#4
そして帰宅から六時間十五分二十九秒。
現在時刻は十一時十五分四十七秒。
三沢家は全員寝静まっている時間帯である。
「………」
クローゼットから出したジーンズとTシャツを着て、窓に目をやる。宵闇が広がり、それを月明かりがほどほどに照らしていた。
「よし」
家族が全員レム睡眠に突入していることを確認してから、
窓を開け、飛び出した。
月夜に向かって、飛び出した。
「………」
ETの自転車に乗ってない版…ではない。そもそもここは一階なので、自分の部屋から窓をくぐって外に出ただけである。
「ふう」
そして、家の塀を乗り越え、夜の街へと足を踏み入れたのだった。
夜の街の徘徊に、これといった意味はない。何か物足りないなと思うと、こうして夜な夜な新宿の街をほっつき歩いているだけである。
親も放任主義なので、あまり放浪に関してはとやかくは言われないが、秘密裏に行動するときはたくさんある。
「………」
しかし、この行動はある人物にはバレたのだった。
「あれ?零威じゃん」
「ぬわあ!?」
驚いて瞬時にバックハンドブローを放ったが、見事にかわされた。よく見るとそこには七川がいたのだった。
「な…何すんだお前」
「何って…なにかしたか俺?」
「夜道で脅かすなと言ってるんだ」
「すまんすまん。それよりお前も徘徊か?ならどっか行こうぜ」
「どっか行くにしてもこの時間じゃな…あぁ、早稲田にある書店なら開いてるか」
「お、書店かい?なら小遣いの使い道はそこで決まり」
「僕も漫画でも見に行くかなぁ」
「いいんじゃないの?」
数分後、
僕たちの高校からは少し遠い書店に来た。
「これはこの前読んだからな…こっちは却下と…お、このシリーズは最新刊が出たのか。じゃあ購入決定。これは面白そうだし一応買ってみるか」
そういって七川は次々とライトノベルを僕の手に置いていく。気に入ったのを積み重ねていき、いらないのは本棚に戻していく。
「………」
表紙の二次元のキャラクターを見て、僕は言った。
「七川」
「なんだ」
「僕は漫画を見るために本屋へ行くといったんだ」
手に積み重ねられた量は既に十冊は超えている。
「お前のラノベ選びのサポーターになると言った覚えはない」
「サポーター?別にお前を使ったりはしてないぜ?」
「僕の手をラノベの置台にするなと言ってるんだ」
「まぁまぁもうちょい待ってくれよ。えーっとこれは…」
「持たされる側の気持ちを考えろや。紙だって積み重ねて人を殴れば失神するくらい重いんだぞ」
「よし、これで全部選んだ。レジへ持って行ってくれ」
「………」
今度からこいつと書店行くのやめようかな…。
七川が買ったラノベの金額は平気で二万円を超えてた。
一冊ならまだしも、こう三十冊もあると、重い上に高いだけという気もする。僕はそこまで興味がないので大量にラノベを購入する奴がどう考えてるのかはわからないけれど。
「悪い、財布しまうからこれ持っててくれ」
「あぁ…」
重っ!!!
「お前これ本当に全部読むのか?」
「当たり前じゃん、んじゃ行こうぜ」
「あぁ…っておいちょっと待て、お前また僕に持たせるつもりか。そろそろ自分で持てよ」
「おう、悪い悪い。途中まで持ってくれ。あとは俺が持つから。怒るなよ、今度ジュース奢ってやるからさ」
「………」
ジュースをダシに結局持たされる事になった。
なんで断れないんだ、僕。
「あ、零威知ってるか?」
「何を?」
「そこの建設中のアパート、もうすぐ完成するってさ」
「へぇ…七川が住みたいとか言ってたアパートか」
「え?何で知ってるんだ?」
「は?」
「いや、俺確かに住みたいとは思ってるがまだ言ってないぞ」
「………」
いや、
そんなはずはない。
昨日確かに聞いたはずである。
「何だよ、いつからサイコパスなんて使えるようになったんだ」
「異常人格者が使えるってどういうことだ」
「間違えた、いつからサイコキネシスなんて使えるようになったんだ」
「いや、サイコキネシスなんて使ってないし、そもそもサイコキネシスは物体浮遊術じゃないのか?」
いずれにせよ、七川はそんなことは言ってないらしい。
じゃあ昨日のは聞き間違いだったのだろうか。
「しかしすげぇ早いよな零威。たかだか四か月で建つんだぜ」
「え?建設ストップしてたんじゃないのか?」
「はぁぁ?」
七川が首をかしげる。
「零威、お前ウロチョロしないで寝たほうがいいんじゃね?」
「………え?」
「いや、意味がわからないんだが。なんだ建設ストップって、遺跡でも出てきたのか」
「え…だって事故が起きて建設を自粛してたって言ってなかったか?」
「言ってねぇよ、何と勘違いしたんだ」
「………」
「しっかりしろ」
昼間に確かに聞いた気がするのだが…?
「悪い、眠くなってきたから帰るわ」
「あぁ、そう。んじゃ」
「じゃーなー」
七川はアパート側の路地を歩いて帰って行った。
「………あ」
手に重みを感じると思ったら、七川の本を持ちっぱなしだった。
「………」
人に持たせておいた揚句に帰りやがったのか、あいつは。
「仕方ないな」
明日は学校だし、今から追いかければ間に合うかもしれない。僕は七川を追いかけることにした。
引き返して、アパート側の通路。
「うぁっ!!」
そこで僕は何かにつまづいた。
「痛ってぇ、なんだこりゃ」
暗いのでよくわからないが、触ってみると何でできたものかだけわかった。
「鉄?」
携帯電話のバックライトを当てると、それが何かはわかった。
「これ…鉄骨?」
そしてそれは複数落ちていた。
「なんでこんなに…てかこれ、建築資材?」
なんでこんなところに。
たちあがってズボンの汚れを払う。
そして僕は、
今更ながら気づいた。
「あれ…?」
手は濡れていた。
しかも濃厚な鉄の匂いがする。
「これって、まさか…」
血?
血なのか?
「ま…まさか!?」
ハっとして僕は前を見た。
そこには、
「………………………………………………………………………ッ!!!!???」
複数の鉄骨の餌食となって、頭から大量の血を流して倒れていた七川の姿があった
「七川ぁっ!!!!!!」
狂ったように七川のもとに駆けつけ、身体を精一杯揺さぶるが無駄だった。七川は、すでに息絶えていた。
よほど強く打ったんだろうか、脳漿のようなものが流れ出ていて、それと血が混ざりあった匂いに、たちまち噎せ返った。
「目ェ覚ませ!!おい!」
いくら強く揺さぶっても、やはり目を覚ますことはなかった。
「………っ!!!」
大方予想はついていたが、この建築資材はやはり建設中のアパートから降ってきたらしい。「畜生!」
アパートを睨み付けた。
「………?」
僕は七川の身体を揺さぶっていたので、自然と視点が低くなる。そこで、あるものが無くなっていることに気付いた。
「花束…」
そう。
事故で亡くなったはずの人間を弔っていたはずの花束が、
きれいさっぱり消えていた。
「………?」
何故?
取り外されたのだろうか。
何の理由があって?
「………」
倒れた遺体を前に、僕はただ呆然としているだけだった。