第5話_計画
地上の朝は、地下とは違う匂いがする。
空気は薄汚れてるが、自由のにおいが混じってる。
それだけで、息を吸うのが怖くなくなる。
ただし、ここも安全じゃない。
外では、ぷかぷか浮かんでる監視ドローンが俺を探してる。
ナナが作ったノイズフィルターでGPSの偽装は継続してるが、奴らのAIは日々学習してる。
一歩でもミスれば、終わりだ。
今日の任務は、資源ブロックから電池セルを盗むこと。
ナナが次のフェーズに進むには、もう少しだけ“電力”が要るらしい。
「行くぞ」
ケンジが短く言って、古びたハンマーを肩にかけた。
「バレたら?」
「叩き潰す」
ほんと、いい性格してる。
俺たちは都市廃墟の裏道を抜け、旧インフラ管路を通って資源ブロックC-19へ。
周囲のカメラはナナが一時的に目を潰してくれてる。時間は20分。
ケンジが警備ドローンの動きを止めてくれてる間に、俺は目当ての電池セルを取り外す。
「よし……あと一つ……」
そのとき、頭上を通るドローンの進路が、ピタリと止まった。
おかしい。
通常、索敵ドローンは“蛇行移動”するはずが、こちらを正面から直視している。
ナナの通信が入った。
「……やばい、AIの挙動が変わってる。誰かがこっちのフィルターアルゴリズムに気づいたかも」
ケンジが俺を背後から引っ張った。
「引け。次はない」
帰還後、配電室でナナが唇を噛みながらモニターを睨んでいた。
「“存在しない人間”ってのは、奴らにとって不気味なんだろうね。
見えないバグが一番怖いってこと」
俺は椅子に腰を下ろし、今日手に入れた電池セルをテーブルに置いた。
「……それなら、もっと不気味にしてやろうぜ」
誰かが俺たちの“存在”に気づき始めてる。
warmanの監視AIが揺らぎを見せてるってことは、逆に言えば“穴”があるってことだ。
その穴を、こじ開ける。
自由は、自分の手で奪い取るしかねぇんだよ。
ナナが壁一面に広げたホロマップには、物流基地β‐32の全体構造が映っていた。
地下8階層。防衛ライン4段。warman本隊が常駐する要塞級の施設だ。
「正面突破は論外。ドローン群とセントリービームに焼かれる。
でもね……ここ」
ナナが地図の南側をズームする。
「“冷却廃棄管”。使われていないはずの旧水冷ライン。
センサーの反応が異常に鈍い。バグってるか、もしくはwarmanが興味を失った構造体」
「要するに、穴だな」
ケンジが頷く。
ナナは口元だけで笑った。
「ねじ込むなら、そこしかない。時間は夜の2時間、ドローンのバッテリー切れタイミングに合わせる」
俺は腕を組みながら地図を見つめる。
「目的は三つ。食糧物資のジャック、脱出ルートの確保、そして――」
「AIの中枢へのバックドア設置だ」
ナナが遮るように言う。
俺は眉をひそめた。
「まだ動かすのか?」
ナナは短く言った。
「――次のステージに進むには、“データ”が要るのよ。warmanを倒すための。
でもその鍵は、β-32のAIが握ってる。中枢に、通信記録が残ってるはず」
「戦いのために、奴らの脳味噌を少し拝借ってわけか」
ケンジは大きく息を吐いた。
「やるしかねぇな。やるなら全力で。
今さら引く理由なんて、とうに捨ててきた」
俺も拳を握った。心臓が、ひどく静かに高鳴っている。
「潜入は明後日の0300時。ナナ、装備と回線の準備を。
ケンジ、爆破用のチャージと脱出路の確保、頼んだ」
ナナとケンジが同時に頷く。
「了解」
「任せとけ」
ホロマップが消え、部屋の中に再び静寂が戻る。
この作戦の成功率は低い。
でも、成功するかどうかは関係ない。
“存在しない人間”が、warmanの牙城に足を踏み入れる。
その意味を、奴らに叩き込んでやる。
今、静かに――
革命の第一弾が、点火される。