エルフリーゼと事件のあらまし
ヘイゲンスの村の領主である、騎士ヤンヴォルフ・ハドインには三人の子供がいる。
辺境伯の騎士団に所属している長男。
家で、旅立ちのための修行と準備をしている次男。
そして、今回大怪我を追った娘である。
◆
娘はエルフリーゼという。
よく言えば、活発な娘である。悪く言えば、乱暴者であった。
騎士の家の娘として――、という理由にして木の棒を荒く削ったものを剣の如く振り回しては、村の何それを壊していた。村の大人からは少なからず苦く思われていたが、同年代の子供たちからはヒーローのように扱われていた。
それというのも、エルフリーゼを含む数人の子供たちが村の外で遊んでいたときのことである。彼女の前に猪が出たのである。うりぼうではないがまだ大人というほどには大きくはなく、手負いというわけでもなく、たまたま歩いていたら村の近くを通りかかったという感じであった。
大人からすればさして脅威というレベルでもなく、簡単に追い払える程度であった。しかし、子供たちからすれば突然現れたモンスターのごとく感じられた。
「私が相手よ!」
固唾を呑んで動けなくなっていた子供たちの前に飛び出したのは、木剣もどきを上段に振り上げたエルフリーゼであった。
猪からすれば、突然大声あげてとびだしてきた人間の子供に驚きもしたが、脅威とは思えず子供たちに興味をなくしまたぞろ歩き出した。
実際はそんなことはなくても、子供たちからすれば彼女が威圧したことで猪が逃げていったようにみえていた。
「エルフリーゼすげぇ!」
「格好いい!!」
「すごい!すごい!!」
「こーーんな、大きな、猪だったのに!」
結果、今まで領主の娘だから、棒で殴られたくないから、親に言われたから、等々の理由からエルフリーゼの後ろをついて歩いていたのだが、その評価が一変した。
村に帰って、他の子供たちにもエルフリーゼの武勇伝(?)は一気に広まった。
「本当にすごかったんだよ~!」
「こうね!エルフリーゼがね!!」
「うわ~!!って、棒を振り上げたらね、おっきな猪が逃げてったんだ」
それからのエルフリーゼは子供たちからは、英雄扱いだった。大人たちも、まるまる子供たちの話は鵜呑みにしなくても、いざという時に頼れるかもしれないと思うようになった。
実際の猪の考えとは全く違うのだが、エルフリーゼは村人たちから見直された。
見直されただけならば良かったのだが、エルフリーゼにも猪が逃げてったように思えており子供たちから慕われるようになって天狗になり始めていた。
乱暴なだけでは人はついてこないということを知って欲しく、娘の乱暴にもあまり目くじらを立ててこなかったヤンヴォルフ――最も、娘を見逃していたのは娘可愛さのほうが理由の大半だったが――ではあった。しかしこの一件から、子供たちを纏め上げたようで実は実力が全然伴っていないことも分かっていた。そのため、そろそろ剣の稽古をつけるかなどとヤンヴォルフは考えていた。といっても、その度合いは長男・次男よりも格段にやさしいものとなることは予想できていたのだが。
女性が騎士や戦士になることも珍しくは無い。
王族や、高位の貴族の奥方・娘などの護衛をすることが主ではあるが、戦場に立つものも決して少なくはない。
というのも、女性のほうが魔法への適正が強く、攻撃魔法に関わらず肉体強化などの魔法の”乗り”もよかったりするため男性とそう変わらない戦力とされている。
貴族の娘ともなれば、戦場に出ようなどと思うものも多くないが、騎士などの下位階級の娘であればそれなりな数がいる。
エルフリーゼがどうしたいか、どうなりたいかは普段から木剣もどきを振り回していることからヤンヴォルフにも理解できていた。
そのため、稽古をつけようという考えにいたっていたのである。
◆
しかし、近々稽古をという考えは少し遅かった。
先に事件が起こってしまった。
「今日はいつもより遠くに行ってみるわよ!」
その日二人しかいなかった遊べる子供が、体力があるほうだったのでエルフリーゼは冒険を提案した。子供たちも、英雄(?)たるエルフリーゼがいるならと親の注意は無視して村から離れていった。
実際、村や田畑でこそ領主であるハドイン家やその従士の家族が害獣や魔物を駆除していたのでさほどの危険はなかった。エルフリーゼたちが遭遇した猪が村近くに現れることも、本当に稀なことだったのである。
しかし、村から離れればその限りではない。一応は街道沿いということで、盗賊などの人的な加害者は定期的に辺境伯の騎士団が見回りを行い、駆除に努めているので少ない。
一方で獣などについてはその数が多いこともあり、ハドインも辺境伯も手が足りなく完全に駆除されているわけではなかった。
それもあって、子供たちに親は口をすっぱくして村から離れるなと注意をしてきたのである。
ところが、エルフリーゼの活躍(?)で獣たちへの危険意識が下がっている子供たちのこころにはあまり届いていない今日この頃であった。
一方でヘイゲンスだが、親にはあまりそういった注意はされていなかった。
というのも、親としても静かに本を読んでいるだけの息子がそんな遠出をするとも思っておらず、たまに本片手に外に出て行くのも村の片隅にでもいるのだろうとおもっていたのである。
結果、ヘイゲンスはエルフリーゼとであうのではあるが。
村かどんどんと離れていった、エルフリーゼと子供たちがニードルラビットと遭遇したのは2時間ほど経ったころだった。
それまで、三人で歌を歌いながら――エルフリーゼは棒も振り回しながら――楽しく冒険気分に浸っていた。景色に大して変化こそ無いものの、普段出るなと言われている村から離れていっていること事態に気分が高揚しているのだった。
そんななかで遭遇したのがニードルラビットだった。獣と魔物の区別は曖昧ではあるが、よく言われるのが賢さ――魔物によっては、会話もなりたつ――と、攻撃性だった。
魔物の種族に関わらず、多種族への攻撃性がとても高い。そして、何故か特に人間種に対する攻撃性は群を抜いており、見かけたら十中八九襲い掛かってくるぐらいである。
ニードルラビットも魔物であり、エルフリーゼたちを見てうなり声を上げていた。といっても、角があれども見た目はウサギである。そこまでの危機感を与えることはなかった。
とはいえ、エルフリーゼも魔物だと言うことは知っていたので活躍の場面かと木剣もどきを構える。
兄と父親の鍛錬を覗いていたこともあり、構えだけは割かし様になっていた。
「やーーー!!」
ニードルラビットの機先を制して飛び込んだエルフリーゼは思いっきり棒を振り下ろす。
それは、後先考えてないこともあって子供が振っているとは思えない威力になっていた。
ニードルラビットは、直撃こそ避けられたがかすった勢いで二度三度はねる位はじき飛ばされていた。
それに気をよくしたのは子供たちだった。
「やっちゃえー!」
「エルフリーゼ格好いい!!」
さっきまで魔物との遭遇で少なからず固唾を呑んでいたのだが、エルフリーゼが優勢だと見ると声援をかけていた。
そしてまた、エルフリーゼも調子に乗って何度と無くニードルラビットに殴りかかる。
毎回、よけられてはいるのだがかすったダメージだけでも少なくないのに、戦意を失わずエルフリーゼにつっかかるニードルラビットも獣ではなく、魔物ゆえというわけであった。
直撃こそしないものの、少しずつ動きが鈍くなるニードルラビットにとどめとばかり、いっそう棒を振り上げてニードルラビットに飛び込む。
「これでとどめ!!」
しかし、彼女は知らなかった。
ニードルラビットは最終手段として、その角を飛ばすことがあることを。
角の生え変わりに数ヶ月を要するため、本当に最終手段なのだが、それは皮鎧程度なら貫通する威力を持っていた。
結果は先のとおりである。
角はエルフリーゼの腕に突き刺さり、それでも振った勢いのまま棒はニードルラビットに当たり倒したというわけだ。
それが大人なら、止血などの心得もあるのでそこまで慌てなかったのだが、そこにいたのは子供二人だった。
射抜かれたショックで失神してしまったエルフリーゼに慌て、その腕から真っ赤に流れ出す血に慌て、大人たちを呼ぶために全力で村に駆け出したのだった。その途上でヘイゲンスとすれ違うのだが、気づきこそすれ、構う理由も余裕もなかったためスルーした。
◆
村まで走ってきた、子供たちは領主の屋敷に転がり込んだ。
普段なら無礼だとして、尻たたきくらいはされるところだが、支離滅裂ながらも必死に何かをしゃべり続ける子供たちにヤンヴォルフは疑問を持ち、真剣に耳を傾ける。
すると、どうだろう。愛娘が魔物に襲われて怪我をしたというではないか。
ヤンヴォルフは大いに焦りながらも、馬を用意させ、治癒魔法の使える従士を呼び出し、直ちに馬を走らせた。
慌てた子供たちの分かりづらい話ではあるが、腕に角が刺さったこと、血が流れたことは分かったので馬をつぶす勢いで駆けた。
ニードルラビットこそ倒したとの事だったが、出血のにおいに誘われて他の魔物が寄ってくる可能性もあるのだ。怪我の治療が間に合っても、その前に他の魔物に殺されてしまう事だって十分にありえる。
駆けに駆けて辿り着いた先にいたのは、血まみれのエルフリーゼと失神と治療魔法を繰り返すヘイゲンスだった。
幸いなことに他の魔物は近くにはいなかったが、エルフリーゼの状態は危ないと判断できた。
しかしそれ以上に、戦場の凄惨な光景も見たことあるヤンヴォルフにとっても、ヘイゲンスの狂気にも似た魔法の繰り返しには心胆寒からしめた。
それでも気を取り直して従士とエルフリーゼの治療に当たったのは、さすが戦場帰りといったところだろうか。
治療も無事終わり、出血のため多少顔色が悪くなってはいるが命に関わるような状態からは脱した。
しかし、怪我の度合いを見たときから感じたことではあるのだが、とても彼らが来るまでにエルフリーゼが持つような状態ではなかった。
初歩の初歩ながら、ヘイゲンスの狂気の連続治療がなかったら――魔法による多少の止血効果がなかったら彼女は死んでいたことは確実だった。
ヘイゲンスのことは産まれたときから知っていた。しかし、その魔力についても知ってはいたが魔法が使えないことも分かったので、ただの農夫の息子としか考えていなかった。
今も確かに初歩の魔法を使うだけで失神していたが、少しそのイメージが変わっていた。
ヤンヴォルフは、なみなみならない魔法を”使う”事の執念への畏怖と、娘を助けてもらったことへの感謝が入り混じって、彼が農夫以外の道――”魔法使い”をこの先も目指すなら多少の援助をしようと考えていた。
馬に二人を乗せ、歩いて帰ったのだが村では総出で出迎えてくれた。
領主の娘が無事に戻り、何故か一緒に血まみれで帰ってきたヘイゲンスに首をかしげながらも、皆喜んで迎えた。
ヤンヴォルフは、ヘイゲンスについては説明を濁しながら皆に心配をかけたことを侘び、娘の無事を喜んでくれたことに感謝しながら、その日は宴会とした。
収穫の時期でもない、珍しい酒宴は夜遅くまで続いた。
読んでいただきありがとうございます。
前話でヘイゲンスが助けた、領主の娘――エルフリーゼの怪我のてんまつでした。
しかしながら、ヘイゲンスがしゃべらない……(苦笑
別に、無口なキャラではないのですが相手がいないので致し方なしといった感じです。