか攻撃を防ぐことに関してはそこそこの才能を見せていた。
一方のエルフリーゼは、攻撃に意識が行き過ぎることが多々あるが、従士の中にも負けるものが現れるくらいに、剣の才の気配を見せていた。
エルフリーゼとヘイゲンスの模擬戦も数多く行われたが、大体がヘイゲンスがひたすらにエルフリーゼの剣を防ぎ続け両者体力切れによる引き分けだった。そうでない時は、エルフリーゼの鋭い攻撃を防げなかったヘイゲンスの負けで、彼の勝利は一度もない。
しかし、ヘイゲンスが負けて悔しがることはなくなにかぶつぶつと言いながらエルフリーゼの攻撃動作をゆっくりと繰り返していた。そして、以降同じ攻撃は通用しなくなるということを繰り返していた。
幼いながらそこそこ強くなってきていた二人だが、実戦はあの事件以降一度もなかった。
午前の訓練が終わると、ヘイゲンスは家に戻り一旦仮眠を取っていた。
体力が向上してきたとはいえまだ、7,8歳の子供が早起きして朝から動き続けていれば疲れて動けなくなってしまう。
それでも、1,2時間ほどの仮眠から目を覚ますと魔法の勉強を始めるようになった。
事件以来、夢を目指す意欲が上昇していたヘイゲンスの識字能力はすでに両親を超えていた。
難解な魔導書も理解は置いておいて、読むことができるようになっていた。
家に多数ある魔導書を読んで、理解に努めていた。
それらから、いつからか仮眠後に”瞑想”を短時間でも行うようになっていた。
先生がいったことや、書物によると自分の中の魔力を知ろうとすることは、魔法を使う上でも魔力の向上においても重要とのことだったからである。
自分の中を覗き込むような瞑想は疲れるため、毎日行う魔法使いはいないが、彼は自分の魔力の向上を目指して日課としていた。
魔導書を読んでいるとしばしば――三日に一日くらいの頻度で――やはり仮眠を終えたエルフリーゼが訪問することがあった、窓から。
何故か毎回窓から入ってくるエルフリーゼは最初こそ本を読むヘイゲンスの横で大人しくしていたが、三回目の突撃時には飽きたのかヘイゲンスを外に連れ出すようになった。
ヘイゲンスにとっては、迷惑な話ではあるが力任せに外に連れ出され、村の子供たちが遊んでるそばで読書することにしていた。
エルフリーゼは動かないヘイゲンスを不思議そうに見ていたが、外に連れ出せばそれで満足なのか特に何かをいうこともなかった。
もっとも、場所を移動する場合やっぱり強制的に連れまわすので、いつしか駆け回るエルフリーゼの後ろを本を読みながら走って追っかける無駄な技術を取得するようになった。
二人だけが変化していったわけでなく、村も変化していた。
畑の拡大とそれに伴う村人が増加していた。
村が大きくなることはいいことではあるが、諍いなども増え、警備を担当する従士の仕事も増えており、最近ではあまり訓練をする時間が取れていない状況だった。
村内だけでなく、畑の巡回も人手を必要とするためヤンヴォルフは従士の増員をかけていた。
従士の増員は、エルフリーゼの年に近い子供がいることが条件となっていた。
というのも、家訓の成人の旅路には同行者をつける。しかし、丁度いい年代の子供が今の従士の家にはいなかったため、エルフリーゼの旅路に同行者の選抜が悩みとなっていたからである。
そして、今日エルフリーゼの同行者候補を含めた従士の一家が越してくることとなっていた。
◆
ドザークは今年10歳になる従士の息子だ。
同年代の少年たちに比べ、体格に恵まれ従士の子供たちの中では負け知らずだった。
もっとも、体格にものをいわした力任せの攻撃のため子供では耐えられなかっただけで、大人たちには全く歯が立たない状態だ。
といっても、大人と自分とでは体格にも多少の差があるし、経験も違うんだから当然と思い、訓練にもあまり真剣に参加していなかった。
自分は、同世代では負け知らずだ。
このまま、年を重ねていけばもっと強くなる。
大した訓練もしないで勝ててしまっていたことで、天狗になっていた。
そんなある日、父親が開拓村に引っ越すという。
正直、そんな辺境の村になど行きたくなかったが、親の言うことには従わなくてはいけなかった。
話によると、昔戦場で父親を助けた人物が治めている村らしい。
その男の戦場での活躍を口下手な父親がぽつぽつと語って、母親を説得している姿に少し興味を覚えた。
そんなに強い男の従者になったらきっと自分も強くなるだろうと、そう思ったからだ。
しかし、引っ越しの道すがらの話によると自分は父親を助けた人物の従者ではなく、その娘の従者となるという。
ドザークは一気にやる気をなくした。
女の従者なんぞやったところで強くなるわけがないと。
誰の従者になるかなどでは、強くはなれないと理解しないままに村に着く。
開拓村というだけあって、活気こそあれど今まで住んでいた町と比べてすすけて見えてやる気がどんどんなくなっていった。
着いた日こそ新しい主人へのあいさつと、荷物をある程度片づけるだけで終わった。
しかし、翌朝から訓練が始まるというのでドザークはげんなりしていた。
確かに、この村を治める騎士は壮年とは思えないほど、がっしりとした体格で風格が漂っていた。
でも、自分の主人はこの男ではないと思うと落胆の気持ちが抑えきれなかった。
ちなみに、自分の主人になるはずの娘はその席にはいなかった。
よっぽど訓練などさぼってしまおうかとも思ったが、威厳に満ちた騎士に自分の実力を見てもらい、ぜひ騎士の従士として取り立ててもらおうと切り替え意気揚々と訓練の場へと向かった。
◆
「あんたが、あたしの子分2号ね!」
訓練場に着いたドザークの目の前には、7,8歳くらいの少女が木剣片手にふんぞり返っていた。
その後ろには、やはり同年代くらいの少年が木剣片手に何か考え事でもしているのかこちらを見ないでぶつぶつと呟いている。
こんな偉そうな、自分の胸にも満たない身長の少女が自分の主人かと思うと、やはりげんなりしてきていた。
「いいわ!腕を見てあげるわ!勝負しなさい!!」
主人が従士より弱くても構わないのだが、子分なら自分のほうが強くなくてはいけないと思ったエルフリーゼは目の前の大人とさして変わらない体格の子分2号に試合を申し込むのだった。
一方のドザークは、まさかこんな小さい少女から試合を申し込まれるとは思わなかったのと、仮とはいえ主人と剣を交えてよいのかと迷っていた。
「うむ。腕を見るのにはちょうどいいか。ドザーク君、娘と試合してみなさい」
ヤンヴォルフからの許しを得たことで、腕前を披露する丁度いい機会だと鼻息が荒くなる。
一方のエルフリーゼはさっきまでの意気が嘘のように静まり返っている。
ドザークはそれを実際にやることになってしまって怖くなってしまったと勘違いして、ケガさせないようにと気を付けないとと無駄な気遣いを始めていた
二人が見合ったのを確認して、ヤンヴォルフが手を挙げる。
「はじめ!」
――ッパン!
ヤンヴォルフが手を下すと同時に、風のように踏み込んだエルフリーゼの木剣がドザークの太ももに振り下ろされていた。
エルフリーゼの手加減のおかげで痛みをほとんど感じはしなかったが、彼女の動きが全く見えてなかったドザークは慌てていた。
こんな小さな少女に負けるはずが無いという自負と、何もできず致命傷ではないが継戦困難な部位へのダメージを負わされたことで頭がぐるぐる回っていた。
「さ、三本勝負だ!つ、次は本気を出してやる!!」
それでも、折れかかった天狗の鼻で必死の虚勢をはる。
「……いいわよ。次は、右肩を狙ってあげる。防ぎなさいよ」
一方のエルフリーゼは、落胆こそしないもののドザークを見切り始めていた。
ドザークも、少女に舐められていることに――しかも肩など身長差から飛びかからないと届かない位置だ――怒りを感じるが、それ以上に防がないといけないと彼女の一挙一投足に集中する。
やはり、ヤンヴォルフが手を振り上げ、振り下ろす。
「はじめ!」
宣言通り正面から羽でも生えたかのようにエルフリーゼが飛びかかってくる。
もし、飛びかかってくるなら叩き落としてやると思っていたドザークだがその速さに行動に移せず、かろうじて右肩に木剣を引き寄せて防ぐことしかできない。
「よく、できましたっ!」
防がれたにも関わらず、ドザークに褒めの言葉を投げかけると木剣を軸に再度自分の体を空に跳ね上げる。
体が軽いエルフリーゼならではの奇想天外な動き、それに経験のまだまだ浅いドザークは驚いてしまい続いて降ってきた右肩への剣撃により木剣を取り落してしまう。
そして、思わず木剣を拾おうとかがめた上半身、その右肩にそっとエルフリーゼの木剣が添えられる。
「う~ん、あんた訓練してないでしょ。ついでだし、ヒースと試合でもしてみなさい」
「ふむ。確かに、リーゼとの試合だけでの判断は早計かな。ヘイゲンス君もいいかな?」
「リーゼに言われたら、僕に拒否権はないので……」
ヘイゲンスがエルフリーゼの子分となってから、お互いの呼び方は変わっていた。
とはいえ、ヘイゲンスがエルフリーゼに絶対服従を強いられていることには変わりはなかった。
幼女に負けたことでぽっきり折れた鼻だが、それでもまだ、まだ挽回できる、と険しい表情だがどこか泣きそうな目をしてヘイゲンスを睨み付ける。
エルフリーゼと入れ替わりにヘイゲンスがドザークの正面で構える。
それを見て、三度ヤンヴォルフが振り下ろす。
「はぁっ!」
エルフリーゼと同等の素早さを警戒していたが、彼女とは違い開始位置から動かずじっと観察するように自分を見るヘイゲンスを確認したドザークは、勢いよく――不用意に――間合いを詰めて、木剣を振り下ろす。
相手の怪我がどうのと気遣いができないくらい焦燥しているドザークの一撃は、その体格もあり下手すれば撲殺もありそうな勢いを持っていた。
しかし、木剣はヘイゲンスのわずか右の地面を叩いて終わる。
ヘイゲンスが振り下ろされる木剣に対して、ほんの少し真横から力を加えて受け流した結果だった。
渾身の一撃だっただけに大きな隙をさらしてしまったことに、大いに慌てたドザークだったがヘイゲンスはやはりじっと見て観察している。
まだ負けていない、その気持ちで連続で木剣を振り回す。
それをヘイゲンスは受け流し、はじき返し、受け止め、絡め取り……とその身に攻撃を届かせない。
筋量で圧倒的に負けているも関わらず、受け流すだけでなく、時には止めて見せる姿に驚愕を覚えるドザークだが、実際は力が乗り切る前に一歩踏み込んで止めているという格好だった。
そして、ドザークとしては恐怖を感じるのがいくら空振りしようが、流されて体勢が崩れようが、ヘイゲンスが全く攻撃してこないことだった。
いつ来るかわからない、どうして来ないのか分からない攻撃により焦りどんどんと大振りになっていく。
何十合打ち込んだかわからないが、そのすべてを一切触れさせずドザークは力尽きて倒れる。
「ま、負けました……」
エルフリーゼとの試合でも負けを認めなかった――認める余裕がなかったとも――のだが、自分は地面に倒れ息ひとつ乱れない幼い少年に見下ろされているヘイゲンスに格好は認めるほかなかった。
「……こんなものかな。むしろ、その年であんだけヘイゲンスに打ち込めるのはよし!明日から訓練に励みなさい!」
ヤンヴォルフからの評価は地に落ちたと思っていたが、予想外に高かった。
実際に評価されたのは剣の腕ではなく、何十と打ち込んだ気持ちの折れなさだった。
というのも、攻撃しないヘイゲンスは相対してみると不気味で仕方がない。それで、こちらの攻撃が届けば安心できるのだが鉄壁の防御で一切その身に届かせない。結果、自分のプライドに聞き分けの良くなってしまっている大人たち――従士たちは早々に負けを認めてしまうことがままある。ヤンヴォルフがそれを認めないのだが。
十数回で折れてしまう者もいるというのに、まだまだ拙いが初見で何十と打ち込んで見せたドザークは一定以上評価されていた。
「まだまだね……。私の子分2号なんだから、せめてヘイゲンスに一撃でも打ち込めるようにがんばりなさい!」
一方の直接の主人となるエルフリーゼは、自分でもヘイゲンスにあてることは至難ということはわきに置いて、ドザークを叱咤する。
これが、エルフリーゼの子分2号――ドザークが村にやってきた時の出来事である。
ヘイゲンスが後に魔法で大成するのに対して、これ以降真面目に訓練にいそしむことになるドザークは二つ名をつけられるほどの剣士となっていく。
こんだけの文章量に時間かけすぎですね(苦笑)
まだまだ、プロローグ部分から抜け切っていないのでがんばらないと!