プロローグ
魔力を測る上で、ある一つの考え方がある。
生物はそれぞれ、魔力を入れるための器がある。
この器の大きさは、一人ひとり違う。
この器には、常に魔力が注がれている。
この器には、蛇口がついている。
つまり、器の大きさが体内に魔力を宿しておける量を表す。
つまり、器に注がれる量が魔力の回復力を表す。
つまり、器の蛇口から流れる量が使える魔力の規模を表す。
これらは、成長するが個々人で限界が違う。
この考え方が出るまでは、その人間からあふれ出る魔力――器に注がれ、こぼれた魔力を感じてなんとなく、魔力の強弱を測っていた。そして、魔力が強いと感じられる人間が魔法使いを目指した。
先ほどの魔力計測の三要素だが、普通は器が大きければ他の二つも大きいので、あふれ出る魔力で判断してきたこともあながち間違いではなかった。しかしながら、稀に三要素の大きさがちぐはぐな人間もいた。
魔力計測の三要素は考案した者の名をとって、ヘイゲンスの三要素とも言われている。
このヘイゲンスも三要素がちぐはぐな人間だった。
ヘイゲンスは、農家の三男坊として産まれた。
大きくもなく、かと言って食うに困るというほどでもない、普通の農家であった。
彼はまだ物心もつく前は、すごい魔法使いになると言われていた。なぜなら、産まれた直後から並々ならぬ魔力を溢れさせていたからだ。
当然最初に気がついたのは家族だったが、それが村中に、領地中に伝わるのにはそう時間はかからなかった。
結果、まだ右も左も分からないのに縁故を作ろうとたくさんの人間が訪れた。中には、金銭をちらつかせる者や、貴族までも訪れ是非養子にと訪れたこともあった。優れた魔法使いは、得がたい戦力だったからである。
しかし、わが子として育てると両親は彼らにヘイゲンスを渡すことはなかった。
つつましく生活していた、家族・村は一時の騒ぎとなるがそれも長くは続かなかった。
彼が物心つくころ、魔法使いが家庭教師として訪れる。他にも、魔道書の類が数多く贈り物として届けられた。
どちらも彼に、早く魔法使いとして活躍して欲しい人間たちからの届け物だった。
彼は素直に家庭教師の言うことの理解に勤めた。
だが、彼は魔法を使うことができなかった。
全く使えないというわけではなかった。
基本的に魔法は、魔力の消費量で分類されている。しかし、魔法使いでなくても使うことが出来る初級魔法ですらヘイゲンスはおぼつかなかった。初級魔法でも魔力消費の多いモノを使うと倒れてしまうこともしばしばだった。魔力を著しく消費するとめまいを覚え、しまいには倒れてしまう。こういったことは分かっていたが、まさかヘイゲンスがそんな状態になるとは誰も思わなかった。
家庭教師も溢れ出る魔力と、彼の魔力の使えなさに首を傾げ、ついには匙を投げ去っていった。
そして、それをかわきりに彼をちやほやしていた人間はどんどんと去っていった。それもそうである。彼らは”投資”に失敗したのであるから、速やかな撤退は当然であった。
後に、ヘイゲンス自身の研究による三要素にて解き明かされることであるが、彼の魔力の器はとても小さかった。魔法使いでない普通の人がバケツ程度の大きさとすると、彼はお茶碗くらいの大きさしかなった。初級魔法は魔力の大きいものでちょうどお茶碗くらいの量を使う。そして、彼の蛇口はぴったり、その器の魔力を吸い出せるだけの大きさであった。結果、彼が少しでも大きい魔法を使うと魔力が空になり倒れてしまうのだった。一方で、彼の器に注がれる魔力の量は尋常ではなかった。回復の早い魔法使いで風呂一杯くらいが1秒で貯まるとすると、ヘイゲンスはそれこそ大きい湖が一瞬で満たされるほどといった按配である。結果、器の大小に関わらずとも溢れる量も莫大であり、彼を魔法の申し子だと勘違いする人間が増えることとなったのである。
確かに、ヘイゲンスの周りにいた沢山の一見やさしげな人間はいなくなった。
確かに、ヘイゲンスに魔法を期待するものはなくなった。
しかし、家に沢山の魔道書があるからか、物心つく前から期待されていたからか、その身から溢れ出る魔力に感化されたのか、何が彼をそうさせたのかは分からないが、幼いながらもヘイゲンスは魔法に魅入られ、魔法を愛し、魔法使いになることだけを目標として生きていくことをその胸に誓っていた。
こうして、
魔法に愛されているように見えて、
その実、魔法から見放された、
魔法使いになることを待望されながら、
魔法使いになる素養のない
魔法を使えない男――ヘイゲンスの高みに手を伸ばし続ける物語が始まる。