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第十話『羽を広げるということ』

「言いたいことがあるのならはっきり言いなさい、六花。黙っていてはお前が何を考えているのか、お父さんには伝わらないよ」

「六花ったら、物静かで口数も少ないものだから心配よ。優しい子だってことはお母さんが一番よく分かっていますけどね」

「何か辛いことや苦しいことがあったらお兄ちゃんを頼れ。お前のためなら、おれは地獄にだって堕ちてやる」


 ――お父さんやお母さん、お兄ちゃんの目には、私がどのような子に映っていたのでしょう。大人しくて、本が好きで、友達もいない。そんな私を見て、可哀想な子だと憐れんでいたのでしょうか。私に頼られることを、お兄ちゃんは煩わしく思っていたのではないでしょうか。


 私には不満や文句なんてありませんでした。ただ、家族皆と一緒にいられる時間がずっと続けばいいなと願って――願って。


 願っていましたか……、本当に……。


 居心地が悪かったのではないですか。意味もなく自分を心配する見当違いな家族に、嫌気が差していたのではないですか。


 ファミリーレストランでご飯を食べていても、遊園地で遊んでいても、家族はどういうわけか私の顔を見て「具合が悪いんじゃないのか」、「何か気に入らないことでもあったのか」と言って気を遣ってきましたよね。私は楽しくて嬉しくて仕方ないのに、水を差されたみたいに嫌な気分になりましたよね。


 そんな家族を、私は嫌っていたのではないですか。


「お前の『それ』は世に出してはいけない力だ、絶対に発現させるわけにはいかない」


 そう言って私の首を絞めるお兄ちゃんに、かつてない絶望を感じていたのでは……。私のためならば地獄に堕ちても構わないとほざいておきながら、妹を手にかけようとする嘘吐きお兄ちゃんに。


 普段の優しさが微塵も感じられない、硬くて痛い五指が首に食い込んでいくのを感じながら、お兄ちゃんは私を嫌っていたのではないかと、そう考えたでしょう。能力が目覚めなくてもいつかこうして殺されていたかも。お兄ちゃんじゃなくてお父さんが、お母さんが私を殺していたかも。


「私は皆のことが大好きですよ」


 三枝 六花、それは本心ですか。心の底からそう思っていますか。


 もしあなたの許に家族が帰ってきて、以前の生活に戻れるとしたら、それを素直に喜べますか。家族を抱き締め、笑い合い、また無意味に心配される日々に復するのです。許容できますか。


 「有能力者の能力は、その人間の願望に大きく依存する」とは空巣さんの言葉。以前、私の能力について話をしていた時のことです。


「生まれつき体の不自由な有能力者がいた。指一本満足に動かすこともままならない彼の力は『空を飛ぶ能力』。自由に大空を飛び回るのが幼少期からの夢だったらしいが、それで体が治ったわけではない」


 空巣さんは話を続けます。


「能力はあくまで願いを叶える力に過ぎず、当人が抱える問題の根本的な解決には至らない。有能力者は普通の人間より優越していると誰もが考えがちだが、事実は違う。むしろ有能力者は背中から腕が生えているようなもので、それはそれで利便性はあるだろうが『普通』には到底及ばない」

「では空巣さん、私の能力はどのような願いから生まれたものなのでしょう……。自分が何をしたいのか、何を叶えたいのか、私には分からなくて」

「六花は自分自身の能力について何も知らないのだから無理はない。己の心の奥底にある願望は、形にしてみなければ分からないものだ」

「空巣さんは私の能力を知っているんですよね。教えていただけませんか、そうすれば私が何を願っているのか分かると思うんです」


 空巣さんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、お茶を濁しました。今はまだ無理に知る必要はない、と言っていましたが、単に答えたくなかったのでしょう。それにしても、私も随分と白々しい質問をしたものです。何を願ったかなんて、自分の願望なんて、わざわざ形にして示さずとも普通は分かるんですよ、空巣さん。他ならぬ自分のことなのですから。


 夢のように朧気な、ひょっとすると本当に夢だったかもしれない記憶。私の能力を恐れたお兄ちゃんが、私を殺そうとしたあの光景。


「私はお兄ちゃんが好きです。お父さんもお母さんも、私の大好きな家族です。でも」


 私の家族は急にいなくなったのではなく、もしかすると私が――。


「私は一人の方が気楽なんです」


⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯


 学校でも私は一人でした。


 授業やグループ学習の中でどうしても他の生徒と会話をしなければならない場面はありましたが、最小限の言葉しか交わさず、相手も気を遣ってくれたのか、必要以上に声をかけてきませんでした。


 私は孤独な立場にありながら、それでもどこか安心していたのです。誰とも話さなくていい、気を遣うことも遣わせることもない。誰にも迷惑をかけない、懸命な生き方。


「引っ込み思案であるという事実を棚に上げて『懸命な生き方』だと自分を慰めるのは止めた方が良い。その内、自分の行動や思想の全てを正当化せずにはいられない根暗になるよ」


 まだ道開お兄ちゃんが非行敷に来る前、後に敵対する西苛ちゃんと初めて話をした時のこと。図書室のカウンターで本の貸出手続をしていた西苛ちゃんは、本を借りにきた私に対し、まるで私の心の声が聞こえたみたいにそう言いました。


 最初は突然何を言い出したのかと困惑しましたが、彼女がにやりと笑うのを見て、言い返さずにはいられませんでした。


「馬鹿にしないで下さい。私は引っ込み思案ではありません」

「そう……、そいつは失敬」


 彼女はそれ以上何も言わずに淡々と手続きを済ませ、本を差し出しました。私は逃げるように西苛ちゃんから離れましたが、図書室を出るまでずっと彼女のねっとりとした視線を背中に感じていました。


「私は西苛ちゃんと友達になりたかったんです」


 それは本心ですか……、三枝 六花。


 本当はむかついていたのでしょう。彼女の一挙一動が癇に障って仕方なかったのではないですか。


 道開お兄ちゃんには口が裂けても言えなかった台詞があるくせに、何て嫌な女。


「西苛ちゃんを殺さないで下さい」


 それは嘘。正しくは西苛ちゃんを殺して下さい、でしょう。嫌いな人間を他人に頼んで殺してもらおうなんて、賤しい子。卑屈で陰険な三枝 六花。お兄ちゃんのことだって、内心どう思っていたのやら。


 夢路 道開。人類史上最低の実名なき殺人狂。本当のお兄ちゃんに似た特徴を持つ、赤の他人。


 お兄ちゃんには助けてもらった恩がありますし、何より彼は私のことをいつも気にかけてくれました。それを安易に言葉にするのではなく、行動で示してくれました。彼の善意を、お節介だと罵るつもりはありません。


 煩わしいとは思わなかったのですか。


「思いませんでした」


 彼もあなたの家族や西苛ちゃんと同じです。


「違います」


 何が違うというのです……。


「お兄ちゃんの前だと、私は『一般的な女の子』になれました。卑屈でいじいじしていた三枝 六花ではなく、少し毒舌で読書が好きな当たり前の人間に」


 それは偽りの私でしょう。自分の考えを一切口に出さない、孤独だけを愛する本物の私を殺してまで、彼に気に入られたいのですか。


 何故……。


「お兄ちゃんのことが好きだからです」


 それは家族として……、異性として……。


「家族として、異性として。そして一人の人間として好きです」


⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯


「楽しい悪夢は見られたかな、六花ちゃん」


 もし私が世界を滅ぼす役割を担うことになったとしても、お兄ちゃんだけは傷つけません。他の全てを犠牲にしてでもお兄ちゃんを救います――あれ、何故でしょうか。西苛ちゃんの声が聞こえたような。


「まだ夢心地で思考が追っついていないかもしれないから、眠気覚ましに状況を説明してあげるね。君はぼくに捕まり、我が家の地下室へ連れてこられた。そんな君を助け出そうと道開くんが駆けつけたから、今はぼくが足止めしている。君に現状を説明しているこの声はただの録音だ」


 西苛ちゃんに捕まった。そうです、お兄ちゃんが私の部屋を出た後、目の前に突然西苛ちゃんが現れ、私の鳩尾に拳を打ち込んで、それから先は――。


「この『録音』と『能力』は、ある条件を満たすと発動するように設定しておいた。その条件とは、ぼくが君の能力を奪えないと断定するか、あるいはぼくが道開くんに倒されるか、だ。どちらかといえば後者が濃厚かな」


 お兄ちゃんが西苛ちゃんを『倒した』。それは彼女の戦意を奪うことに成功したという意味なのでしょうか。それとも――殺して、しまったのでしょうか。


 いいえ、西苛ちゃんを殺さないで欲しいという、私の本心に背いた願いを、お兄ちゃんは叶えてくれたに違いありません。彼は約束を破るような人ではありません、今にも弾けるような笑顔と共に手を差し伸べてくれるはず。


 これで、これでいいんです。誰も死ぬ必要はありません。


「まさか六花ちゃん、これで全てが終わったと勘違いしてはいないだろうね。もしそうだとしたら、君はぼくを嘗めている。そういうのは良くないよね。だから六花ちゃん、数少ないぼくの友達として、代わりに僕の野望を遂げることで反省してもらえるかな」


 何か硬いものを頭部に打ちつけられ、私はたまらず呻き声を上げます。ところが周囲を手で探ってみても、それらしい物体の感触は見つかりません。私は一体何に頭をぶつけたのかと考えている内に、今度は脳を激しく揺さぶられているような衝撃が走りました。


 記憶。道開お兄ちゃんの記憶が、西苛ちゃんの記憶が、断続的な激痛を伴って私の頭の中に流れ込んできます。先程の震動の正体は、二人の経験した絶望、悲しみ、そして苦しみの集合体だったのです。一人の人間の脳味噌に収まるよう圧縮された『僕』が、『ぼく』が、『わたし』というにんげんのじいしきにとけあって、そして。


⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯

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