第5章 史上初の神ならざる社長
司法権問題特別委員会の初会合から1ヶ月後、報告書がワマラ国政府閣議に提出された。その内容は、次の通りであった。
「世界は、急激な変化を遂げています。本委員会はその変化を受けて設置されたものであり、司法権についての専門的な委員会であります。まず最初に、他国との差を述べておきます。他宗教の司法システムは、全てが神の言うままになっており、一切の反論は出来ません。
しかし、本国の司法システムは、複数の階層を設け、さまざまな裁判所を通す事によって、より高度な司法システムを実現しています。これは、複数の裁判所を通す事によって、1回の裁判に不服な人に対しても、複数の機会を与えるという事によって、公平性を保たせると言う意味合いがあります。さて、司法機関は、政府及び議会より独立した機関でありながら、憲法に抵触するような法律に対しては、物言いをする事が出来る権限を付与する事により、立法、司法、行政の三竦みの状態が出来るのです。司法の内容についてですが、各行政管区につき最低一つの、簡易裁判所を設置し、その上級裁判所として、地方裁判所、地域裁判所を設置、結審するための終審裁判所として、ワマラ国最高裁判所を設置します。但し、最高裁判所は一つのみで、その他の裁判所は、複数設置する事になります。現在の行政管区は、489あるので、それぞれ、最低489個の簡易裁判所、それらを地方レベルで統合する地方裁判所、地方裁判所を地域レベルで統合する地域裁判所、司法の番人、憲法精神を尊ぶことが責務とされる最高裁判所と言う順になります。本委員会の報告は、以上です」
ワマラ国政府となった、上級役員会議にて、司法権を裁判所に移譲する事を正式に決定し、議会に諮問した。その結果、以上の報告書の内容に賛成と言う結論に達し、報告書が提出されてから3週間後には、最高裁判所及び下級裁判所に関する法律が正式に可決され、司法権が行政権から独立した。これを以て、3権分立が成し遂げられた。
「長い間の夢が叶ったようなものだよ」
雪野は、いつのもアパートにいた。他の三人も、テーブルを囲っていた。
「後の問題は、他企業の神々についてね。私は、恐らくワマラだけが変わっただけだったら意味がないと考えるの。だって、この世界は5つの国、2つの勢力にわかれている。2つの勢力の内の一つはここだけど、ほかの方が大きいんだから…」
「じゃあ、社長懇談会を開こう」
「何を言い出すの?雪野。社長懇談会って…」
「5つの企業の各最高社長、サラマンドラ・クリンドール、シルフィード・ヒルコンポート、グノミード・オイウェル、オンディーヌ・ミギャイル、それとこの俺を合わせた5人が、現在の最高社長と呼ばれるものだ。彼らを1部屋に集めて社長懇談会を開く。それを開いて、それぞれの国に対しての結論を出す」
「じゃあ、各社への伝達が必要ね。私がしておこうか?」
「ああ、頼んだ」
「場所は、どこにするの?」
「第5世界魔法商工会議所第1会議室を借りよう」
「分かった」
加賀は、そのままどこかへ電話をかけ、指示をしていた。
すぐに、各社から返答があったが、その結果は、全て拒否と言う話であった。
「じゃあ、仕方ないから、その話は無しと言う事になるな」
雪野が残念そうに言った。
「それよりも、魔法完全体の新しい方法を見つけたらしいわ。ついさっき、うちの携帯に連絡が入った」
「そうか、あの研究室が、またやったのか」
「そうそう、それに、私が考えた効率的な魔法結晶体の抽出方法も成功したみたい」
「じゃあ、両方とも見に行こう」
雪野達は、研究室を見に行った。
「無事に出来たんだって?」
「ええ、そうです。今までは、酸に対して不動態を形成すると、それが、魔法結晶体全域に対して形成されたので、いったん蒸発させてからしか、王水に反応できませんでしたが、超強力な磁石を近づける事によって、磁気を粒子以外の場所に付ける事に成功しました。それによって、磁気を付けた事により、不動態がその部分につかなくなり、溶かす事が出来るようになりました。そうして、魔法完全体を作ることに成功しました」
「で、私が考えた方法も出来たんでしょ?」
「ええ、ちゃんと出来ましたよ。魔法陣利用の魔法結晶体製造法」
「え?魔法陣…なんて?」
雪野は、加賀に聞いた。
「魔法陣利用の魔法結晶体製造法。私が考えた魔法陣を利用して、魔法結晶体を製造する方法。いままで、部屋にこもって研究していたものなんだけど、ちょくちょくここで研究員に混じってしていたの。そしたら、もっといい方法を考えるって言って、そのまま、彼に引き継いでもらったの」
「自分が、それを完成させたんです。粒子を出来るだけ集中させるように陣を組んだんですが、なかなかうまくいかないものなんです。それがようやく出来たんです。しかし、今はまだ不安定で、さらに研究の余地があります」
「いつの間にそんな事していたんだ…?」
平水が、加賀に聞いた。すると、宮崎が答えた。
「あれ、気づいていなかった?1年ぐらい前からずっとしていたよ。うちも、時々見ていたから、知っていたんだ」
「そうそう、幸琥は、いつもみているだけだったわね」
「……」
「ま、そんな話はさておき、魔法石や魔法塊はいいが、あまりやりすぎるなよ。疲れたら、ちゃんと休むんだ」
雪野が、指示をする。研究員は、それに従う事を約束した。
「さて、こちらは、議会に提出する分の報告書を揃えておかないとな…」
今の所、議会は正常に機能していた。その一方で、独裁状態が続いている、他企業も、その事について話し合いが行われていた。
初めて、各社をテレビ会議でつなぎ、議案を話し合う場がおかれた事も、その一環だったのだろう。
「今回、ワマラ社において、議会と言う立法機関が設置された事、政府と言う行政機関が設置された事、裁判所と言う司法機関が設置された事について、話しあいたいと思う」
サラマンドラ社社長が、議長役をしていた。
「議会、政府、裁判は、我々にはまったく関係ない物。我々は、これまで、5000年近くもこの状態で平和が保たれ続けていた。これからも、この状況が続いても、問題はあるまい」
グノミード社社長が発言した。
「まさしくその通り。それに、もしもワマラ社側が、事を起こそうとすれば、すぐさま軍事行動を起こせばよろしい。何も言わずに、あちらは崩壊するだろう」
「グノミード、確かにそれは正しい。我々は、赤子の手をひねるよりもたやすく、ワマラ社を徹底的に破壊する事が出来るだろう。しかし、その後はどうするのだ?軍事行動を起こしたとしても、その後の事を想定していなかったら、意味がないのだぞ」
シルフィード社社長が、弱気な発言をしたと受け止められ、オンディーヌ社社長が、鼓舞をする。
「いや、そのような事は関係ない。今回の話は、立法府、行政府、司法府が独自の権限を有する独立した機関として、設置された事を議題にしている。それ以上でもなくそれ以下でもない。ただ、それだけだ」
「議会は、上級役員会議で代行できる。政府は、これも、上級役員会議で代行可能。裁判は、社長の意思決定が全てであると言う事実を踏まえても、存在意義がない。それらを考慮すると、議会、政府、裁判所などと言うのは、資金の無駄であり、また、不要な長物であると断言できる」
「では、オンディーヌ社のその発言を、今回の会合の総意としてもよろしいか?」
「異議無し」
サラマンドラ社社長は、素早くまとめ、全会一致で可決された。
「では、またいずれ会おう。神よ」
そして、画面は暗くなった。
ワマラ社では、定例記者会見を開いており、その中で、ワマラ社の社長である雪野雄一は、他社のような神ではないと言う、非神宣言をしていた。さらに、65歳定年制を唱え、議会で受理を受けた上で、可決された。社長も65歳になると、退職する事になった。