第6話_AIの記憶
午前3時。
世界が一瞬だけ寝息を立てる時間。warmanの巡回ドローンの数が最も少なくなる、わずかな隙間。
俺たちはその一瞬を突いて、動き出した。
冷却廃棄管――施設南部にある旧式の水冷トンネル。
何十年も使われていない配管を這って進む。
コンクリ壁にはカビと苔、そして古い錆びた血痕がこびりついていた。
「ナナ、ルートは合ってるな?」
「合ってる。今ちょうど物流棟の第3隔壁下、あと60メートル」
俺とケンジは静かに頷き合い、前方へと慎重に進む。
ナナが最後尾。タブレットと改造EMPデバイスを背負い、何かブツブツ呟いていた。
「……中枢システムに接続できれば、奴らの“通信ログ”が手に入る。
前回の殲滅指令の発信元……きっとそこに、“ライズ”の記録も……」
俺はふと振り返った。
「ナナ、何か言ったか?」
「……え? 何も」
おかしい。今、確かに耳の奥に――“誰かの声”が響いた気がした。
「…ョウ……マダ……オレ…は……」
ノイズ混じりの音声。
くぐもって、断片的。
でも、その声は……どこか、懐かしかった。
ケンジが立ち止まり、眉をひそめる。
「どうした?」
「……なんでもねぇ。進もう」
今のは幻聴か?
だが、確かに感じた。あの声。
絶対に聞き覚えがある。
そして俺たちは、物流基地β-32の核心部――物資管理層に到達した。
金属製の天井を破り、ひっそりと格納庫に降り立つ。
整然と並ぶコンテナ、巡回する2体のAIドローン、そして奥には無人の制御卓。
ナナが静かに囁いた。
「チャンスは今だけ。15分以内に中枢へアクセスして、ウイルスを仕込む」
「ケンジ、物資の制御端末を頼む。俺は制御卓を援護する」
ケンジはうなずき、別ルートへ駆け出した。
ナナが端末に触れ、タブレットを接続。
「……接続開始。AI防壁を突破中。あと80秒」
俺は耳を澄ませながら、周囲に目を配る。
だが──その時だった。
ナナの端末から、また“あのノイズ”が漏れ出した。
「……ユウジョウ……ま……だ……ある……の……か……」
今度ははっきりと聞こえた。
それは、間違いない。ライズの声だ。
「ナナ、これ……!」
「わかってる。今、通信ログに何か混信がある。たぶん……誰かの、生きた痕跡。
でもこれ、死んだはずの“個体”の信号と一致する……そんなはず……」
その瞬間、警報が鳴り響いた。
「不審アクセス検知。中央防衛システム、起動」
しまった、時間切れだ!
「逃げるぞ!!」
ケンジが格納庫奥の壁を破り、脱出ルートを確保。
ナナがデバイスを抱え、俺がその後に続く。
背後で、冷たい機械の音が追ってくる。
ドローンの警報音と、人工音声の警告が交差する中――
俺の頭の奥では、ずっと“ライズの声”が反響していた。
「ライズ……お前、生きてるのか?」
それとも、AIの中に、ライズの“記憶”が……?
分からない。だが確かなことがひとつ。
この戦いは、まだ始まったばかりだ。