素直になれない不明瞭な言い訳
じっくり読み込んだとしても5分足らずでしょう。その5分さえ惜しいと思う方には、他の方の小説を読むことを強くおすすめ致します。
六時四十七分。
彼女はなんてこともない表情で人の群れを掻き分ける。
そこだけ時が止まっているかのよう。
彼女は同胞など存在しないかのように生きている。多少意識はしてるのだろうけど。彼らと話もするだろうけど。
実際、私は私をイエスか何かだと思い込んでいた。
世界の罪をひっかぶっている気がしていたのだ。
不器用な男がどうして期待なんてするだろう。
友人が諭しても、親の歳ほどの人が呆れても、私は贖罪に努めていたのだ。恋せず、楽しまず、夢見ず。
それなのに君は私を堕落させた。
昔の方が幸せだったはずだ。嫉妬なんかしなかった、訳も分からず泣いたりなんかしなかった。
不機嫌な君なんか放っておけばよいのだ。だのに私は君に笑って欲しく思う。父親の死でさえ泣かなかった私が、精神的不感症のこの私が。
まったく、大した人だ。
君はどこをどう見ても美人とは言えない。そりゃ、はにかめば可愛いが、それは猫みたいな可愛さだ。人間は豚でも可愛いと思うもの。君は人間として見れば平凡極まりない。
君はどこをどう見ても優しい人だとは思えない。普通、私みたいな孤独な男がだ、女なんかにうつつを抜かすのは優しい態度を受けた時だろう。君は違う。最初君とは敵対者だった。君は私が嫌いだったし、私も君が嫌いだった。
嫌いな君を、どうしてこれほどまでに意識したのだろう? それも分からない。君は敵だが、なにかしら私に必要な要素だったのだろうと思う。(欠いていた要素だからこそ憎んでいたのかも知れない)
ともあれ、いつの間にか私は君に堕落していた。なのに君は変わらず君だった。私の自尊心はうちひしがれた。女なんかに。女なんかに!
最初、私は君に恋していた。憎いが好きで好きで堪らなかった。勿論君に言ってやることもなかったが、荒れていたのは全て君のせいだった。そんな私に君は見向きもしなかった。喜びの影に苦しんでいる男がいるんだと言ってやりたい気持ちだった。
しかし、言わずにおいたのは君も知っているだろう。私はついに耐えたのだ。恋愛なんていう馬鹿らしいものから。恋愛などという、なにかしら厳めしい横顔を持つ怪物からの猛攻を。
そうして、私は旅行先で、夏の川に足を浸していたのだ。勝利の愉悦と共に。
私は君がどうなろうと知ったことじゃない。君が誰に微笑もうが知ったことじゃない。私は、ただ君がそこにいればそれでいいことに気がついた。
独占欲はある。私の物になればそりゃあ嬉しい。けれど、私は私でなくなった。嫌ってくれたって、そりゃ悲しいが、構わないのだ。君は薔薇じゃなくなった。空気程度の存在に落ちぶれた。これは私の精神力の勝利である。まあ、君がいなかったら死んでしまう恐れもあるのだが、それはまあよい。
君は優越者でなくなった。それは私に余裕を与えた。
世間の言う、愛の素晴らしさとやらが真実だとしても、それは世界に悪影響だ。私のような男に、恋愛を崇高な物だと無意識の内に植え付けたのだから。
それも昔の話。
今は君の横にいる。私は君に追い付いた。君が何をしようたって別にどうでもいい。君以外にも女はいる。そりゃ、笑った顔は君より不細工だが、吐く言葉は機知の欠片もないが、何はともあれ女はいる。横に座らせてくれる女はいるか知らないが。まあ、いい。とりあえず私は一人でも生きていける。それは理解してもらわなくちゃ困る。
それでだ。そうだね、それでなんだ。一人でも構わないのだが、構わないのだが、少しばかり、そう、遠回りをしたくなった。君がいなくても生きていけるが、君といれば、まあ、つまらない人生では、ないと思う。
いや、君が嫌ならそれでいい。私は君に依存してないから、明日にでも新しい友人を作るだろう。だけど、もし君が、嫌でないというのなら、二人一緒になるのも、悪くないんじゃないかな。
笑ってくれて構わない。落ちぶれたものだ!
君がこういうのが嫌いなのは分かってる。しかし、駄目らしい。分かるだろう。戌年の男は意地張りで、水瓶座の男は理屈屋だ。これまでの詩にもなりきれん世迷い言も全て言い訳なんだ。
苛つくのなら、私を捨ててくれても構わない。一応後悔は先に済ませた。君が隣にいなくとも生きていけるというのは嘘じゃない、君はすっぱりと断ってくれて構わない。寂しいだろうが、諦めはつけた。
ただ一つ、言わせて貰えるのなら。
頷いてくれたら、本当に嬉しいんだ。