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とある助手の独白

作者: 氷椅子

とある助手の独白(変態と美学)

氷椅子


唐突であるが、俺の親友兼相棒は変態である。

ただ一言変態であると言っても、おそらくそう聞いた皆様には、何が変態であるか、どう変態であるかなんてことは分からないだろう。もしかすれば、人によっては変態なんて多種多様だ、と思う人もいるかもしれない。というか、俺がそうだったりする。

しかし、自信をもって断言しよう。ヤツは変態である。変態の中の変態で、さらに言えば間違いなく末期である。

「さぁ、今日もはりきって獲物を探すわよ!」

 そう言って俺の相棒はさらさらストレートの金髪を靡かせて勢いよく振り返った。すらりとした長身、華奢な肢体、雪のように白い肌と、何もしなくても赤く色づいた唇。そこからこぼれる可愛らしい高い声。先程の台詞を聞かずに油断してみれば、この俺でさえどきりとしてしまいそうだ。

こんな非の打ち所のない美人の姉さんの格好をしていながら、本当に残念なことにコイツの性別は男であった。



俺の親友兼相棒は変態である。さらにいうと、変態の怪盗(自称)である。近代科学が発達し、防衛システムが進化している今、そもそも怪盗なんてものは絶滅しているだろうし、それを抜きにしても女装癖のある怪盗なんて今までの怪盗の歴史を漁ってもなかなかいないだろう。女性に化けることはあるのかも知れないが、コイツの場合この姿が怪盗としてのデフォルトなのだ。

「……それでね、やっぱり怪盗は夜に動くものなのよ。夜の街を跋扈して、ひっそりと息づくの!」

 そんなことを考えている俺をよそに、白い手袋に包まれた細い指を組んで、うっとりとした口調でヤツは自分なりの怪盗とは何かというのを語っていた。

 俺はため息をつく。暗躍するくらいはあるだろうが、少なくとも俺の中の怪盗は間違っても跋扈はしないと思う。

「ねぇ、ちょっと聞いてるの? せっかく私が助手に怪盗とはなんたるかを教えてあげてるって言うのに」

「ああ、うん。聞いてる。昨日も聞いたし一昨日も聞いたし、今日も一応聞いてる」

 そしておそらくコイツが語る内容をそらで全部言えといわれても出来るだろうくらいにまで覚えている。

 親友を続けているうちになぜか半分強制的に「怪盗の助手」を押し付けられてしまった俺は、毎晩のごとく駆り出され、夜の街を本人曰く、「パトロール」していた。怪盗がパトロールとかがまずおかしいだろという突っ込みをコイツは受け付けない。それが可能ならばまず俺は女装をやめさせる。

 そしてそのパトロールの最中コイツは、ひたすら自分の怪盗としての心得やら美学やらを延々と語ってくれるのだ。それが毎晩ともなればさすがに覚えてしまうだろう。俺としては不本意のことこの上ないが、何をどう突っ込んでも遮っても、それこそコイツが犬に噛まれても猫の尻尾を踏んづけたとしても、語り終えるまでコイツの口は止まらないのだ。

「もう助手君! 君ノリ悪いわよ!」

「黙れ変態。今でもこうやって付き合ってやってる時点ですでに俺はノリが良いほうだ」

「変態じゃないもん! 変人だもん!」

 変ということは否定しないのかよ。というか自分で変人という怪盗ってどうなのだろう。

 親友はむぅ、と頬を膨らませ、ふいとあちらの方向を向いてしまった。本物の女の子でもなかなかやらないだろうその行動がなぜか妙に可愛らしく写っているのが憎たらしい。分かっていても反応してしまう俺のときめきを返せ。

「分かったよ。聞いてやるから、それで、なんだって?」

 再びため息を吐いて先を促せば、ぱっとこちらを向いて楽しそうになる顔。今までのは演技だったのかと聞きたくなるくらいだ。ああこれでコイツが本当に女だったらどれほどよかったことか。

「えーとね、怪盗の服装はね、ぜったいに決まっていて……」

 こうなればもうコイツの怪盗学は止まらない。町内をぐるりと回り、日付が変わるか変わらないかの時間に開放されるまで、俺はひたすらこれに耐えなければならないのだ。

 コイツの語りが止まる時、もしそれがあるのだとすれば、

「そして帽子はとくには決まってないんだけど、正統なのはやっぱり……――ねぇ、あれ」

 それはコイツが怪盗としての「獲物」を見つけたときである。



「なぁおい、今週の支払いまだだろ?」

「だって、もうお金……」

「ないなら盗むなり何なりして持って来いよ!」

……これまた、お決まりといえばお決まりの型にはまったようなカツアゲシーンである。俺の第一印象はまずそれだった。

 人気のない、おそらく通学路だろう道の端、二人の少年が一人の少年を壁際へと追いたて、すごんで見せている。

私服でどこの学校かまでは分からないが、背格好から言って俺達よりも二、三は年下である。おそらく地元の中学生だろう。飛んで火にいる夏の虫、さしずめ怪盗の哀れな犠牲者少年A、B、Cといったところだろうか。

「そこまでよ!」

 これもまたお決まりの台詞が俺の真横から飛び、同時に金髪を靡かせてアイツが走り出す。

「弱き者からたかる不良共!あんた達の悪事もここまでよ!」

「誰だお前は!」

「怪盗よ!」

「ふざけんな! 誰かって聞いてんだ!」

「あら名前が聞きたいの? あんた達なんかに名乗る名は無いわ。せいぜい私が有名になったら調べなさい!」

 ……なんというか、会話を聞いていると頭を抱えたくなる。常々思っていることだが、こいつの中の怪盗とはどこか少し、いや全部が全部、何かずれている気がする。

そんな突っ込みどころ満載の台詞にも気にならないのか、見事挑発に乗ってきた不良少年Aは自称怪盗に向けて殴りかかっていく。怪盗は不敵に笑い、余裕の顔で受け止めた。あんな見た目から想像し難いが、アイツの運動神経は並外れて良い。そしてどこで何をやっていたか知らないが、何故か喧嘩が並外れて強いのである。つまりはそんじょそこらの不良じゃまるで歯が立たない。終わるのは時間の問題だろう。 

俺? 俺は被害にならない場所に待機、自慢じゃないが喧嘩は大の苦手分野であるのだ。

本当、世の中どこか間違っている。

「なんだコイツ! めちゃくちゃ強いぞ!?」

「くそっ、こうなったら!」

 最初の威勢はどこへやら、あっという間に劣勢に立たされた不良A、Bは、何を思ったのかポケットから携帯電話をとりだしてきた。味方を呼ぶつもりだったのか、はたまた違う理由か、ただ言える事は一つ。今この哀れな少年達は確実に墓穴を掘った。

「ふ、甘いわね!」

 それを目ざとく見つけた親友は音速に近い速さで二人分の携帯を奪う。同時に響く、ばちりという嫌な機械音。

「あーっ!?」

「あーあ、かわいそ……」

 ぽいっと二人の元に投げ捨てられた携帯からは、まるで漫画のようにぶすぶすと黒い煙が上がっていた。今ここに二つの儚い電子機器の命が散ってしまった。哀れ不良少年。

「これでなぁ、下手にコイツ変な特技があるからなおさら末期なんだよなぁ」

 今まさに自分の理想であろう怪盗劇を繰り広げている親友には、地味ではあるがちょっとした特技がある。

 ざっと簡単に言えば、コイツは自分の意のままに機械類を壊すことが出来るのだ。それこそどこの漫画のキャラだよ、と言いたくもあるのだが、昔からパソコンを触れば誤作動の嵐、ラジカセを触れば怪音波しか流れないという魔の経歴を見てきた俺だ、その特技に関しては本当であると断言せざるをえない。だったらもっと他に使い道があるだろ、とか、簡単に人のものを壊すな、というコメントを言うのはもう諦め済みだ。

「ふ、一件落着ね」

 ぱんぱん、と手を叩いて俺の元へ戻ってくる親友。頼むからこっちへ戻ってこないでくれ、今ほどコイツと他人と思われたいと思う時はないだろう。

「貴女はいったい……」

 ふらふらと立ち上がった被害者少年Cが声を上げる。カツアゲされる寸前のところであっという間に目の前の敵を倒してくれたのだ、きっと彼にはこの馬鹿がヒーローのように見えているだろう。

「名も無き怪盗よ。もう大丈夫、反省もさせるしあいつらの携帯もぶっ壊したから呼び出されることもなくなるわよ」

「なんで……助けてくれたのですか……」

「なんでって、そうね……」

 一拍おいてから、憧れのまなざしを向ける少年Cに対して、怪盗は不敵な笑顔と共に言った。

「貴方の笑顔を盗みたかったからよ」



◆ ◆  ◆



 さすがに慣れたとはいえ、深夜まで歩き回っていると朝が眠い。また今日も一限は爆睡だろうかと考えていると、目の前に見慣れた茶髪の男子生徒の姿が見えた。

「おーい、伊織(いおり )

 呼びかけると、昨日不良共を相手に散々暴れた親友、伊織は振り返る。

「ああ、おはよ」

 いつもどおり爽やかに笑う様子からは、同じ時間に帰ったはずなのに眠気は微塵も感じられない。きっと授業で寝ている俺の横で、いつものように真面目に、学年トップの模範とでもいうように熱心に先生の話を聴くのだろう。

「ったく、本当に世の中どっか間違ってるよな……」

「なにが?」

 ちょっと切なくなってぽつりと呟いた俺に気づき、伊織が不思議そうに覗き込んできた。高校生活のなかでは伊織はいたって普通である。ハイテンションな女言葉も使わなければ、女装だってもちろんしない。顔だって並よりは幾分か上だが、それでもちゃんと男に見える。

 夜のコイツの変態っぷりを知っているは学校内でも、家族を合わせてもきっと俺だけで。それには少し優越を覚えつつ、やっぱり俺はそのギャップに納得が言ってないのだった。

「別にー? ただやっぱりお前は変態だよって思っただけだ」

「変態じゃなくて変人だよ」

「変ってのは認めるのかよ」

「そりゃあ、変だからね。俺は」

 はは、と笑う伊織は、きっと俺に何を言われてもその態度を崩さないだろう。それは俺が本気で言ってないと思っているからなのか、またはもう受け入れているからなのか。

「お前さぁ、なんで怪盗になんかなりたいわけよ。というかお前の中の怪盗ってなんか違うし。そもそもその変な特技だっておおっぴらに出して良いもんじゃないだろ?」

「そんな一気に聞かれてもな……」

 伊織は苦笑しながらもそうだな、と考え、歩きながら俺の質問に丁寧に答えてくれた。

「俺の中の怪盗っていうのはさ、悪役だけど弱い人を助けたいってわけなんだよ。別に俺は正義の味方になりたいわけじゃないし。ただ、ほっとけないだけ。それに特技だってさ、せっかく持って生まれたわけなんだし、有効活用しなきゃだろ?」

「有効活用がそれか?」

「少なくとも俺の中では」

 にやり、と伊織は少しだけ昨日の怪盗と似た不敵な笑みを見せる。そして、なんてな、と続けた。

「結局、俺はあれやってるのが好きなだけなんだけどな」

「……この女装趣味」

「まぁ、そこは否定しない」

「ばらされても良いのかよ」

「やれるものならやってみろよ。助手君」

 俺は今日一つ目のため息をついた。きっと今日もこの先何度もため息をつくことになるだろう。主にこの横にいるこいつのせいで。

 でもあまり悪い気はしない。俺もとうとう諦めたのだろうか、それとも受け入れたのだろうか。どの道やはり俺の親友の頭の中は理解不能だ。コイツの考えのなかで唯一分かるとすれば、弱い人をほっとけないというあたりだろうか。

 きっと俺は今日もまた、怪盗の助手として夜の見回りに駆り出されるのだろう。そして不良に会えば撲滅し、なければ延々と怪盗学を聞かされるのだろう。

 別にそれでいい。コイツは俺よりぜんぜん出来が良くて、弱くもなんともないけれど、やっぱりほっとけない俺なのだから。

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] 男なのに女怪盗という点が面白いと思いました。 普通に読みやすかったです。 [気になる点] 主人公と怪盗さんの会話のやり取りが多ければ良かったです。 とくに怪盗の哲学を語るみたいな [一言…
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