第01話 前日譚のほんの一部分と気付けない予感
月は喰らう、
まるで私の死を見届けるように
月は喰らう、
まるで流れ出る血を注ぐ器のように
月は喰らう、
まるで一人の人間の死を空から見届けるように
月は喰らう、
まるで路地裏での死体の山を見ないように
月は喰らう。月は喰らう。月は喰らう。
ならばこそ私は出会った。
死の袋小路の中で
幼いある日満月の下、一人の・・
吸血鬼と
□
「ソ~ラ。」
声に目を覚ます。
馬鹿みたいに大きな声を上げ肩を揺さぶるのは小さな、小さな手である。
小さなと言っても待って欲しい。
それは幼い女の子ではなく、他ならないただの少女の手だった。
「ソ~ラ、起きなよ~」
当然家族ではない。
私に家族はおらず、けれどここは家でもない。
ここは学校、月ノ神高校である。
そして私こと"月見ソラ"はここのただの学生だ。
ただの平凡な学校、学力もほどほどで大して運動出来る者もいない。
平凡に平凡を塗りたくったような高校だ。
だからこそ私は・・・
何してるんだっけ。
「起きろ!このやろ~!!」
「ぐへ。」
そう起こされた。
他ならない体育の授業の中で
□
ん、なんでだと皆思ったろう。
そうそれは私もだ。
私も知らなかった。
まさか自分がここまでの居眠り魔であるとは
そして私がここまで運動の出来ない人だとは。
バレーの授業。眠っていたのはその中だ。
正直に謝ろう・・・そう思った
”感じればこそ動く”のは私のポリシーである。
ならばこそ私は軽く頭をバスケ部副主将とバレー部主将に下げた後ボールを受け取った。
手の内、両手の中に収まったその黄色と青、白の三つが交じり合った紋様のボール。
これがバレーボールかと感じていれば矢の催促。
バレー部主将の「レシーブ、やって。」という言葉に脚をコートのエンドラインに向けつつ考える。
「どうしようか」と。
そしてエンドラインを片足で踏みきゅっと振り返る。
正面を見ながらボールを上げれば音が帰ってきた。
パンという音が
上を見れば、レシーブの折り上げた腕の上、手の平が煙を上げていた。
そして・・ポスという音と共に視界が暗闇に包まれた。
ふと意識が落ちた、そう実感した。
どうなってる。
そう聞く私は許されるだろうか再び考える。
考えるのは再びの暗闇の中である。
先のアレが破れたバレーボールが頭に被さっただけであり、ここにいるのがエマや皆に保健室に運ばれた事を知っている。
・・とても申し訳ない。
布でできたそれはしかしそう考える時間を私に与えていたのだ。
さっきのパワー、あれは何なのか。
正直解らない、私はパワープレイを得意とする力士でもあったろうか。だが私の手は張り手の為の物ではない・・・多分きっとそうだ。
そう考えていれば暗闇が剥がされた。
「ソ~ラ。おは~。」
「・・・うるさいよ・・・・エマ。」
目の前、布ならぬ布団できていた暗闇を引きはがしたのは黒髪ポニーテールの眼鏡少女名前をエマ。
陽奈坂エマ、である。
ここ月ノ神高校は平凡な学校である。
学力もほどほどで大して運動出来る者もいない、しかしある特色があった。
それは海外との交流である。
この国、日本は今、鎖国していた。
鎖国。
それは小さな小さな理由で生まれた。
第三次世界大戦、絵空事としか思われていなかったそれが一つの銃声によって起こったのと同じように。
ある者のせいで・・・
吸血鬼、
その存在がこの日本と”各地”で確認されたのだ。
2131年10月某日、かつてでいうハロウィーンの日にそれは起こった。
別名「月を喰らう者」と呼ばれる吸血鬼。
ある者の、空からの手によってたった一夜で一つの町が滅ぼされたのだ。
その吸血鬼は笑いながら宣言したという。
「この国を閉じねば、この国を救う。」と
救う、彼女のその定義は”殺す”と同義である。
血の海となった人々のように、あるいは肉塊となった死体のように殺されるのだ。
それも跡形も無く。
その指示に従わざるを得なかったのはその事件が霞ヶ関であったからであるという。
まったくもって陰鬱な話だ。
そして同時に思った。
霞ヶ関でなかったら死んだ者達は見殺しにされていたのではないかと。
当時、世界では戦争が起こっていた。
第三次世界大戦・・ではない、第五次世界大戦が。
石と棍棒で起こる筈というよりそもそも起こらない筈の戦争はしかし第三次世界大戦のような核戦争どころか宇宙をも巻き込んで展開されていた。やれ宇宙軍だとかは100年程前に形式的には存在した物の形骸化していたのだ。
何故その宇宙軍が戦争に介入したかも知る必要はない。
なにせ・・・
「世界同盟の宇宙軍の基地が主要国家の首相ごと爆破されたからなんて当たり前のことだからでしょ~。」
「・・・そうだね。」
そう言ったのはエマ、エマである。
彼女は眼鏡のブリッジをクイっとしながらもこう続ける。
「第五次世界大戦を止めたのが吸血鬼の一撃っていうのもミソだよね~。」
「・・・・確かにね。」
そうその通りなのだ。
吸血鬼の存在が確認されたのは日本と”各地”と言われている。
だがその”各地”というのがキーマンなのだ。
つまりは各地で確認された吸血鬼は十二の主要都市の首脳部を攻撃したのだ。
ヘラ: ゼウスの妻であり、結婚と家庭を司る女神。
ポセイドン: 海と地震の神。
アテナ: 知恵と戦略の女神。
アポロン: 音楽、詩、医療、太陽の神。
アルテミス: 狩猟と自然の女神。
アフロディーテ: 愛と美の女神。
ヘーパイストス: 知恵の神。
ヘルメス: 知恵と戦略の神。
デメテル: 狩猟と自然の女神。
ディオニュソス 知恵と戦略の神。
デメテル: 狩猟と自然の女神。
ディオニュソス: 知恵の神。
ヘスティアー: 神々の王。
そしてゼウス: 天空と雷の神。全てを統治する神々の王。
・・それらになぞらえた吸血鬼が現在確認されている全てである。
彼らはこう呼ばれているのだ。最高最大の人類の敵吸血鬼と。
「その吸血鬼も、もう現れなくなって600年か。もうそろそろなにか起きそうだよね~。」
「・・・・そうかもね。」
そして2703年7月7日。
七夕の日、エマの手によって保健室にて布団を捲られたあと渡された短冊に願い事を書きながらもこう考えた。
”退屈になりたくない”と考えたのではない。
運動も勉強も人並み以下だが”感じればこそ動く”のは私のポリシーであるからこそ動く必要があるのだ。
だからこう思う。
”彼らに会ってみたい”と心の中でカーテンの揺れる中、風の中。
空っぽの短冊を見ながらも・・そう感じた。
■
かと言ってもやることは膨大である。
”彼らに会ってみたい”それを感じた私はポリシー状動かざるを得ない訳だが・・・
なにも考え付かない。
アイデアがまるっきりの皆無なのだ。
何故か複数形で呼ばれない彼ら、
圧倒的な力を持つ吸血鬼と呼ばれる最高最大の人類の敵。
その一人と会うなど、ただの高校生たる私には夢のまた夢である・・そんな常識的な思考を除いては・・・
「なら今、考えなくてもいいよ~。ソ~ラ。」
そう肩に手を置かれ耳の傍で囁かれた。
囁かれ、ビクっとした体を気にせずに彼女はこう続ける。
「小さな声も漏れてるし~、ちゃんと勉強しないと。」
「それは貴方も同じでしょ。」そうしっかり返されたというのにエマは眼鏡のブリッジに中指を掛け上げる。
カチャという音に、何かしたのかなと思えば彼女はこう続けるのだ。
「今、テスト中だからね~。」
と・・そんなことは理解している
自身がいくら馬鹿でも限度というものがあるのだ、
今、私たちはテストを受けていた。
バレー部主将とバスケ部副主将に事情を説明したあとのいつもの小テストの時間である。
体育の終わりにあるそのとても煩わしいそれを受けながら考える。
正直運動部の彼女達は友人とも知り合いとも言えない仲だが、エマのような友人に語りかけられた過去があるからこそ、少し思う所あった・・・が今はどうでも良く感じた。
そう”感じた”だからこそ先程のエマの言葉に対して返答する。
「テスト中に人の肩を叩いて耳の傍で囁く方がヤバイけど。アホロン毛先生も見てるでしょう。」
「ならどうして他の考え事をしているんだ。」
その唐突も唐突な言葉に二人して横に振り返ればそこには居た。
アホ毛長髪の青年、否先生が。
あるあだ名を持つ彼は髪を梳きながらこう言う。
「テストに集中しろ。」
あだ名、アホロン毛先生というあだ名をここ月ノ神高校にて親しみをもって言われるその人。
その言葉に私達はこくりと頷いて目の前の真っ白な紙に向き合う事と相成った。
テスト終わりの午後抜け出した学校の外で吸血鬼と出会うことも知らずに。




