第4章 国家企業
巨大企業化したワマラ社は、さまざまな利権が深く絡んでいるように、外部からは見られていたが、実際は、そのようなものは、一切つながりがなかった。彼らは、特許を繰り返し申請し、さまざまな物を生み出していった。最初に売り出した、あの商品はもちろん、その関連商品なども大ヒットを繰り返し、当時の第5世界、無宗教家達の世界に起業を促すきっかけとなった。こうして、巨大企業複合体がここに誕生した。ワマラ社が中心となり、第5世界に存在していた既存の企業を次々と合併。結果生まれたのがワマラ者が宗教となる勢いの企業だった。
上級役員会議にて、雪野雄一、平水智弘、加賀彩夏、宮崎幸琥の4名が永久名誉会長職に社長又は副社長引退後就任する事が正式に決定された。他宗教の神と同等の権力を手に入れていた雪野だが、彼自身は神になる気がなかった。なぜなら、神になると他の3人も神になると考えたからだった。自分だけ抜け駆けと言うのは許せないし、他宗教と同じというのも違法だろうと考えていた。しかし、その他にも気がかりなことはあった。
最初に起業したあのアパートは、今も住んでおり、あの時と変わらないような暮らしが続いていた。しかし、この部屋は研究所となっており、4人だけが勤務していた。何かあれば会社にいくが、その他の時間の大部分はここで研究に明け暮れていた。
4人は、リビングのテーブルを囲って座っていた。加賀が言った。
「次の目標は?」
「うちが思うに、最終目標に挑むべきだと思うよ」
「魔法完全体を、俺らの手で作る」
「でも、私の記憶違いじゃなきゃ、昔置いてあったよね。段ボール箱の中に」
「ああ、ボクが持って来たあれね。あれは今でもあるけど、少し違うんだな」
「違う?」
3人の声がハモる。
「あれは、天然に存在する極めて稀な鉱石だ。どうにかすれば作れるというそんなレベルの話じゃない。繰り返し普通の精製を繰り返しても、99.98%以上の配合比率にならないんだ」
「さて、どうしたものかね」
雪野が腕組みして考える。
平水が言う。
「別の精製方法を見出すしかないな。現在の精製は、蒸留しか見つかっていないんだろ?」
加賀が答える。
「蒸留って言うか、蒸発だね。1268℃で融解、2740℃で蒸発。これは、魔法結晶体での平均温度にすぎない。天然に存在している魔法結晶体、魔法完全体は、全魔法物質の内の数ナノ%程度しかない」
「いや、まて。俺にいい考えがある。相当時間はかかるが、確実に100%の配合比率も可能だ」
「そりゃ、どうやってするんだ?僕にも教えてくれ」
「そうそう、うちにも」
「それより私が一番と思うな」
「いや、蒸留とかじゃなく、電子顕微鏡を使う」
その答えに、3人とも良く分からないような顔をした。
「なぜに、電顕?」
「魔法結晶体を、粉々にして、それを手作業で一つ一つの粒子ずつ、別の容器か何かに移すんだ。もちろん、無菌、無塵室でなきゃいけないし、細心の注意が必要だろうね」
「でも、私はやって見る価値はあると思うわ。問題は、そんな集中力が続く人がいないって言う事よ」
そして、雪野は、そこで、ある事に気がついた。
「そうだよ、ロボットにやらせればいいんだ」
「え?ロボット?ここ最近作られた人工知能を搭載したって言う、あれ?」
「そうだよ。魔法結晶体の固有スペクトルは種類を問わず一定だから、それさえ区別できるようになれば、分別が可能だ!」
雪野はすぐに別の場所に電話をかけた。それは、ワマラ社が有する、ロボット開発研究機構だった。
魔法石を中心としていた時代に最も栄えたと言う伝説が残っている、さらにそれ以前は、宇宙文明と言う謎の文明群が、その技術を伝えたという話も残っている。当時のロボットは、ただプログラムされた物を動かすだけだった。その後、サラマンドラ社以下4社が、SSGOと呼ばれる集合体を結社し、事実上の独裁体制をとったので、ロボット研究は消滅していた。それを復活させたのが、雪野達だった。彼らは、ロボットの失われた文化を蘇させるために、投資を行った。第5世界で細々と続けられていたロボット研究は、ワマラ社がバックについて、急激に進んだ。現在では、工業的なロボットワームを製造、研究中だった。それを使おうと言っているのだった。
「だったら、もうちょっと時間がかかるな」
「じゃあ、私、もうちょっと考えておくからね」
そう言って、加賀は研究室に入った。後を追って、平水が中に入った。残った雪野と宮崎は、リビングで残務整理をしていた。
ちょっとしてから、インターホンが鳴った。
「はい」
雪野が出たら、ワマラ社の社員だった。
「社長、ちょっと見てもらいたい物があるんですが、4人とも、今お時間が空いているでしょうか?」
「ああ、分かった。ちょっと待ってくれ」
雪野は、4人を連れて、その見てもらいたい物を見に行った。
案内された場所は、精製部研究所だった。魔法石や魔法塊から効率的に粒子を収集するために作られたこの研究所は、加賀を所長としていた。そして、その中でも最も奥深くにあり、その研究所の中心部とも言える研究室が、魔法完全体研究室だった。ここは、平水が持っていた魔法完全体とは別の、とても小さな物が、研究対象となっていた。ただ、この魔法完全体も精密に言えば、完全とは言えず、配合比率を100%にする事を目的として、設立されていた。
「とうとう出来ました。配合比率100%の精確に魔法完全体です」
それは、不純物が入っていないガラスのように透明で、ダイヤモンドのように輝き、そして、何者も寄せ付けないように高潔な結晶だった。
「さらに、これを以て、全ての化学組成も分かりました。本元素名は未知の元素による物として、仮称「MPB」。六方最密充填構造を有しているが、電気伝導性、展性、熱伝導性は無し。光沢は、見ての通りです。原子量61.123、密度8.9353g/cm^3、融点1268.3℃、沸点2740.1℃。極性は無し、酸に対しては、瞬時に不動態を形成するために溶けません。2+のイオンになり、他のイオンと反応する事が出来ますが、それは融解した状態のみです。それ以外では、いかなる溶剤に浸しても、一切反応しません。同素体も同位体も存在しません。現時点でわかっている事は、以上です」
「そこまで判明したか、それよりも、どうやって100%の配合比率を達成したんだ?こっちはこっちでやり方は考えていたが…」
「聞かれると思っていました。すいませんが、これからは、白衣を着ていただきたいのです」
「無塵室か?」
「その通りです」
4人は、何も言わずに、白衣を着た。そして、そのまま、さらに奥の部屋に案内された。
「ここに研究員以外の人を入れたのは初めてです。今回の研究の集大成ともいえるものは、この装置です」
そこには、魔法塊が大量に煮立っている、大釜があった。
「これは、いったい?」
雪野は聞いた。
「この中には、魔法塊が数百kg入っています。それを全て溶かし、比重を利用して分離します。すると、魔法結晶体が生まれます」
そのやり方は、各宗教もしているやり方であり、その情報も公開していた。しかし、その後が変わっていた。
「その魔法結晶体を、低気圧下で沸騰させます。融点が下がり、その結果、蒸発するものの分別もしやすくなります。不純物を持っていた時点で、融点は多少変動します。さらに、それを王水に通します。不純物はこの時点で全て王水の中に溶け、その他の物質を集めると、粒子のみが残っていると言う事です」
「そう言う事か。たしかに、比率100%も可能だろう。今もしている最中なのか?」
「はい。そうです。現在、この技術を学会に発表するために、報告書を作成中です」
「その前に、国際特許をとるべきだろう。名義は君で構わない。会社が代行しておこう」
「ありがとうございます」
4人はうなずき、出て行った。
莫大な資金を手に入れたワマラ社は、他社と同様に、膨大な領地を手に入れた。それは、国と呼んでも遜色ないほどだった。他社は、それぞれの領土を持ち、それぞれの社名を冠した国家を形成していた。その土地内は、各社、契約を結び、さまざまな場所で特権を享受していたが、唯一、第5世界のみは、ワマラ社が実権を握っていた。さらに、ワマラ社社長である雪野は、そのような政治体制に異議を唱えた人でもあった。
雪野達が、アパートに帰ってくると、誰かがドアの前で待っていた。
「雪野社長でしょうか?」
「いかにも。何の用だ?それより、君の名前は?」
「わたくしの名前は、クシャトルと言います。元グノミード社員です。今回は、こちらに入社したく、社長の家まで来てしまった次第です。こんなご無礼を、お許し下さい」
土下座でもしかねない勢いだったから、慌てて雪野は、彼女を制止した。
「いや、別に俺はいいが、なあ、いいよな」
他の3人に問いかける。
「問題は、どこに配属させるかだな。今、手薄の部署は?」
雪野は、雪野に聞いた。
「集中管理室だったはずね。ただ、うちの、営業の方も結構きついところはあるから、そこにまわしてもらったらちょっとは楽できるね」
「じゃあ、それで決定だな。と言う事だから、クシャトル君。がんばってくれ」
「はい!」
そして、宮崎は、電話をいれ、本社の営業に彼女を引き渡した。
「しっかり、仕事を教え込ませといて」
「分かりました部長」
4人は、そのまま、アパートの一室に入った。その部屋は、一番最初に起業した時の気持ちを保つために、ずっとそのままになっていた。いまでは、アパートどころか、高層マンション一つ工事から出来るような資産があるが、ほとんど手を付けていなかった。
「さて、今回は、他社に先駆けて、憲法を制定したい」
雪野は、リビングのテーブルに座るなり言った。
「憲法?企業理念とは違うものなのか?」
平水が聞いた。
「まったく違う。企業理念と言えども、憲法に近い存在としか言いようがない。憲法は、その時々によって変わるし、変わらない時もある。ただ言えるのは、民主的ではない現在の一方的な独裁政治は、必ず終止符が撃たれる時が来るという事だ。ワマラ社は、現在、軍を持たず、兵器を作らず、戦争をせずの、非戦3原則によって、成り立っている。それは、この会社を起業した時に、殺し合いをするための物は一切作らずに、全てを全世界の人々の幸せに、と言う企業理念を掲げたからであって、その他の宗教では、やられる前にやれという、戦争擁護論的なものも掲げているところもある。彼らが起業した時、今の暦が始まってから、4970年経っているけど、どこかで、終止符を打たないといけない。それが、今なのだ」
「じゃあ、どうするって言うの?私は、今は滅んでいる宇宙文明って言うのを趣味で調べていたけど、そこでは、民主的なものとして、議会制、連邦制、共和国制をあげていたわ。議会を作るとしても、議員の選出方法とか、連邦制と言っても、どこで行政区分を区切るかとか、共和国制と言っても、国家元首は誰がなるのかとか、いろいろな問題があるのよ」
雪野は、立ち上がり、ノートパソコンを持ってきた。
「すでに、それに対する案はある。議会制については、2院作り、それぞれに、拮抗させるようにする。つまり、権限は同等に与えると言うものだ。それと、議員選挙権は、18歳以上の全ての国民に対して付与し、20歳以上の全ての国民が立候補する事が出来る。連邦制と言ったが、中央集権国家として最初は成立させたい。各行政区分は、現在のコミュニティーごとを一つの区分とすると言う事で進めたい。中央集権国家として、全行政権は、議会から選出される、行政長官に委ねられる。彼が、政府を作るのだ。国家元首は、終身制として、ワマラ社社長がなる。つまり、初代終身国家元首は、このおれと言う事になるが、国家元首自体には、儀礼的な権限しか持たせない。ただ、議会がおかしくなったとか、さまざまな団体からの請願の受理とか執行命令とかを下せる最終権限者は、国家元首と言う事にする」
「良くこんなもの作ったわね…感心するけど、会社の方針とは反しないの?」
宮崎が、ノートパソコンに表示されている憲法案を見ながら言った。
「企業理念は、憲法の前文に盛り込み、さらに、独立させた章を非戦のために割く。これで、この国は、戦争をしない国になるんだ」
「確かに、それはそれでいいけど、どうやって言うのよ。今の世界は、宗教こそが国で、社長が神なのよ。それをどうやって、みんなに納得させるの?」
加賀が雪野に聞く。
「それに、僕が思うに、別の問題もあるよ」
「別の問題?」
「そう、雪野は気づいているか分からないけど、部長級会議でも十分に議会の役目を果たすんだ。このワマラ社は第5世界の中小企業を買収してここまで成長が出来た。その時の社長は、それぞれの部長級のクラス以上になっている。そう考えると、全ての人はなんらかの宗教に入っている事になっているから、十分に選別されているんだ」
「だとすると、議会は意味がなくなるのか…」
雪野は肩を落とした。しかし、その時、先生が入ってきた。
「あれ?みんなどうしたんだ?」
「先生、議会を作ろうと考えているんですが、どうすればいいんでしょうか?」
「議会か……まず、政府を作るべきだろうな。その政府は、現時点でワマラ社領土の全ての行政権・司法権・立法権を掌握している、上級役員会議がつとめるべきだろうな。そこで、憲法を定めた上で、議会を開催する。この議会は暫定的なものになるが、部長級会議か、課長級会議を招集すべきだろうな。そうして、立法権を議会に移したら、最後の、司法権について相談する。そういう流れが一番だろう」
「そうですか、だったらそれで決定ですね」
「意義なーし」
先生は不思議そうな顔をしたが、何も言わずに、ただうなずいた。
翌月、上級役員会議は名称を変え、ワマラ国政府となり、さらに、社長がその国家元首に就任した。副社長は国家元首の名代として行動することに決めた。時を同じくして、課長級会議と部長級会議を統合して、ワマラ国議会とした。人数をちょうど半数ずつにするようにして議院を二つに分け、それぞれの課長と部長の割合が、同じになるようにした。こうして、次々と決まっていった。非戦3原則を取り入れた新憲法草案がワマラ国政府で承認され、3ヵ月後から施行された。それによって、終身国家元首として、ワマラ社社長が決定すると言う事になり、雪野が初代国家元首に選ばれた。だが、行政長官は選出されない事になり、実質的な行政は、ワマラ国元首である、雪野の手に握られる事になった。
3ヵ月後、初の議会が開催された。これにより、立法権が正式にワマラ国議会に移譲された。議会は、左院と右院の二つに分かれており、権力は、左院に集中していた。右院の役割は、左院の暴走を封じ込める事と、政府による立法を審議する事であった。残ったのは、司法権だけだった。
「問題の司法権だが、やはり独立して考えるべきだろう。現在、ワマラ国政府特別顧問に就任した先生が、委員長を勤めている、司法権問題特別委員会の報告書待ちだ」
雪野は、いつものアパートにいた。すでに、このアパートに暮らし始めて、10年以上経っていた。しかし、親からは何の音沙汰も無しだった。
この間、他の宗教も手をこまねいているだけではなかった。サラマンドラ社、シルフィード社、グノミード社、オンディーヌ社は、それぞれが領土を持つ、立派な国として成立していたので、持ち株会社を設立した時点で、連邦制的なものに変わっていた。しかし、昔と変わらず、封建制は存続しており、企業複合体が宗教であり、全てであった。宗教における神は企業複合体の最高社長であり、社長こそが、全ての主権を握っていた。しかし、社長は、決して他人の前に姿を出さずに、画面を通してのみ話をしていた。