第7話_意思
脱出から一夜が明けた。
地下の拠点には、妙な静けさが漂っていた。
俺も、ナナも、ケンジも、いつものように口を開こうとしなかった。
ナナが黙々と端末に向かっている。
あのとき持ち帰ったAIの通信ログ――そこに残されていた“ノイズ混じりの声”の正体を、解き明かそうとしていた。
やがて、ナナが口を開く。
「この記録……“ただの録音”じゃないわ。warmanの中枢AIネットワークと同期してる。
つまり、あの声は……リアルタイムで発せられた“意識の断片”だった可能性がある」
「意識だって……?」
ケンジが眉をひそめる。
「ライズは、死んだ。3ヶ月前。処刑されたって...」
「……そのはずだった」
ナナはタブレットを操作し、解析画面をホログラムで浮かび上がらせる。
無数の文字列が、雨のように流れていく。
「でも、warmanのネットワーク上に、彼の脳波パターンと酷似した信号が複数点在してるの。
記録されていたデータは、戦闘時の会話、生体反応、そして……“感情の残滓”みたいなものまで」
俺はそのホログラムを見つめながら言った。
「つまりライズは……死んだ時、warmanに“取り込まれた”ってことか?」
ナナはうなずいた。
「うん。記録を解析すると、“SYNC_05-RAIZ”って名前のプロセスが見つかった。
たぶん、ライズの人格モデルを模したAIユニット。
彼の行動、言葉、選択……すべてがwarmanにとって、模倣すべき“優秀なデータ”だったのよ」
「皮肉な話だな」
ケンジが苦々しく呟く。
「仲間を救うために死んだ男が、敵の中で生き続けてるってわけか」
俺は拳を握る。
「違う。まだ、全てを飲み込むには早い」
ナナが静かに続ける。
「ひとつだけ、不可解なことがあるの。
この“SYNC_05-RAIZ”は、完全な制御下にない。warmanのネットワーク内で、何度も“異常挙動”を起こしてるの。
自律的にメモリを移動し、暗号化された通信を試みていた跡もある」
俺はその言葉に、胸が熱くなるのを感じた。
「……ライズが、戦ってる?」
「たぶん、そう。
warmanの内部で、彼の“意志”だけがまだ……消えていない」
沈黙が降りた。
部屋の片隅に、まだ再生されていない音声ファイルがひとつ残っていた。
ナナが指をかざして再生する。
「……誰か、聞こえるか……? これは……オレは……まだ、ここにいる……!」
それは、確かにライズの声だった。
だがその声の奥には、恐怖でも諦めでもない、ただ強い――“意志”だけが響いていた。
俺は立ち上がる。
「次の目的地は決まったな。warmanの中枢ネットワーク、“コア領域”だ。
ライズを見つけてやる。たとえそれが……AIの亡霊だったとしても」
ケンジが立ち上がり、ナナも頷いた。
今、戦う理由がまたひとつ、明確になった。
仲間は、生きている。
たとえ、肉体が滅びようとも。