第1章 起業
春。それは就職の時期。しかし彼らは就職とは違っていた。
「おはよ〜。場所決まった?」
「あ、おはようね。うん。ここに決まったよ」
彼女ら、二人が見上げているのは、とても古い安アパートだった。
「築50年。どうにか確保できた、古いけど格安のアパートの一室が、私達の最初の一歩になるんだ」
彼女達は、そのうちの一室に入った。
「あれ?彼達は?」
「もう入って起業準備中。連合政府に申請も終わって許可も下りたし、後はやるだけ」
扉を開けたその向こうには、段ボール箱がうずたかく積み上げられて、その隙間に男が二人いた。
「遅かったな」
「遅いって言うな。寝坊しただけなんだから」
「いや、駄目だろ。普通に考えて。俺達だけで、これからは暮らさなきゃならないんだ。史上初めて、4大宗教に対抗できるだけの、それだけの力を持つ企業に成長させる事が、俺らの目標だろ?」
「そうだったね…で、商品は何かあるの?」
「ああ、もちろんさ。でも、その前にこれを見てくれ」
そう言って、彼はポケットから4枚のカードを取り出した。
「何よ、これって」
「名刺だよ。それぞれの名前が書かれているから、それを持ってくれ」
その名刺には「カシャレカンヤンゴムリミアンコンド=ワマラ社社員」と全てに書かれていて、その下に、それぞれの名前が書かれていた。その名前は彼らの本名である、雪野雄一、平水智弘、加賀彩夏、宮崎幸琥だった。
さらに、彼らの目指している会社と言うのは、サラマンドラ社、シルフィード社、グノミード社、オンディーヌ社と呼ばれており、それぞれが共通した商品で、それぞれの会社の特色を出していた。その共通の商品と言うのが、魔法結晶体と呼ばれるものであった。
神が消滅する際のエネルギーによって発生したこの世界に存在している神のエネルギーを蓄積している粒子が多く存在していた。その粒子を含んでいる石や塊の事を、魔法石・魔法塊と呼び、それを精製し粒子の配合比率を9割以上にした物が、魔法結晶体と呼ばれている、通常は透明に近い物質である。ただし古文書によると、配合比率を99.999999999%以上にする事も可能だと言われている。その魔法結晶体の事を特別に魔法完全体と呼び、非常に高い値段がつく事は間違いないと思われていたが、それを作り出した企業はこれまでに存在せず、その古文書の事も偽書だと言われているのが実情である。
それぞれの会社の特色と言うのが、魔法結晶体に対して、魔法を使いやすくするための魔法陣を記憶させるところであり、その事を魔法陣記憶と呼ぶ。さらに、実際に魔法を使う事を魔法解放と言った。解放中に事故が起こると、大抵の場合、複数の魔法解放が重なる事が多い。その魔法事故の事を、魔法多重衝突と言うが、それが近距離で複数同時発生すると、魔法暴走と呼ばれる現象が起きる。これは、魔法解放をした魔法使用者本人が、魔法を制御できなくなった状態で、ここまでくると周囲の環境は一瞬で消滅する。だが、魔法暴走が起こった事は、歴史が綴られる以前は誰も知らないが、それ以後ならば一回も発生していない。
魔法陣を作る人には、特殊な能力が必要で、4社ともその能力を持つ人材を常に欲していた。偶然にも、その能力は彼ら4人は皆持ち合わせており、その点では非常に強い会社だった。
それぞれの企業には、宗教と呼ばれるだけに"神"も存在する。この世界の神とは、それぞれの企業の頂点に君臨する社長の事である。しかし、その本名は家族すら知らないと言われており、その4人によってこの世界は動いていた。それぞれの会社の特色は、サラマンドラ社が火系統の魔法。シルフィード社が風系統の魔法。グノミード社が土系統の魔法。オンディーヌ社が水系統の魔法だった。各会社は国のような領土を有しており、その4社以外が管轄しているところの事を、第5世界と呼んだ。各会社の法は企業理念であり、それを破る事を違法行為と呼んだ。しかしワマラ社にいる4人は、それら以外の力を駆使しようと考えていた。
「私達の場所も決まったし、後は、魔法石か魔法塊を集めるだけね」
「ふっふっふっ。そんな事もあろうかと、既に集めているのさ!」
段ボール箱の一つを指差し、豪語する平水。
「もう集めてるの?」
「当たり前だろ?幼馴染で何でも相談に乗っていたこの俺が、そんな情報忘れるわけないじゃないか」
段ボール箱を開けながら、彼は言った。
「それに、昔から会社を立ち上げたいって言っていたし、いつも会社とかに縛られるのがきらいだったからな。その時に、こんな世界で、どうやったら、生きていけるかと言うのを考えた時に、必ず、魔法石か魔法塊が必要になるからな」
「ああ、それで先に集めていたのね」
「そう言う事。だから、こんなにあるんだ。それに、偶然拾った、こいつも関係ありそうだし」
平水は、段ボール箱の一番そこに置いてある完全に透明な球体を取り出した。
「これって…」
「そう。これこそが、誰もが捜し求めている、魔法完全体だ。この周りになんて変哲もない石を置いておくだけで、勝手に魔法石とかに変わる」
「でも、なんで持ってるんだ?今まで作られた事がないといわれている物質なのに」
「言っただろ?偶然落ちていたんだって」
そう言って、中に入っていた魔法石を加賀に渡した。
「精製は、加賀の担当だったな。よろしく」
箱ごと渡し、さらに、精製する道具もその上に乗せた。それを見ていた宮崎に、平水は突っ込まれた。
「普通、そんなに重い物、女の子に持たせる?」
「あれ?普通じゃない?」
「いや、絶対ないから」
「とりあえず、どうする?3LDKで、寝る場所が1部屋、物置と化すであろう部屋が一つ、それと、実験部屋が一つとすると、空きがなくなるぞ。客が来た時どう対応するんだ?」
「客なんて来ないでしょ」
「そうそう。独立してどの宗教にも入らないって言った時に、親から「お前とは絶縁じゃ!」って、普通に言われたからね」
宮崎は、それを言って、みんなの顔を見た。雪野が、それに答えた。
「…やっぱりか」
深刻そうに、宮崎が言う。
「もしかして、全員そうなの?」
宮崎が全員に聞くと、みんなうなずいた。
「だとすると、他の企業に対してのしがらみも一切ないわけだな」
「そうすると、どうなるの?」
「単純な事だ。俺らの好きなように、この会社を、ワマラ社を、宗教の一つに数えられるほどの大きな会社に仕上げる事が出来る」
「でもさ、問題が山積みだよ。まず、この部屋だけだったら、間違いなく今の宗教達に吸収される。それに、私達だけだったら、心もとないし、その上、人も足りない」
「そりゃ、今は足りないさ。だけど、僕達は、たった今スタート地点に立ったようなものなんだ。これから、この会社がどう行くのかは全て僕達次第」
「それに、相手は数十億人もの大社員団。一方のこちらはたったの4人。でも勝機はある」
「どこにあるのよ」
「第5の世界へ売り込む。あそこは全ての宗教から手を切った、いわば無宗教者達だ。彼らをうまく取りこむ事が出来たら、完全に、こっちのもんだ。世界人口の1割、3億人が、現在無宗教状態にある。その中には、俺らみたいに、起業した人たちも含んでいる。そこに売り込めば…」
「とりあえずは、やってみましょう」
「そうだな。最初の販売相手は、第5世界の人たちだ」
そんな時、新たに起業した会社があることを知らされた各宗教は、その内容の情報を収集しいていた。
「新たに起業したカシャレカンヤンゴムリミアンコンド=ワマラ社の、社員の情報です」
サラマンドラ社上級役員会議にて、その書類は提出され、さらに、
「残念ながら、そこに記載されている情報は、我々が有している最高の人材達が、最高の情報を仕入れてきたと言わざるを得ないと思います」
「しかし、この情報は、信じられん」
上級役員の一人、ファイン・レグットが言った。
「社長以下社員計4名。内、魔法陣記憶可能能力者4名。氏名は以下の通り、雪野雄一、15歳、社長兼最高経営責任者。平水智弘、15歳、副社長兼魔法石・魔法塊集積部部長。加賀彩夏、15歳、副社長兼精製部部長。宮崎幸琥、15歳、副社長兼販売部部長。それぞれ、一人称が、俺、僕、私、うち。現住所、頃島4丁目5番地頃比アパート208号室。貸し出し名義、雪野雄一。保証人、平水智弘。なお、社名の略称は、ワマラ社となっております」
一気に読み上げると、提出者である、調査部部長ジョル・リョウジャに対して言った。
「どうしたら、こんな一人称までわかるんだ?」
「それは、特別機密ですので、上級役員の質問と言えども、秘匿するしかありません」
「そうなのか…社長、どうしますか?」
画面の向こうからこちら全員をにらみ付けるように見ている、サラマンドラ社長に言った。逆光になっていて、顔は良く分からない。
「他宗教に気づかれる以前に、こちらの宗教に感化させなければならない。だれか、この場所に飛び、その職務を遂行せよ」
「了解しました。では、自分が行きましょう」
「大丈夫なのか?」
「安心してください。こう見えても、極東支部部長も兼務しているんですから」
そう言って、紀氏基涌内は、会議室から最初に出た。
他宗教も、同様の会議を開いており、4社が同時に4人の新興企業に対して、特別任務を帯びた人々を送ると言う事態になった。