幼馴染みとの付き合い方
放課後の教室にて、友人数名で無駄話に華を咲かせていたところ、そのうちの一人が「お」っと声を上げて、ニヤニヤと嫌な笑みを僕に向けた。
「亮哉嫁さん来たぞ」
「嫁言うなカス!」
教室の出入口に佇む女生徒に指を差す友人へ悪態をつきながら、ぺったんこのカバンを抱えてこの場を発つ。
ネコ毛セミロングな女生徒の隣まで来ると、彼女が口を開いた。
「りょうくんがいつまで経っても靴箱に来ないから、私が迎えに来てあげたんだよ?」
僕のカバンに負けず劣らずな胸を張り、腰に手を当てて僕をビシッと指差す女生徒。他称嫁さん。実際はお隣さん歴十八年の幼馴染み。
「これ毎日言ってるけど、僕は『靴箱で待っててくれ』なんて頼んだ覚えはないぞ?」
「うん、頼まれた覚えはないよ?」
「うんだよな。うん。うん?」
「どうしたの?」
「いやいやいやいやだから弥生は僕を待たずに帰れば良いじゃん。それで丸く収まる話じゃん」
隣を連れだって歩く女生徒兼幼馴染みの弥生が首を傾げた。
「一人で帰るのは寂しいよ?」
「お前には友達が居ないのか」
「一人で帰るのは寂しいよ? りょうくんが」
「僕の心配をしてくれてどうも!」
叫びだしたい衝動をどうにか堪えていると、弥生の友人らしき女生徒が三人ほど寄ってきて、彼女に声をかける。
「今日も旦那と帰宅?」
「うん。あ、でも、りょうくんは旦那じゃないよ? ね? りょうくん」
僕に話を振るな。
「あ、旦那じゃないって言うのは、そう言わないとりょうくんにあとで怒られるからなんだぁ、えへへ」
えへへ、じゃねえよ。
「ノロケだ」「ノロケね」「このノロケ!」
なんで三人とも僕を指差すんだ。
「馬に蹴られたくないから帰るね」
「むしろ僕が蹴ってやる!」
「ダメだよりょうくん」
弥生の制止の間に、蜘蛛の子を散らしたような感じで、弥生の友人たちが去ってゆく。
「くそ、人をオモチャにしやがって! そもそも僕と弥生は付き合ってないんだ!」
「だよね。付き合ってないよね。なんで?」
「知るか!」
弥生は際どい前振りを平気で振ってくる。
物心ついた時から弥生に惚れている僕は、告白のタイミングを逃していて、外堀から埋められている現状に理不尽さを感じている。
つまり「弥生なんかと付き合って堪るか!」と、意固地と言うか、意地を張り続けている状態に陥っているのだ。
靴箱に到着して、上履きから下足へ履き替えた。
嘆息をもらし、弥生と歩調を合わすことなく、足早に校門へ向かう僕の耳にこんな声が聞こえてくる。
『いつも一緒だよな、あの二人』
『あ、あれあれ、あの人たちだよね? 学校公認カップルって』
『既に婚約は済ませていて卒業と同時に結婚式を挙げるらしいよ』
先ほども話したが、今の状態に僕は、周囲への理不尽さと、不甲斐ない自分に腹立たしさを感じている。
僕が告白できない間に、周囲からはカップルと勝手に認識されているのだ。
と言うのも、高校に入学してから現在に至るまでの三年間、幼馴染みと言う関係と、登下校を一緒に重ねていたせいで、何故か学校公認カップルと認定され、夫婦だとか、旦那&嫁さんとか僕と弥生は呼ばれいるのだ。
実際はカップルでもなんでもない。
なんてことを訥々(とつとつ)と思考していたら、いつの間にやら自宅付近まで帰ってきていた。
不意に、後ろを付いてきていた弥生の足音が止む。
「ねぇ、りょうくん」
「あん?」
僕は立ち止まり振り替える。
続ける弥生の表情は真剣なものに変わっていた。
「私たちってさ、付き合い長いよね」
「両親が親友だからな」
弥生とは、親曰く零歳時からの付き合いだとか。確かに物心が付く前から、弥生には隣で迷惑をかけられていた気がする。
「その……私たちって友達と言うより親友みたいな関係だよね?」
僕の幼馴染みは単純でとても解り易い性格をしている。
「親友つ〜か兄妹だろ」
兄妹と告げるや、弥生があからさまに落胆したような表情を見せた。
なんとなくだが雰囲気で解る。弥生は勇気を振り絞って、僕に告白しようとしていたのだ。
ちなみにこれで通算十七年目の告白阻止。告白「するなら」僕からしたいと自分勝手に思っている僕からすれば、阻止は当然の行為だ。
「う〜兄妹じゃないよぉ」
「いや弥生は妹にしか見えないし」
「妹にしか見えないの?」
「まぁな」
「りょうくんは妹属性、と」
弥生が制服のポケットからなにかを取り出す。
「なんだその手帳は!?」
拡大解釈も甚だしい弥生が、ポケットから取り出した物は手帳だった。
僕はすかさずそれを取り上げて中身を眺める。
「あ! 乙女の秘密が!」
眺めて解った。これは乙女の秘密じゃなくて――
「僕の生体調査じゃねえか!」
手帳は僕の趣味や嗜好でビッシリと埋め尽くされていた。
茫然自失と化していた弥生に手帳を奪い返される。
「私はりょうくんマニアだもん」
「怖!」
「怖くないよ? 優しいよ? 私は誰よりもりょうくんを知ってなくちゃいけないんだもん」
「自分で自分を優しいとか! 知ってなくちゃいけねえとか! 意味解んね!」
解っていても解りたくない。
弥生が僕の服の袖をちょこっとだけつまむ。
「……意味、解ってよ」
上目使いで見上げてくる幼馴染が、真っ赤な顔でこう告げた。
「私はりょうくんのことが、好きなんだもん」
「……い、言われてしまった」
「本当の彼氏彼女に――恋人になりたいんだもん」
「もんもん言うな」
どうにか茶化してみるが――
「私じゃ……ダメ?」
弥生に涙目の上目使いで返されてしまう。
これは真面目に応えなきゃならない流れみたいだ。
「……弥生と恋人関係ってのはちょっと考えものだな」
弥生が唇を噛み、俯いてしまう。
「そ、そっか……あ、ごめんね? 今の話忘れ――」
「嫁さんなら話は別だけど」
「あ、そうだよね。嫁さんならって――嫁さん!? りょうくんのお嫁さん!?」
「あ、やっぱ僕のお嫁さんは嫌か」
「しょ、しょんなことないよ!?」
舌を噛んで悶絶する弥生。
「と言うことで、これからもよろしく」
「こちらこそよろしくお願いします」
「そ、それじゃあ、また明日」
言い逃げするように、手を振って自宅の門扉をあける僕。
変に畏まっていた弥生が、「りょうくん待って」と僕を呼び止めた。
「そ、それで、ついでと言ったら変なんだけど、その、キ、キチュして欲しいの」
噛んだな。
僕を涙目プラス上目使いで見つつ、人差し指どうしをツンツンさせている弥生。
放心から復活した僕は苦笑い気味に呟く。
「……キチュですか」
コクコクと何度も頷く弥生。
「く、唇と唇でキスです」
あ、言い直した。
どちらからともなく近寄り、見つめ合い、お互いに顔を真っ赤にして、そっと唇を重ねた。
翌日、校内新聞にキスシーンが掲載されたのはまた別のお話。